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 起きたばかりの私に使用人が急かした。

 すぐに来てください、と。

 まだ日も沈んだばかりだというのに、どうしたというのだろうか。

 父も母も昨夜から親戚の所へ外出している。

 軽く身支度を整え、使用人に案内されるがまま空き部屋へ駆けつけると、飛び込んできた光景に目を見開いた。


 男と少女が机を挟んで向き合っていた。

 灰色の髪と目を持った壮年の男性は、専属使用人のケラトだった。いつもの微笑みを湛えた表情は消えて、どこか焦燥の色が浮かんでいる。


 少女の方に見覚えはない。

 乱れた亜麻色の長い髪、緑色の瞳、そしてぼろきれ同然の服といっていいかもわからないものを着ている少女。

 困ったように眉を下げるケラトを、少女は睨みつけている。


 一体、どういう状況なんだ。少なくとも、合意の上でここにいるわけではないようだ。ケラトへ声を掛けようとしたとき、少女と目が合う。

 途端、青ざめて彼女は叫んだ。


「近寄らないで! 化け物!!」


 驚いて開きかけた口を閉じ、目を細めて少女を見た。

 ――なるほど、彼女は人間だ。

 私たちを化け物というのは人間だけだ。今気付いたが、微かに人の匂いもする。人間からすれば、人間を食料としている吸血鬼は化け物と言われても仕方がない。

 そう頭では理解しつつも、眉間に皺が寄る。

 警戒する少女をから視線を逸らさずにケラトのそばまで歩いた。彼は私を確認すると静かに頷き、いつもの穏やかな口調で少女に話しかける。


「落ち着いて。私たちは君に何もしないよ」

「何もしない、ですって……」

 眉を吊り上げ、なおも彼女は叫ぶ。


「血を啜る化け物のくせに! 信じられるわけないじゃない……!」

 少女は視線を彷徨わせたかと思うと、机の上にあったペーパーナイフを手に取りこちらへ向けた。

 強い眼差しを放つ少女。

 だが、その手は震えていた。


「……――そうよ、化け物は貴方たちで、私じゃない! なのに、なのに!」

 そういって少女は強く自分を抱きしめた。

 その間もケラトが何度か話しかけるが返事はなく、今度はペーパーナイフを振り回し始めた。


 ひどく錯乱しているようだ。

 化け物じゃない、としきりに喚きたてる少女に、あることを思いだした。私自身も初めて見たが、彼女はきっと――


 未だ癇癪を起こした子供のように騒ぐ彼女と宥めるケラト。ケラトに当たることはないだろうが、このままでは彼女が怪我をしてしまうかもしれない。


 ついと間合いを詰め、彼女の腕を掴んだ。

 今にも折れてしまいそうなほど細く、枯れ木のような手触りの腕。握る手に力を籠めれば、彼女はびくりと体を震わせ、ペーパーナイフを落とした。

 大きな瞳を更に大きくして私を見つめている。しばらくして絞り出すように言った。


「……なによ、私をどうする気? 血でも飲もうっていうの」

「いいや、こんな不味そうな人間は見たことがない」

 彼女の顔は怒りで真っ赤になったが、ふいに俯いた。


「……私、人間なの?」

 私たちでも聞こえるか聞こえないかくらいの声量だ。


「少なくとも、私には人間以外に見えないよ」

「だって、皆言うわ。化け物だって」

「君はどう思う?」

「わたし、私は、人間よ」

「そうか、なら君は人間だ。化け物じゃない」

 顔を上げた彼女の目には涙が浮かんでいた。

 やがて、彼女は私に抱きつき大声を上げて泣いた。





 ベッドで微かな寝息を立てている少女から視線を外し、ケラトへ向き直った。


「彼女は――呪われし児だな」

「……ええ、そうです」


 重々しく答えたケラトに、深く息を吐き出した。

 すぐ傍の人間領には奇妙な風習がある。領主お抱えの占い師によって、呪われし児が選ばれる。口減らしか策略か、本当に呪われているのわからないが、とにかく選ばれた子供は焼き印を押される。

 その末路は悲惨なものだ。

 身動きが取れぬよう縛られ、燃え盛る炎の中に投げ込まれる者もいれば、死ぬまで強制的に労働させられる者もいる。こうして、吸血鬼の領内へ捨てられる者も。


「彼女はどうしてここに?」

「使用人の一人が見つけました、旦那様に判断を仰ごうと連れてきたのですが……」

 気遣わしげにケラトは少女へ視線を向ける。

 彼女のあどけなさの残る顔を見る。

 酷い扱いを受けた挙句に、吸血鬼の領内に放り出されれば、先ほどの錯乱した姿も無理もないことだと思えた。


 化け物じゃない、と彼女は何度も言っていた。人間であることを否定され、化け物という烙印を押された少女。彼女が望むような言葉を掛けたのは、自分と重ねてしまったからだろう。

 吸血鬼であるのに、血を受け付けない自分。そのことで奇異の視線や陰口を何度受けたことだろう。ただ、私には両親が居た。幼馴染も理解を示してくれている。

 しかし、彼女には。


「……父には私から話をする」

「――ですが、彼女はどう致しましょう」

「そうだな、私が見よう」

「ヴィネ様が、ですか?」

「たったふた月のことだ」

「……畏まりました。ですが、情けもかけるのも程々に」


 そういってケラトは部屋を後にした。

 彼の後姿を見送ると、少女が眠るベッドの傍の椅子へ腰を下ろす。


(さて、どうしたものか……)

 人間と吸血鬼、お互いの領地に許可なく踏み込んだ者の処遇は、その土地の領主に任されている。

 吸血鬼の領内に入り込んだ人間の処遇など二通りだ。

 死ぬまで血を抜き採られ続けるか、従僕として飼われるか――


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