第一話「おはよう、ただいま、初体験は野外で集団!?」
「夕貴、聞いてる? もしもし~」
明るい女の子の声でわたしの意識が戻る。どうやら少し考え事をしていたようだ。
さきほど四時限目の授業が終わり、今はお昼の時間であった。
幼馴染の夏川栞の顔がドアップで映っている。
大きな瞳に明るい色の長い髪は陽気な性格の彼女にとっても似合っている。
「また彼氏のこと考えてたんでしょ?」
「……考えてないです」
実際は考えていた。めちゃくちゃ考えていた。
さすが十年以上の付き合いがある栞だ。無表情のわたしの顔から考えを読み取ったようだ。
わたし、七草夕貴には自慢ではないが彼氏がいる。
一個歳上で優しい先輩だ。
名前は平坂(平坂)龍之介先輩。
中肉中背で顔も普通、成績は中の上でこれといった特徴はない。優しい性格の人だ。
「あぁ、親友の夕貴にも彼氏……私も早く夕貴みたいなリア充になりたいよお~。私にリア充オーラを分けてくださいっ!」
「わたしはリア充じゃないです」
先輩と付き合い始めてもう一年は過ぎた。
だがこの一年間わたしと先輩はまるで進展がなかった。
エッチはともかくキス。
いや、デート……いや、手だって繋いでいない。
妄想では何でも経験しているのは言うまでもないが、現実では何も起こっていない。
先輩と後輩の殻を破ったはずなのに理想の彼氏と彼女にはなれていなかった。
果たしてこれは付き合って言えるのだろうか?
これをリア充って言えるだろうか?
答えはノーだ。こんなの他のリア充様に失礼だ……自分で言ってかなり惨めな気持ちになる。
でもそれは先輩が悪くはなく、わたしの顔が悪いのだ。
誤解を生む言い方をしてしまった。これだとわたしの顔が変だと捕らえられてしまうだろう。
わたしの顔はいつも無表情なのだ。感情を顔に出すこと究極に苦手なのだ。
感情を顔に出すこと以外にも自分の思ったことを口にするのも苦手なのだ。
その性格のせいか良い言い方で『クール』、悪い言い方で『仏頂面』とかよく周りからそう言われている。
先輩からもよく何を考えているか分からないとか言われてしまう始末だ。
先輩が勇気を振り絞って何かしてきても、無表情のわたしを見て、嫌がっているのかもしれないと先輩に思われているかもしれない。
本当は、それ以上のことをわたしは望んでいるのだ。
奥手なわたしが言うのもなんだが、先輩は草食系男子選手権で優勝できてしまうほど超草食系なのだ。
栞はそんなわたしたちの状況を知らないから安易にわたしのこと『リア充』と言ってしまうのだ。
「夕貴は絶対リア充だよ……あ、夕貴、知ってる?」
「知らないです」
「まだ言ってないんだけど」
栞は少し落ち込んでわたしのフルーツ牛乳を飲む。
ジュジュっとストローで音を立てて私のフルーツ牛乳は全て飲んでしまったようだ。
「それわたしのです」
「はい、代わりに私のいちごオレをどうぞぅ~」
反省の色がまったくないようだった。
自分の分の飲み物を渡せば許してくれると思っているようだ。
普段のわたしなら許していたかもしれないが、今回取れたのはわたしの好物のフルーツ牛乳だ。
実は学校のフルーツ牛乳は人気商品というか他の飲み物と比べて数が少ないのだ。今日の四時限目が五分前に終わったため、たまたま買えたのだ。
むぎっと、栞の頬を引っ張った。美味しい物を毎日のように食べているせいか前より頬の肉が増えている気がする。
「栞、わたしのフルーツ牛乳を返して下さい」
「あぅ、痛いよ、ごめん。だって喉が渇いたんだもん」
だったら自分のいちごオレを飲んでください。
栞の頬を解放すると「いちごオレが甘過ぎだったんです」と動機がはっきりとした。
「夕貴~それでね。クラスの友人に聞いたんだけどね……北口の商店街の出口にある終わりにある横断歩道って……リア充ロードって言われるんだよ」
「リア充ロード……?」
なんですか……そのネーミングセンスがない道は……。
「リア充がその横断歩道を渡ると金縛りに合うか合わないか」
「どっちなんですか? ま、どっちにしても胡散臭い話ですね」
口の中にいちごオレの甘味が広がる。
確かに栞の言う通りこのいちごオレは甘すぎだ。濃厚というかほぼ食感がゼリーに近かった。
パッケージ通りのどろり濃厚だった。
「でもね、でもね、一年前。うちらの学生がその交通事故で亡くなったらしいって……」
少し暗くわたしを怖がらすように語る栞。
性格が明るいせいか、語りまで明るい。全然怖くない。
衣替えも終わり、本格的に夏が始まったからだろうか新しい怪談でも拾ってきたのだろう。
「怪談によくありますね。何年前に亡くなったとか、実はこの学校の生徒からとか」
