自己チューと狐?の冒険1
王国歴304年 花咲節36日目。
鬱蒼と茂る森の中。
中年寄りギリ青年な年齢のオッサン二人と
一匹の狐がウルフマンの群れに囲まれていた。
中肉中背の身にそこそこ使い込んでいる皮製の鎧。
古そうな、でもどことなく品のあるショートソードを手にした
ツンツンとまではいかないも短い金髪に碧眼の男。
若干コケ顔ぎみの彼の名前はアデル・ノート。
冒険家レベル8の駆けだし冒険家である。
その隣、自慢の黒い宝石の様な瞳に中年寄りといえど
まだまだ若く端正な顔立ち。すらっとした体駆。
いわゆる細マッチョな体型。
冒険家レベルはアデルより一つ上の9。
これだけみればモテ要素満載の彼だが、一点。
深い深い悩みの種があった。
彼は結構な薄毛の天パだったのだ。
そんな薄毛の名前はクラウド・ボリス。
そしてその腕に抱かれた紫がかった短毛な…… キツネ?のような生き物。
そんな一行に今まさに襲い掛からんと見つめるウルフマン達の無数の目。
ウルフマンとは身体は人間、顔は狼のモンスターだ。基本武器はその鋭い牙と爪だが、中には剣や弓を使いこなす種類もいるらしい。
そんな中級モンスターに囲まれた初心者冒険家の図。超修羅場である。
******
そうだ、こうなるのは解ってたんだ。
解ってたんだけど毎度の事ながら、この糞ハゲ野郎に強引に付き合わされて
今現在、人生最大の修羅場に立たされている。まじで生きて帰ったらPT解散だクソッタレ!
「おいおいおい、なんとかなんねぇのか!お得意の冷静沈着な頭脳とやらでよ!」
ハゲがヒステリックに叫ぶ。
彼の心は今その毛髪と同じか、それ以上にかき乱されているようだ。
「俺にも出来る事と出来ない事があってだな。
大体てめぇが大丈夫大丈夫なんとかなるっしょ~っとか言って
その軽い脳みそと同じくらいの軽さで安請け合いしたからだろうが!」
ぐぬぬ、と苦虫を潰したような顔でこっちを見るハゲ。こっち見んな。
とはいえ、まじでどうするか…。
ウルフマンていやぁ人型モンスターの中でもレベル高い奴だろ。俺らのレベルでどうこう出来る相手じゃねぇ。
そもそもブルティア近辺にそんな高レベルモンスターが住み着いてるなんざ聞いた事ないぞ。これギルドに報告したら金一封とか出るんじゃねーの?ってそんな事考えてる場合じゃない。生きて帰れなきゃ金もクソもありゃしねぇっつの。
ブルティアとは俺達が現在世話になってるギルドのある町の名前。りんごがやたら美味い。
にしても昼だってのに明かりがないと一寸先もわからねぇような森の中で下手に動く事も出来ん。
松明を怖がってるからか、ジリジリと詰め寄っては後ずさる。火が消えちまう前に何か手を打たないと…。
そもそも取り囲まれた原因はなんなんだ。あれか、縄張りを荒らされたからとか?
確かに人の手が随分入ってない野性味溢れる森だった。一点を除いて。
「アデル、おいアデル!」
うるせぇハゲ!と声を出そうと目を向けた先に信じられないものを見た。
ウルフマンの群れの中に、……人がいる?ええ?
森のちょうど暗がりの中、暗くてよく見えないが。俺達より一回り大きいウルフマン達の中でポツンと佇む一際小さな影が。
「アデル!あれ見ろよ、人じゃねぇか?」
「落ち着け、俺も今見てるが人と決め付けるわけには」
短く返し視線は人っぽいものから離さない。
これは話しかける賭けにでるべき、だろうか?
俺達に依頼を出した依頼人の可能性はあるのか?
そう考えれば、未だ襲ってこない事に説明がつく、か……?
もしくは全く関係ない森の住人で
俺達がうっかり縄張りに入っちまったから
それを守る為に?そもそも人じゃなく単に小型のウルフマンだったりして?
グルグルと高速で思考が消えては浮かぶ。
これはやっぱ……チラリとハゲを見る。
正確にはその腕に抱かれた狐を。
こいつが原因だったり、しないか?
森の中に怪しく祀られた祠の陰から突如現れた狐。
クラウドの奴、動物に甘いからな。
迷子かもしれんとかなんとか言って連れてきちまいやがった。
まぁそれはいいとして。こいつが原因なら離してみたらどうだろうk……
「おぉ~い!そこのお前!お前がこのウルフマン達を連れてんのか!?
