帝国成立史1
原初の世界は極めて高度な魔法によって支配されていた。魔法が力であり正義。その魔法を自由自在に扱うことのできる種族だけが、富や権力や文化など、およそ文明的と評価されるあらゆるものを独占し、絶対的な支配者として、あらゆる生命体の頂点に君臨していた。これを旧支配者と呼ぶこととしよう。
旧支配者の支配は、始めのうちは、言うなれば人間的な慈愛に満ちたものだった。すなわち、自らの絶大な魔力を利用して開墾や土木工事を行い、ヒューマンに農耕を教え、ドワーフに採掘を教えるとともに、傷病者を魔法の力で治癒し、また、余剰生産物を税として徴収して必要なところに分配するなど、社会保障的なものも含めたさまざまな社会経済制度を作り上げた。
その支配がいかに道徳的にも優れたものであったかは、天候不順や天災などはあっても餓死者が発生したという記録や伝承が一切存在しないことからもうかがうことができる。旧支配者は、生きとし生きるものに安寧と幸福を提供し、ただし政治的には絶対的な支配者として、この世界を統治していた。
しかし、年月を経るにつれ、旧支配者の支配は揺らいでゆく。権力は腐敗するのが世の習い。それが絶対的なものであれば、なおさらのことだから。
絶対的な支配体制が長く続いていくうちに、徐々に旧支配者の心性は蝕まれていった。旧支配者は贅沢の味を覚え、自らの欲望を満たすため、ヒューマンやドワーフから重税を取り立てるようになった。さらに、旧支配者は道徳的にも退廃し、淫らな欲望で心が一杯になり、競って天下の美男美女を集め、酒池肉林の淫楽を繰り返すようになった。のみならず、ヒューマンやドワーフを捕らえて互いに殺し合わせ、血を流して倒れるさまを見て愉しんだり、彼らを飢えた猛獣や大蛇の前に投げ捨てて食われるさまを観察して狂喜したり、次第に、その乱行・悪行は、常軌を逸していくようになった。
また、支配者がこのような歪んだ娯楽に熱中していくうちに、その統治もデタラメなものになっていく。税金の取立てはメチャクチャになり、少しでも生産物があれば徹底的に収奪し、後にはぺんぺん草も生えない荒地が残されるだけとなった。鉱山からは、環境破壊もなんのその、副産物の有害な重金属もそのままに採掘を続けたため、その周囲には生き物が住めなくなってしまった。
旧支配者は政治的にも腐敗が進んでいく。朝令暮改は当然のごとくなり、上の命令が下に伝わることなく、地方では地方官のやりたい放題、まさに倒れる寸前の王朝の末期症状を呈していた。
しかし、旧支配者の支配体制は、簡単に打ち倒されることはなかった。ヤケクソ的な小規模な一揆はあれ、反乱までには至らなかった。旧支配者の魔法の力があまりにも強力であったため、うっかりと反抗しようものなら、その場で引き裂かれ、焼き殺されることは明らかだったから。その支配がどんなにムチャクチャなものであろうと、魔法の力のないヒューマンやドワーフには抗するすべはなく、ただ、じっと耐える以外なかった。