頼れる男
宴はいつものように暴力的な飲食から始まった。執事や家事使用人にとって、いつでもどこでも暴走中のツンドラ候をどの程度で抑えるかが勝負。
ツンドラ候は北方の銘酒を樽ごと一気に飲み干し、
「国元と帝都を行ったり来たりで大変だな。今回は、帝都でどのくらい、いられるんだ?」
「この前にいただいた屋敷の関係で、しばらく滞在することになりそうです。今日でなくても、『隻眼の黒龍』と勝負をする時間はありますわ」
「そうか、それはよかった。今度は本格的なトレーニングをして、まじめに勝負しよう」
ツンドラ候は飲み干した酒樽を頭突きで粉々に叩き壊した。この人なら、仮に落ちぶれて売られたとしても、剣闘士として十分にやっていくことができるだろう。ただ、今現在の問題としては、人間離れした体力以外に取柄がなさそうなツンドラ候が、まともに領地経営をしているかどうか……
そこで、思い切って、執事を捕まえてきいてみた。
「その点につきましては、ご心配に及びません。領地経営等の実務的な面は、先祖代々侯爵家に仕えるノーザンバーグ子爵やニューバーグ男爵が取り仕切っておりますので」
執事の説明によると、領地経営は本国でノーザンバーグ子爵が、帝都の館の維持管理、派閥の運営、宮中行事関係の雑務等々についてはニューバーグ男爵が実際上の運営を行っているとのことだった。
その時、不意に、身だしなみをきっちりと整えた小柄な男が宴会場に現れ、ツンドラ候の傍らに身をかがめた。そして、書類を見せ、何やらヒソヒソと耳元でささやく。
ツンドラ候は、面倒くさそうにウンウンと何度も肯き、
「分かった。そうだな、そうしよう。この件は任せてあるから、好きにしろ」
見た感じ、ツンドラ候はほとんど聞いていない。小柄な男は眉を寄せ、一礼してその場を去った。
執事によれば、この男がニューバーグ男爵で、近々催される帝国建国500年祭の話をツンドラ候に上申しにきたのだろうとのこと。でも、あいにく間が悪かったようだ。
今年は帝国建国500年、その記念式典が大々的に執り行われることになっているらしい。今回は節目の年ということで特別に、帝国宰相を委員長とする帝国建国500年祭実行委員会が組織され、ツンドラ候も実行委員に選ばれたとのこと。
ニューバーグ男爵を追い払ったツンドラ候は、上機嫌で、
「どうだい? 帝都に館を構えたばかりって、何かと面倒だろう」
「ええ、まあ…… うっかりと、なんの準備もせずに帝都まで出てきたので、使用人の確保から始めないと……」
「だったら、うちの執事や使用人を適当に持っていけよ。余ってるのもいるはずだからさ」
やはり頼れる男、ツンドラ候、その場で適当に執事や使用人を1ダースほど捕まえ、縄で縛って馬車に投げ込んだ。なんだかよく分からないうちに使用人を確保できちゃったわけ。なお、正式な契約書は、後日、ツンドラ候の代理人、ニューバーグ男爵との間で交わした。