「ううう、ホント何だよ、本当なんだよ!」
どうせそんな所詮噂に過ぎないとか、そもそもリア充だけが金縛りに合うなんておかしい。
その時のわたしはその程度にしか考えてなかった。
放課後になり、わたしは校門の前に一人でいた。
ブーンブーンと携帯が振動した。どうやらメールが来たようだった。
わたしの彼氏……平坂龍之介先輩からメールだった。
『ごめん。今日一緒に帰れない。生徒会の仕事がある』
絵文字が一切ない少し寂しいメール。内容はほとんど昨日と変わっていなかった。
生徒会の仕事が大変ですから仕方ないですね。
そう自分に言い聞かせ、私は携帯をポケットにしまう。これで四日連続の一人帰宅になってしまう。
全然寂しくはない。全然寂しくはない。
今日の晩飯何を作ろうと考えながら、わたしは家に向かう。実際は物凄く寂しい。少しぐらい一緒に居ても良いじゃないかと思う。
もちろんそんな気持ちも表情には微塵も出ることはない。誰も気にはしてくれない。
「あ……そういえば、お米がないんでした」
その帰宅途中、わたしはお米がないことに気づいてしまった。
一緒にお買いものに行きたかったな。
帰路の半分くらいで折り返して、駅前の商店街へ向かった。
お米を買ったところでわたしはお昼に話していた栞の言葉を思い出していた。
栞の言っていた北口の商店街の終わりの横断歩道が目の前にあったのだ。
歩行者用の信号機の下には菊の花が添えられていた。
ずいぶんと雰囲気作りをしているとわたしは思った。
もともとわたしは神様やオカルトや怪談とかまったく信じていない。
「馬鹿馬鹿しいです」
そう思うがあの横断歩道は渡ってみたいと思った。
ちゃんと渡って栞にあの噂はデマだと言いたかったからだ。
六時を過ぎたのに車や人がまったく通っていなかった。駅から近いはずなのにこの通りに人がいないのは少しおかしい。
まるでわたし一人が世界に閉じ込められてしまったかのように不気味だった。
信号機が青なり、わたしは歩いた。横断歩道の真ん中まで歩いても何も違和感もなかった。
金縛りも呪いも幽霊も何もない。
「何がリア充ロードですか……所詮はただ噂ではないですか」
少しぐらいは何かがあると期待して損をしてしまった。
この横断歩道はちょうど家とは逆方向にある。
商店街でお米を買いに来たついでだとそう自分に言い聞かせ、Uターンした時だった。
「あれ……う、嘘ですよね……?」
身体が重い。まるで高熱で寝込んだように身体がだるかった。
足が上がらない。足の裏が地面に張り付いているように動かすことが出来ない。
え、そんな……まさか……金縛り……?
何かに縛られているような……いや、何かに足首を捕まれているよな。
「何ですか! これ……なんで……い、痛っ!」
明らかに分かる。何か強い力でわたしの足首を掴んでいる。
夕陽が照らし、私の足首にうすっらと人の手のようなものが見えた気がした。 冷蔵庫のような冷気までも感じる。
必死に動かすがその手はわたしの足首を離さない。慌てていると歩行者用の信号機が点滅を開始した。
それなのにわたしは動くことが出来なかった。
『リア充は……リア充は』
ついには女のうめき声みたいな幻聴まで聞こえてきた。
まさか……栞が言ってた……幽霊なのですか……そんな幽霊なんているわけ……。
『リア充は……抹殺しろ』
今度ははっきりと声が聞こえた。女性の低い声だった。
「い、意味がわかりません。わたしはリア充なんか……じゃないです」
『いや、おまえ、リア充。あたし、オタ充……。趣味はエロゲ。一日一回のシーン回想』
「あなたの生活なんか知りません。意味分からないこと言ってないで放してください!」
無理やりに前に進もうとしてもやはり強い力でわたしを押さえつけている。
傍目から見れば横断歩道で何を立ち止まっているようにしか見えないだろう。
もう道路の信号はとっくに青になっている。車は進むことが出来るのだ。
ブルンブルンと大きなエンジン音が聞こえてきた。
『くくく、リア充は……死ね! そして爆死しろ!』
道先から大型トラックがこちらに向かって走り出してきた。信号が青だとわかっているからかかなり速い速度を出している。
爆死ではなくこれでは轢死ではないか……。
若干冷静になっていた。きっと横断歩道にいるわたしを見て運転手が止まってくれるだろうと思っていたのだ。
『……おまえは……ここで爆発する。リア充は爆発しろ』
運転手の顔が見える。携帯を弄ってる。わたしのことを気がついていない。
これは予想外だった。トラックが止まってくれる確立が一気にゼロに近づいたのだ。
嘘でしょっ! 動いて、動いて……わたしの足動いてぇええっ!
