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小さいおじさん

作者: イナエ

小さなおじさんをご存じだろうか。それは手に乗るほど小さく、サラリーマンのようだったり家でだらけている父のような姿をしているらしく、目撃したと言う者も多い。

もしかしたらあなたのすぐ近く、ほら、ポケットの中にでも入っているかもしれない。

しかし、私は絶対に信じない。普通のおじさんだけでも気持ち悪いのに小さいおじさんなんて耐えられない。私のポケットから顔を出す姿を想像しただけで鳥肌が立つ。だから私は信じない。信じたくない。

けれど、信じたくない悪夢を見たのは、お昼御飯も食べ終わり、春の暖かい日差しを浴びながら授業中に居眠りでもしてやるか。と息巻いて机の上に置いた手に頭を預け寝る体勢に入ろうかと思ったその時だった。私のパーカーの右ポケットが膨らんでおり、もぞもぞと何かが動いていた。ありえないけれど、ネズミでも入り込んだのか? と首を傾げながら恐る恐るポケットを広げてみると、そこには、恥ずかしそうに私を見上げる小さいおじさんの姿があった。

「悪夢だ。これは悪夢。悪い夢なんだ。」

しっかりと鳥肌が立っている腕を見てから深呼吸をする。まずは落ち着くんだ私。

眼を閉じ大きく息を吸い、ゆっくり吐き出す。息を吐き切る少し前に目をあけると、私が座っている席の机上に移動していたハゲオヤジの、バーコードの様な厳かに生えている髪が吐き出す息に海で優雅に揺れる海藻のように煽られていた。

ハゲオヤジはその乱れた髪を必死に直してハゲてる部分を隠そうとしていたが、どう考えても髪の毛の量が足らず、少し日に焼けて黄色になっている脂ぎった頭皮は、窓から射し込む太陽の光を反射させていた。

あまりにも必死で滑稽で、それを見てしまった私は何年かぶりに笑った。クラスメイトの大半は寝静まり、授業をちゃんと聞いている生徒が走らせるペンの音と、体育の時間なのか、グラウンドではしゃいでいる生徒の声とそれを注意する教師の声、音楽室の方角からは伴奏と合唱が微かに聞こえてくる、そんな穏やかな午後の教室の片隅で、ハゲオヤジを指差し校内に響き渡るほど、力の限り笑った。

真面目に授業を受けていたクラスメイトからは驚きの目と白い目で見られ、寝ていたクラスメイトは跳ね起き「なんだ、どうした!?」とキョロキョロ当たりを見回していた。

先生には「突然どうした!?」と目を丸くさせながら聴かれたが、何故笑ったのか説明や言い訳をする意味なんてないとわかっている。小さいおじさんの存在を説明しても鼻で笑われるのが落ちだろう。現に小さいおじさんが机の上で頭にネクタイを巻き焼酎瓶片手にフラフラと歩いていても誰も見向きもしない。

だから私は「先生の授業がくそつまらないので居眠りをしていたら、古文より面白い夢を見て笑い転げてしまいました。」と嘘とも限らないことを言い、先生にはたんまり怒られた。

しかし、私はそれを後悔していない。むしろ机で酒を飲んでいるハゲオヤジに感謝さえしていた。鬱屈していた日々に一度でも笑いをくれたことに。


私は、父親と仲が悪かった。仲が悪いと言うよりは、お互いに互いを透明人間のように扱っていた。

理由は思い出せないが、たぶん私の、思春期によく起こる「パパのパンツと私の服一緒に洗わないで!!」と似たような父親になぜか嫌悪感を抱くアレだ。

それを父親も感じ取ったのか、私にあまり近づかなくなった。

父親に嫌悪感を抱いてからは、大人の男性と言うだけで目の敵にした。特に子デブりのハゲは父親を思い出してしまい鳥肌が立つほどだ。

第一宇宙速度で大人の男性を嫌いになったが、世界は残酷なもので、父親と言う保護惑星からロケットで逃れても、見渡せば夜空に散らばった星々の如く、どこにでもソレらはいて私を苦しめる。

そんな私のもとに、知ってか知らずか、小さいおじさんはやってきた。


小さいおじさんは話しかけても身振り手振りで答えるだけで、けして声は出さなかった。

一度小さいおじさんを窓から投げ捨ててみたが、いつの間にかパーカーの右ポケットに戻ってきていた。

小さいおじさんは、おじさんだけに勉強はできるようなので、私の代わりにノートを写させたり、小テストを解かせた。「伊達にサラリーマンの格好をしていないな」と褒めてやると、照れたのか頭をかいていた。あまり刺激しないほうがいいぞ、髪。と心の中で心配をしてやった。

気がつくと私は小さいおじさんといるのがあまり苦ではなくなっていた。初めは何とか引き離してやろうと躍起になったが、何をしても必ず右ポケットに戻ってくるし、戻った直後の寂しそうな顔を見ると罪悪感を抱くこともあった。

だからといってオヤジが平気になったかと言えば、それはノーだ。

ネチャネチャと口を鳴らしながら薬品について語る科学担当教師の平井が、教科書の文面を喋ろうと口を開けた瞬間に鳥肌が立つ。その気持ちわるい平井の喋り方をモノマネする、同じグループの男子をうじ虫を見るような目で見る。電車でサラリーマンが隣に座れば直ぐに舌打ちをする。不快な顔をするサラリーマンを見て私もより不快な顔をする。

そんな時、気分を和ませたいのか、小さいおじさんが頭にネクタイを巻き腹に人の顔を描いて踊ってくれたりする。

別に面白くもないが、小さいおじさんの気持ちに、気が抜けて眉間のシワが緩んだりもした。

私が唯一、少しだけ許したオヤジは、小さいおじさんだけなのだ。



ありがとうございました。

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