神がかり行者
わたしはプチドラを抱き、陰鬱な気分でツンドラ候の馬車に乗った。侯爵は、何を想像しているのか知らないが、既にこの時点で、よだれを拭っている。ゲテモン屋は、悪食のツンドラ候にとっては御馳走かもしれない。ただ、一般的には……誰がどう見ても、常軌を逸しているしか思えないのではないか。
「どうした? 顔色が良くないようだが」
一応、気遣ってくれているつもりだろう。でも、顔色が悪いのは、「そもそもあんたのせいだよ」と言いたい。
わたしたちを乗せた馬車は、館を出て、帝都の一等地から離れ、まずは市街地へと進む。そして、大通りや商店街を抜け、大きい公園の前に差し掛かった。すると……
「愚かな大衆諸君!!!」
出し抜けにアジテーションともデマコギーともつかぬ大声が聞こえた。
「偽りの町に住み、偽りの王を戴き、偽りの平和を貪っている大衆諸君!!!」
見ると、公園の真ん中で、ボロボロの衣服を身にまとい、白髪を振り乱した老人が、杖を振り回し、口から泡を飛ばしながら、大声でわめいている。
「真実を知らず、知ろうともしない。虚栄と偽りに彩られた都の生活は心地よいであろう。おまえたち、低脳どもにはピッタリだ。しかし、耳あるものは足を止めて聴くがよい!!!」
なんだか、選挙のたびに出てくる泡沫候補さながらの電波ジジイだけど……
「あいつは帝都では『神がかり行者』として有名な爺さんなんだ。暇つぶしに聞いていると、結構、面白いぞ」
ツンドラ候は、その「神がかり行者」を指差してゲラゲラ笑った。
見ると、神がかり行者の前で足め、その迷演説を聴いている通行人はいなかった。ほとんどは、うさんくさそうに、神がかり行者を一瞥して去ってゆく。そればかりか、神がかり行者をあからさまに見下し、ツンドラ候のようにゲラゲラ笑う者、「バカヤロウ」などと罵倒する者、石をぶつける者などもいた。しかし、神がかり行者は、そのような妨害行為を意に介することなく、ツンドラ候とは別の意味で常軌を逸した演説を続けている。
嘘だの偽りだの、真実を知れだの目を覚ませだの、わたしにはサッパリ分からない話だ。でも、どういうわけか、理由はよく分からないが思わず聞き入ってしまう。
ツンドラ候は、不思議そうな顔をして、
「どうした? そういえば、あいつを見るのは初めてだったか?」
「ええ、なんといいますか…… とっても個性的な人ですね」
「そうかい? みんな、基地外って、言ってるぜ」
ツンドラ候は、そう言って笑った。端から見れば、確かにそのとおりだろう。
馬車は公園の前を横切り、町外れに向けてゆっくりと進む。さあ、あな恐ろしきゲテモン屋は、もうすぐだ。