帝国成立史2
旧支配者の支配体制は、すぐにではないが、ゆっくりと崩壊への道を歩んでいく。その兆候は、旧支配者の間での奇妙なブームにあった。当時、魔法使いの間で命を懸けた魔法による決闘が大流行していた(ただし、実際に一方が死に至ることは、それほど多くなかった)。これ以前には、旧支配者同士は同族として、お互いに尊重し合い、争うということは全くなかったが、この頃から、旧支配者は、街中であろうと沿道であろうと、場所を選ばず、相手を見つけると魔法を使ってお互いに攻撃し合うようになった。勝った方が負けた方から全財産の提供を受けることが暗黙のルールだった。
このことは、旧支配者の欲望が肥大化し、完全に欲望の虜となったことを意味している。旧支配者は、もはや、同族であろうが、自分以外はすべて敵とみなして相争うというところまで、精神的・道徳的に落ちぶれていたのだった。
原初には理想的な統治を行っていた旧支配者をして、これほどの無軌道に走らせた欲望の正体は、魔法の力そのものにあった。心の中に沸く力の感情は、程々であればむしろ好ましいものであるが、度が過ぎれば心を狂わせ、心を支配してしまう。しかも、力の感情は、魔法のみならず、富、権力など、一般的に人々がプラスの感情を抱くあらゆるものを媒介にして、心の隙間に入り込んでくるものであった。
やがて、心を完全に力の感情に支配された一人の旧支配者が、唯一絶対の最高権力として、この世界に君臨するようになった。それは「悪の魔力の元凶」と呼ばれた。この地上のあらゆる富や権力を自らの一身に集めること、「悪の魔力の元凶」にとっては、それ自体が目的だった。生活や政治目的達成の手段ではなかった。
ただ、「悪の魔力の元凶」が何者であるのか、当時の詳細な記録は残されていない。ちなみに、後世に描かれた歴史書などには、髪を振り乱したオニババの姿で描かれることが多く、研究によれば、そのようなイメージが当時から定着していたと考えられている。
その後、しばらくの時を経て、旧支配者の高度な魔法による支配は(既にこの頃には、実質的に「悪の魔力の元凶」による独裁支配に移行していたが)、終わりを告げることとなる。その原因は魔法の力によるものだった。この世界の富と権力を独占した「悪の魔力の元凶」は、魔法の力をも独占しようとして、同族から魔法の力を吸い取り、自らの身に集中させようとした。
最初のうちは、それもうまくいっていたようで、「悪の魔力の元凶」の力はますます増大し、この地上に存在する魔力の半分以上を自らで占めることとなった。しかし、やがて、それも破滅を迎えることになる。魔法の力をすべて、自らのキャパシティーを超えてその身に集めた「悪の魔力の元凶」は、魔法の力に耐えることができず、100メガトン級の核爆発のような大爆発を起こして果てた。その結果、「悪の魔力の元凶」から解放された魔法の力は各地に飛散し、その力を身に受け入れることのできた者は、旧支配者でなくても魔法を使えるようになった。