怪しい物音
わたしたちは、前回と同じく、スラム街の手前で馬車を降りた。徒歩でゴミの散乱した細い道を抜けると、見覚えのある「ゲテモン屋」の看板が見える。
「さあ、行こうぜ!」
ツンドラ候はわたしの手を引き、勢いよく入り口の戸を開けた。前回と同様、オヤジの声が店内に響く。
「いらっしゃい、侯爵様。毎度、お世話になっております」
「おお、オヤジ、また来てやったぞ。ウシバエの幼虫を食わせてくれるんだって?」
ツンドラ候はカウンター席に腰掛けた。わたしはプチドラを机の上に乗せ、ツンドラ候の横に腰を下ろす。しばらく待っていると、店のオヤジは意味ありげな笑いを浮かべ、タオルが掛かったザルをカウンターに置いた。
「ほぉ~、これが!!!」
ツンドラ候がタオルを取ると、ザルの中には生きたウシバエの幼虫が多数、うにょうにょとうごめいていた。
その数時間後……
「オエップ…… き…も…ち…… わ…る…い……」
屋敷に戻ると、わたしはすぐに濡れたタオルを額に当ててソファの上で横になった。店のオヤジのオススメはウシバエの幼虫の踊り食い。さすがのツンドラ候も最初はちょっぴり躊躇していたが、そのうち「よーし」と気合いを入れ、両手で幼虫をつかんで一気に口の中に放り込むと、気合でバリバリ噛み砕き、ゴクリと飲み込んでしまった。ツンドラ侯曰く、「見た目がキモイ割に味はまずまず」とのことだが……
プチドラも、さすがに今日はグロッキー気味のようで、ぐったりとしている。確かに昆虫食は高タンパクとかヘルシーとか聞くけど、見た目の気味悪さはどうにもならない。
やがて、執事が冷たい水をコップに入れて部屋に入ってきた。わたしがコップを受け取り一気に飲み干すと、
「カトリーナ様、体調が優れないご様子ですが、耳に入れておきたいことがございまして」
「構わないわ。耳に入れたいって、なんなの?」
「実は、このところ、地下方面から怪しい物音が聞こえるのです。ほら、今も……」
わたしは耳に手を当てて意識を集中した。すると、丁度真下から、ズンとかバタンとか、それほど大きな音ではないが、何かが活発に動き回っているような音が聞こえてくる。
「地下で誰かが暴れてるの?」
「この屋敷に地下室は確認されていません。したがって、地下から音がするはずがないのです。今のところ実害はありませんが、使用人たちは気味悪がっています」
「ちょっとしたミステリーね。明日にでも調べてみるわ。あなたたちは、気にしなくていいわよ」
なんだか、もしかすると、とんだ幽霊屋敷をつかまされたかもしれない。でも、とりあえず、今日のところは寝よう。ゲテモンのダメージが残っていて、今すぐ調べる気にならないから。




