もともと小市民につき
帝都までは、例によって10日余り。はるか遠くから宮殿の周囲に建てられた4本の尖塔と魔法アカデミーの塔が目に入ったのは、前回と同じ。ただ、降り立ったのがツンドラ候の館ではなく、宮殿の中庭という点は、前回と違っていた。
予定では、この日、宮殿の中庭でカギを受け取り、その後すぐに屋敷の引渡しを受けることになっていた。中庭では、事前に申し合わせていたとおり、誰か知らないが帝国の官吏らしい男が待機している。その男がカギを持っているのだろう。
わたしが地上に降りると、男は慌ててわたしのもとに駆け寄り、深々と頭を下げた。
「あの……もしかして…… ウェルシー伯でいらっしゃいますか?」
「そうよ。カギをもらいに来たわ」
「え~っと、はい、これは…… しばらくお待ちを」
男はなんだか妙な顔をして、しかし、あたふたと宮殿の中に全速力で駆け込んでいった。
「なんなの?」
「さあ……」
子犬サイズに体を縮めたプチドラも、よく分からないという風に、腕を組んで首を左右に振った。
しばらく待っていると、豪華な馬車が宮殿の脇から現れ、わたしの目の前に停車した。
「どうぞ、こちらへ。お乗りになってください」
御者は先刻の男だった。男は腰をかがめ、上目遣いにわたしを見上げながら、馬車のドアを開けた。何か言いたいことがあるのか、口をモゴモゴと動かしている。
「どうしたの?」
「はい…… あ、いえ、何も……」
男は口をつぐんだ。何度か理由を尋ねても言葉を濁すだけだったので、わたしは「言わなければ無礼討ちで死刑、即執行」とすごんでみた。
すると男は、「ひぃ~」と震え上がり、
「いえ、その…… まさか、ご自分でいらっしゃるとは思わなかったもので……」
「自分で? ああ、そういうことね」
言われてみれば、なるほどそのとおりで、自分で屋敷のカギを受け取りに来る貴族は、普通、いないだろう。早速、育ちの悪さが出てしまったわけだが、もともとサラリーマン家庭に育った昔風の小市民だから、仕方がない。
わたしはプチドラを抱いて馬車に乗った。馬車はゆっくりと動き出す。
その時、わたしは背中に何やら針で刺されたような刺激を感じ、後ろを向いた。馬車の後部の窓越しに、帝国宰相が宮殿の正面玄関に立っているのが見える。どんな顔をして立っているのか、あまり想像したくないけど、大体想像はつく。
なんとなく前途多難のような、そんな漠然とした予感……