必死に足を動かそうとするが掴まれてしまって動けない。
「や……やだ、死にたく……ないです……ぐすん」
これで死んでしまうと思うと涙が出てきた。
ようやく運転手がわたしのことにようやく気がついた。
慌ててブレーキを踏んでいた。
でもこの距離は間に合うことが出来ない気がした。車は急には止まれない。
わたしは知っている……止まれないのだ……わたしは死ぬのだ。
幼い頃に見た交通事故の様子が一瞬フラッシュバックした。
鼓膜を破るようなブレーキ音。全てがスローモーションに見えてく。
わたしは静かに目を閉じた。
ああ……ごめんなさい……さようならです……。
最後に思った言葉が先輩への謝罪だった。もっと素直になればよかったとかそんな後悔だけだった。
……わたしの人生は後悔だけしか……なかったのだ。
キキィッーッ!
耳触りのブレーキ音と共にトラックは私の目の前で止まった。
ぺたりと横断歩道に腰を下ろす。
静かに目を開くと目と鼻の先にトラックのナンバープレートがあった。
本当にギリギリの位置でトラックが止まった。
「あ……わ、わたし……い、生きているのです……あう、最悪です」
よかった本当によかった。
大きな安堵ともに股が物凄く冷たかったことに今気付いた。
あまりの恐怖にわたしは失禁してしまったようだ。
恥ずかしい気持ちよりも生きててよかったという安堵のほうが大きかった。それぐらい本当に恐かったのだ。
運転手が窓から顔をだしていた。肌の色が黒く、強面の兄ちゃんだった。
「あぶねぇだろ! 何してたんだよ!?」
「いやあ~すいません。500円拾ってたんで本当すんまへん」
女の子が謝った声が聞こえた。
はい……? 今のは一体誰ですか。
辺りにはわたしと運転手以外誰もいないはず。
それにわたしの声に近いというか……わたしの声だった。
わたしが歩道に戻ったのを確認するとトラックは走りだした。大事にならなくて安堵のため息をついた。
「う……この年でお漏らしするとは恥ずかしいです」
今年で16歳になるのに失禁してしまった。
死に直面したからせいだが無念である。スカートなどが染みになってなければいい。それに濡れたのはパンツだけだから周りにはばれてはいない。
早く家に帰ってお風呂に入りたかった。
『いやぁ~おしっこ漏らすほどビビったんだ……君? 結構な年だよね? 恥ずかしくないのかな?』
目の前には綺麗な女の子が見えた。まるで尻尾のよう見える長い茶色のポニーテイルは利発そうな彼女にはとっても似合っている。
身体は出るところはしっかり出ており、引き締まっているところはしっかりと引き締まっている。
裾の短いスカートから見える足はモデルのように細くて長い。
どのパーツもわたしの理想としているものだ……人だったらの話である。
存在が薄いからだろうかなぜかその女の子の身体が少し透き通って見える。
それに地面に足がついていない。わたしの目の前で雲のようにふわふわと浮かんでいる女の子。
その顔は満面の笑みでわたしを見つめていた。
わたしと同じ制服を着ている。胸元にある赤色のリボンは三年生を示す。どうやらわたしよりも二歳年上のようだ。
なぜ同じ学校の先輩が浮いているのだろう……?