俺達怪しいもんじゃないからさー、引っ込めてくんないかー?」
ふぁ!?
「あれ、聞こえてねぇのか?おおおおおおおおい!
あ、もしかしてお前があの手紙の依頼人?きったねぇ字の!」
森に響くハゲの声。低い唸り声を上げギラギラ光る爪を鳴らすウルフマン達。目の前が白くなっていく俺。
ああ…終わったわ。
グッバイ人生。やっぱ別行動にしたお前が正しかったわウィル。
なおも声をかけようとするハゲのみぞおちに渾身のブローを入れる。
「んごっ!?おまっ!」
うずくまり悶絶するハゲの腕から狐がスルリと抜けだし
悶えるハゲを心配そうに見つめていた、その時だった。
ガサガサ音が聞こえたかと思うと1匹のウルフマンが俺達のすぐ傍まで近づいてきた。
「うお!?っと待った待った、話せば……」
声を掛けようとした時にはあの人っぽい影は姿を消していた。ファック。
その間も唸り声を上げながら近づいてくる。
そのウルフマンは薄暗い森にいて尚黒く、他のウルフマンより数段大きかった。
「ゴホッ!っいきなゲホ!逃げンゴ!」
「分かってる。なにふざけてんだ。
早く息を整えろ、こうなったら覚悟決めるっきゃねぇ!」
ゆっくりとウルフマンへ松明を向ける。
つっても、1匹でも恐らく相手にならない。隙を見て逃げるしか……。闇に光る目がコワイ。
「ンゴゲフっおまっだれのせいd」
咳き込みつつも、すでにいつも腰にぶら下げてる革製のグローブを手にはめていた。
クラウドの奴、一応剣を持ってるんだが滅多に持つ事がない。
いっつも宿の物干し場と化している。
躙り寄ってくる黒いウルフマンと周りに意識を集中させていく、と
「わたしはこの方達についていくわ。ラダ爺」
その澄んだ声は森に響き渡った。
ピンと張り詰める空気に俺達の時も止まった。
どっから声がしたのか、全然理解していなかった。
「そのような人間に為せはしまい……」
俺達はギョッとして辺りを見回した。
少女の声がしたと思ったら今度はナイスミドルっぽい渋い声。
え?ええ?どこ、誰よ!?と、ふと足元の狐に目がいったときだった。
「大丈夫よ、人間にしてはいい人達だもの」
「お前かよ!!!!!!!」
静寂な森にオッサン二人のつっこみが響く。
狐は一瞬ビクッとなったかと思うと泣きそうな顔でこちらを見上げてきた。
「あ、あぁ今のは怒ったとかじゃなくてだな……」
クラウドが狐に手をのばそうとした、その時。
「やはりな。人間になんぞ信用たる者がいようはずがないのじゃ!!」
地の底から震えるような低く怒りを込めた声で目の前の狼がしゃべっ
「お前もかよ!!!!!!!!」
ウルフマン、大口を開けポカーン。
「喋るのかよ!」
クラウドの会心のツッコミが場を凍らせる。
「喋んないのかよ!」
「え、ええ?いや、確かに喋れるが」
「ぷふっ、あっはははっはは」
狐の笑い声に正気を取り戻した俺とウルフマンは、互いに顔を見合わせ何とも言えない空気になっていた。
そんな中で嬉々とした表情のハゲに殺意が湧いたのは言うまでもない。
「ラダ爺のそんな顔、初めて見ましたわ!
おっかしい、ブフッあっははは!」
なおも笑い続ける狐に微妙に腹が立った。
「大丈夫よ、わたくしのあ〜んな、汚い字を読んで
こんな深い森にわざわざ来てくれる程お人好しな方達だもの」
なんかフォロー?してくれてるのか、けなされてるのか。
字のとこは完全皮肉なのは分かった。
それにしても、今さらりとなんて言った?
この狐が手紙を出した依頼主??いやいや、その前に
ウルフマンは百歩譲っても喋る狐ってなんだ!?なんて思ってると
「そりゃツッコミたくなっだろ、あんな汚ねぇ字!」
前々から思ってたが長生きしないな、このハゲ。
それまでコロコロ笑ってた狐が一転むっすり。
「ま、まぁ…… 字に関してはワシも前々から言ってお」ギラリと鋭い視線が飛ぶ。
「うっ……、ゴフン。あー、御主らには悪いがお引き取り願おう。
その子が頼んだ事は忘れて欲しい、勿論我々がこの森に居るという事もな」
すっかり毒気を抜かれたウルフマンがなんとも申し訳なさそうに呟く。
「そ、そうかじゃあ俺達はこれで…… (おい、早く逃げるぞクラウド!)」
「そ、そうだな。じゃあ俺達もう森に入ったりしねぇんで……」
と、言いながら足元の狐を抱っこするクラウド。
んん?
