開かずの間
「頼れる男」ツンドラ候のおかげで労せずに労働力を手に入れたこともあり、屋敷の掃除や改修等々は、当初の予想より早く進んだ。屋敷は2階建てで、噴水付きの中庭が広がり、敷地の面積も建物の容積も、本国の館よりはるかに広く大きい。維持管理の費用が気になるが、宝石産業の再生が進めば楽にまかなえるだろう。
執事や使用人は、すぐに新しい屋敷に慣れたようだ。どこに何があるか既に熟知しており、わたしが屋敷の中を適当に徘徊する時には、常に執事が同行することになっている。
「ところで、この『開かずの間』って……」
これ見よがしに「開かずの間」というネームプレートがはめ込まれたドアの前で、わたしはふと足を止めた。1階の一番奥の部屋は、なぜか、魔法のロックがかけられ、中に入れなくなっている。
「さて、なんでしょうな」
執事も首をひねった。
無理矢理ロックを破ってこじ開けてみたいような気もするが、
「でも、ひょっとすると、太古のモンスターが封印されてたりするかも」
プチドラは及び腰だった。気にはなるが、この部屋が実はパンドラの箱だったということは、ファンタジー的世界観においては十分有り得る話だ。無用の危険を冒すことはあるまい。
とりあえず屋敷に関する雑務が一段落したところで、ツンドラ候の館まで、諸々のお礼を言いに行くことにした。人間関係を円滑に進めるコツは細やかな心配りと昔から決まっている。わたしはプチドラを抱き、新調した馬車に乗ってツンドラ候の館に向かった。
ツンドラ候は庭で使用人に稽古をつけている最中だった(虐待にしか見えないが)。使用人の悲鳴が響き渡っている。
わたしは馬車を降り、
「相変わらずですね」
「おお、ウェルシー伯ではないか。どうかね、落ち着いたかい?」
「おかげさまで、ようやく片付きました」
ツンドラ候が稽古を中止してタオルで汗を拭くと、使用人は九死に一生を得て逃げ去った。
するとその時、
「侯爵、帝国建国500年祭の件で、目を通していただきたい書類がございます」
身だしなみをきっちりと整えた小柄なニューバーグ男爵が現れた。
「分かった。ここにサインすればいいんだな」
ツンドラ候は、書類を読みもせず、ニューバーグ男爵からペンを奪うように受け取ってサインした。男爵が一礼して館の中に戻ると、
「そうだ、今日は久々にゲテモン屋に行こうぜ。期間限定でウシバエの幼虫を食わしてもらえるらしいぞ」
「は……」
抵抗することはできなかった。