「あ、あなたは誰ですか?」
『わたしは弓子。一年前にそこで死んだ。まぁ、幽霊です』
彼女はにっこりと微笑んだ。
逆にわたしは気絶しそうになってしまった。
『うちらの学生がその交通事故で亡くなったらしいって……』
栞がそう言っていたことは事実だった。そしてこの方は幽霊となってこの世に漂っていたのだ。
幽霊が幽霊と自己紹介をした。
いろいろツッコミどころがある説明かもしれないが事実は事実なのだ。
幽霊みたいなものが幽霊といったのだから幽霊なのだ。
目の前で見せられたら信じるしかいないのだ。
『いやぁ~君、面白かったよ。そんなに死にたくなかったんだね?』
弓子さんは楽しそうにわたしの後ろに浮遊している。
「……な、なんですか、あなたは?」
『だから幽霊の弓子だよ。悪のリア充を憎む幽霊とでも名乗っておこうかしら』
八重歯を見せながら弓子さんはそう言って笑うがわたしは笑うことができない。
なんかとんでもないことに巻き込まれてしまったとそう感じていたからだ。
取り付かれたりとか……?
『あなたのお名前は?』
幽霊のくせに随分とフランクに話しかけてくる。
呪われるとかとり憑かれるとかそんなことを考えてしまった。
「夕貴です。七草夕貴と言います」
『そうあなた夕貴って言うんだ。これからもよろしくね』
「あ、はい。こちらこそです」
はい? 今、この幽霊さん……『これからもよろしくね』と言ってなかったですか。
言いましたね、バカですか……わたしも素で返しているんですか……!?
『うん! ちゃんと言ったぞ。あたしは夕貴ににとり憑いたんだ。こんな道路よりも全然居心地がいいわ。幽霊が人にとり憑く理由なんとなく分かったわ』
「今とんでもないことをすらっと言いましたね! 勝手にとり憑かないでください。居心地なんか関係ないです」
『いや、そう言われても一回身体乗っ取っちゃうと身体がある感覚とか忘れられないじゃん?』
「乗っ取った!? そんなことをしてたんですか! お願いです! 出て行ってください、成仏してください!」
困った。これは困った。かなり困った。まさかとり憑かれるとは思ってみなかった。
しかもこの人……結構うるさい、いやかなりうるさい。
迷惑以外の言葉が出てこなかった。
『そんな無表情で言われても全然困ったようには見えないんだけど……てか、夕貴さらっと酷いこと思っていない? 弓子お姉ちゃんショックで死んじゃいます……ってもう死んでるけど、わっはっはっはーっ』
全然笑えない。それとやっぱりうるさかった。
弓子さんには悪いが早く消えてもらいたかった。
「どうしたら成仏してくれますか?」
『あたしを消す気満々だね。そう言われると意地でも消えたくないな。あたしここにいたい……』
「消えてください。早々に成仏してください」
『か、辛口だね、夕貴って……でもいいじゃん、背後にただいるだけだから』
「こっちは勝手に憑かれて迷惑なのです。誤魔化さないでくださいで早く教えてください」
『む、そう言われる弓ちゃん怒っちゃうよ』
弓子さんはそう言ってわたしの目の前から消えた。ぱっと消えたのだ。
一体どこに行ったでしょうか、もしかしたら成仏してくれたのでは……そう思った。
「う、パンツぐしょぐしょだ……どこかにパンツ落ちてないのか?」
突然わたしが喋り始めた。わたしの意志に関係なしにそう口にしていた。
え、ど、どういうことですか!?
「こんにちは。わたしの名前は七草夕貴、お漏らししてしまう15歳です」
な、なな、違うわたしはそんなことを言っていない、言ってません。
自分の意思では関係になしに身体が動いてしまう。
意識はそこにはあるのに身体が言うことが効かない。
まるで別の人に身体を操られているような……ま、まさか!
あなたは弓子さんですか!? まさかわたしの身体を乗っ取りました!?
「正解~。んー、やっぱり『身体』があるのは良いわ~。さてと早いところ夕貴のために成仏しなきゃね」
わたしの声で弓子さんはそう言う。自分がこんなに明るい声を出すことができると思ってもみなかった。
よかった、弓子さん……案外話せば分かる人だったんだ。
成仏をしてくれるなら少しぐらい身体を貸してあげてもいいかもしれない。
「あたしってさ……リア充になりたかったんだ……。死ぬ前にリア充を経験したかったんだ……」
突然わたしの声で弓子さんの未練を話し始めた。
やはり弓子さんも死にたくはなかったのだ。普通の人のように生活してリア充になりたかったのだ。
そうですか……弓子さん……だからリア充をあんなに恨んでいたんですね……。
死に直面したわたしにはほんの少しだけ弓子さんの気持ちが分かった。
「だからあたしは今からリア充をする! そして処女を卒業する!」
弓子さんはわたしの声でそう宣言した。
そうですか、では早くリア充になって処女を卒業しなくては……あれ……?