なんでお前そいつ抱っこしてんの?このウルフマンの話聞いてた?馬鹿なの?
と、思っていた矢先信じられないスピードで走り去るクラウド。ビュゥゥーンて効果音が聞こえてきそうなレベル。
「えぇ……?」
そう呟いた俺の横には、牙を剥き出しにして腕組みをする黒いウルフマンがこちらを睨みつけていた。
「一日で最大の修羅場何回更新すりゃいいんだよ……」
まじで。
******
花咲節 34日目。緑豊かな田舎町ブルティア。
我等がサリア大陸に拠を構えるサリア城と大陸一の貿易都市であり、学問の都として
大陸に名を馳せるペンデールを結ぶ休憩ポイントとしても使われている。
サリアは海に囲まれた大陸で大雑把に分けて北にジルタンの港町。
東の端がサリア国、大陸の真ん中より西寄りに大都市ペンデール。
南にパンパーバの大歓楽街。そして所々に
ブルティアみたいな休憩ポイントの町がある。それがサリア大陸。
現在このブルティアの町で活動している冒険家PTは3つ。
一つは駆け出しの三人組からなるPT。
一つはかの有名なサリア城下町お抱えギルド(らしい)の二人組。
らしいってのはギルド受付のシャンちゃんがそう聞いたってだけ。
それに滞在してるっつっても一度ギルドで見たっきり町で見てないが。
残る一つはそりゃもう、うさん臭さ全開の花咲節だってのに黒い厚手のコートで
顔まで覆ってるような連中、九人くらい。
なんかサリアの連中と同時期くらいに見掛けるようになった。
ただ、こいつらに関しては冒険家かどうかが怪しくはある。
なんせギルドの依頼を受けてるとこを一度も見てねぇからなぁ。
もしかしたら、どっかの有名ギルドのお忍び休暇とかかもしれん。
んで、この中の一つ、駆け出し三人組ってのが俺達の事。
まず俺、アデル・ノート。冒険家レベル8の駆け出しだ。
愛用のショートソードは親父の蔵で眠っていたもの。このいかにも使い込んでいる感じが
冒険家って感じがして大好きだ。でも親父が冒険家だったなんてのは聞いた事ないんだよなぁ。
防具、といっていいものか、最早俺にもわからねぇくらい
普段から着倒してる一張羅の皮鎧に黒いブーツ、腰には冒険必需品の
薬草やらコンパスやらを詰め込んだポーチ。これがいつもの出で立ち。
学問の都ペンデール出身。自分で言うのもなんだが、勉強はできる方だ。
髪は金髪、目は青でいわゆる中肉中背の普通の体格。歳はまだ若い方だ……多分な。
仲間っていうか、ギルドで始めて会って以来PTとして活動している。
一人はクラウド・ボリス。イケメンだ。冒険家レベル9
真っ黒な目に高い身長。かなりいかついロングソードを持ってるんだが
重いとかであんまり装備してるのを見たことがない。大体いつも物干し扱い。
細いけど筋肉質でモテ要素満載、なんだが一点残念な所がある。
馬鹿なんだ、こいつ。いい意味でも悪い意味でも。すぐなんにでも首を突っ込む。
こいつのせいでどんだけ苦労してるか……。あぁ、ちなみにテンパでハゲだ。
服は黒系ばっか。胸の部分を覆うタイプの鉄鎧に鎖の編みパンツ姿が多い。
PTのもう一人、ウィル・ウィルソン。冒険家レベル5。年齢不詳。
本人が言うには俺と変わらないくらいの年齢、らしい。
身長が俺の腰くらいまでしかないちっさい奴。
それでいて女みたいに中性的で可愛い顔をしている。
赤い肩まであるウェーブがかった髪にめっちゃ長い睫毛。
なんとも間延びした甘ったるい話し方が特徴的で
知らない人からよくナンパされてるのを見る。
確かにパッと見、男には見えない。
基本黄色大好き魔人で愛用のローブから小物まで黄色まみれだ。
魔術学校出身らしいんだが魔法らしい魔法を使ってるのをみた事がない。
これまた本人曰く潜在的な魔力が少ないせいで本気の魔法は1日1回が限度とか。
結構長い期間PTを組んでるが謎な部分が多過ぎて全く掴めない奴だ。
そんな俺達がブルティアについて大体3ヶ月。
そもそもがなんでこんな田舎町に来てるのかっていうと……
これには深い深い訳がある。
ある出来事によりギルドに居られなくなった俺達は
ペンデールからちょっと離れたこの町に流れ着いてきたってわけだ。
まぁその時点でPT解散しておけば良かったんだが、なんの腐れ縁か今に至る。
んで、今また糞ハゲが面倒を持ってきている所なんだが…
「なぁなぁ!これ、これ受けてみようぜ!」
ハゲの手にあるのは依頼の便箋。ギルドにある冒険家受付カウンターで申し込みをしておくと
その町で解決してほしい問題を抱えた人からの依頼を受けとることが出来る。
申し込み自体はレベル5以上の冒険家なら誰でも出来るため、受ける依頼によってはとんでもない
化け物の退治依頼だとか、商業馬車の護衛だのと、ちょっと無理臭いものも…。
そこは自分の身の丈にあった依頼を受けていく必要がある。
大体は推奨レベルをギルドが測ってくれるから、それを参考に受けるかを決めるんだが。
ここまで言ったらもう展開が分かると思うがクラウドのハゲはこの時数字が読めなくなる病を発症する。
「クラウドさん、これもらってきちゃったら受けるもクソもないんですよぉ?」
ノンビリと、でも確実に毒を刺すような言葉を投げかけるウィル。やれ、もっとやれ!
というのも依頼便箋はもらってきてしまうとキャンセル不可なのだ。
もしくは、自分達には無理だと判断した場合は失敗依頼としてギルドに提出しなくてはならない。
この失敗依頼ってのがかなり痛い。冒険家はそれぞれポイントを持っており、そのポイントを
減らす事によって失敗依頼の手続きになるんだが。まぁポイントについてはまたの機会に。
「まぁいいじゃねぇの。俺達の世話になってる町の人間がこうして困ってるっていうんだ。
助けないわけには、いかねぇじゃねぇか……!!」
そうこうしてる内に熱が入った芝居がかった臭いセリフが俺達の借りているぼろ部屋に響き渡る。
ここアシカ亭は、確かにボロイが飯は美味いし女将さんも優しい。ご主人に至っては
冒険家になるのが夢だったとかで、通常の宿代の半値くらいで置かせてもらってる。
俺達みたいなぺーぺーが同じ所に3ヶ月いれる理由の一つになっている。
「俺達はっ!!あぁ、俺達は!この町に恩返しをしていかなきゃならねぇんだ!」
ハゲの演説は続く。あまりに大きい声のせいで振動がボロイ部屋を直撃している。
さっきから天井からパラパラなんか降ってきてんだけど。
「そうさ!おれたちh」
「うるさいよ!クラウド!叫ぶなっつてんだろ!!」
勢いよくガン!と開かれた扉から伝説の化け物、阿修羅のような形相の女将さんが現れた。
それはもう惚れ惚れする様な光の速さでクラウドに詰め寄ると
残り僅かな毛髪に容赦ないダメージを与えるべく鉄拳を繰り出した。
見事に頭頂部へクリーンヒット。痛そう……。
「ンゴゴゴゴ!」
「次はその残り僅かな魂(毛)を根こそぎ持っていくよ、わかったね?」
冷ややかに、よく通る声で言う女将さんの姿に反撃できず凹むクラウドはあわれなり。
とまぁ、それはいいとして。だ。
鉄拳制裁の際に手から落とした依頼書を見る。
「てか、これ封も切られてねぇし、推奨レベルもないじゃねーか」
拾い上げたその依頼書は見事に封がしてあったままだった。
「ほんとだぁ。中も確認せずに受け取っちゃったのぉこれ?」
流石のウィルもあきれ顔である。
「いや、内容は聞いてんだ。受付で聞いたんだよ」
ん?でもなら尚更なんで封切ってねぇんだ?
もうほんと、嫌な予感しかしない。
「なんでもよ、受付の人も知らない内にカウンターに置いてあったんだと」
ん?
「そんときに丁度俺行ったんだよね、んでさ」
んんん?
ウィルに至ってはもうこっち見てもないぞ、クラウドさんよ。
「丁度いいやと思って、それもらってきたんだわ!あっはっはh」
ギルド封筒の封の意味、難易度・依頼者不明の場合に
ギルド本部に送られる内容不明の準危険依頼の意味がある。要はなんだかわかんないから触っちゃだめよって事。
「どうするのこれぇ……もらってきちゃったのはもう仕方ないけど」
「とりあえず……失敗依頼出す事になるんでも、まずは見てみるか」
ちなみにハゲは高笑いした瞬間に現れた女将さんの
アイアンクローを受け撃沈している。ナム。
開封したギルド封筒の中には
なにやら古ぼけた感じの手紙。泥に汚れているのか?ザラザラしてるな。
はたしてそこには、拙い文字でたった一行書いてあるだけだった。
「わたくし達の森を、助けて下さい」と。