「よし、まずは人を集めるために全裸にならないといけないね」
そう言ってわたしは服に手を伸ばす。
ちょっと待ってくださいっ! 弓子さん、今わたしの身体を使っているんですよね!?
「うん、そうだよ。大丈夫痛いのはあたしだけだから」
そんなことを一切心配してません! そ、それってわたしの身体を使ってエッチなことをしようとしているのですね……?
「もちろん! ごめんね、一回だけでいいから、処女卒業したら成仏するから」
止めてくだい! わたしの処女は一回だけですから! 本当にお願いします!
「大丈夫、そんな減らないって。天井の染み数えてるうちにすぐに終わるって」
減りますって! わたしの貴重な一回が減りますって! てか、ここお空の下ですから! 天井なんてないですから、雲の数でも数えろってことですか!
「あはは、夕貴面白いなっ、さてと準備をしないとな」
準備ってなんですか! あの弓子さん! スカートの中に手を突っ込まないでください!
「ふふ、外でノーパンになると少しエッチな気分になるよね~。それにしても夕貴って地味なおパンツ穿いてるね」
わたしの顔は笑顔になっている。笑顔で人差し指で脱いだパンツをくるくると回している。
ただの変態がそこにいたのだ。
ちょっと、弓子さん!? 何してるんですかっ!?
「だってぐっちょりパンツじゃ気分が悪いじゃん。それにあたしはパンツじゃないから恥ずかしくないよ」
わたしがとんでもなく恥ずかしいんですけど! パンツとかそう問題じゃなくて人の身体じゃないから恥ずかしくないんです!
「お、なるほど! さすが夕貴分かってるねぇ~。きゃ~風が!」
あ、こら、飛び跳ねないでくださいっ! 大事なところが見えちゃいますって! ああぁあ、い、い、今! わたしのお尻が見えましたっ! 止めてください! わたしの身体を返してください!
「さて、さっさと処女消失して成仏でもしましょうか~。お、団体さん発見~! やったね、夕貴。初めてが複数って結構珍しくない?」
わかりました! わたしの負けです! 許してください! 弓子さん、成仏しないでください!
「夕貴がそこまで言うなら仕方がないな、よし身体を返してあげよう」
わたしの身体の感覚が戻ってくる。
まさかいとも簡単にわたしの身体を乗っ取られるとは思ってもみなかった。
目の前には浮遊した弓子さんがいた。
わたしの言った通りにちゃんと身体を返してくれたようだ。
『ふふ、必死だね~夕貴~』
「あんな風に自分の身体をいじられれば誰でも必死にはなります。勝手にわたしに乗っ取らないでください」
『なら、許可をとれば乗っててもいいの?』
「そういう問題ではありません!? 乗っ取らないで下さいってことですよ」
許可なしとか云々ではない。
いつ乗って取られてわたしの身体で自由なことをされたら困る。
特に知らない誰かに処女を捧げるとかわたしには考えなれない。そう考えるとぞっとしてしまう。
せめて最初は大好きな先輩としたかったのだ。
耳元で大好きって囁かれながら……わたしのことを大切に想って……そして。
『ふむふむ、夕貴にそこまで言わせる彼氏……少し気になるな~』
「……さっきから思ったんですけど……弓子さん、わたしの心を読んでいるんですか?」
自分の考えが知られるのは不愉快な気持ちになる。
弓子さんに全部知られるのは不愉快極まりない。
「夕貴~あたしは夕貴と繋がっているというか……半分身体が入ったから夕貴の意識が伝わってるんだ」
『最悪です。本当に最悪です』
「うわ……口に出して言ったよ……それと夕貴? 一つだけ訊いていい?」
「急に真面目なりましたね……どうかしましたか?」
『夕貴……今、ノーパンだけどいいの?』
わたしは素早く濡れたパンツを穿いた。
路上でパンツを穿いたのはわたしにとって初めての出来事だった。