7 作戦会議
楽しんで頂ければ幸いです。
「こんにちは~。」
波倉宗介は興路町の隣りにある朝倉町の藤崎屋にやってきた。宗介には初めての場所だ。
「あら、いらっしゃい。何にします?」
女将さんらしい元気の良い女性が宗介に話しかけてきた。
「いえ、先日の島村富治郎について杉岡が御話ししたいことがあるとのことでご主人とお話しをさせて頂きたきたく参りました。」
そう言うと、女将さんの顔色が変わった。
「少々お待ちください。」
そう言って女将さんが中に駆け込むと、奥から太った男が現れた。
「あなたが杉岡先生の使いの人で?」
「はい。私は波倉宗介と申します。」
「で、先生は何をおっしゃっていたのですか?」
「島村富次郎についてご忠告したいことがあるそうです。杉岡はこれからこちらへ参ります。詳しいことはそのときにと申しておりました。それから外出の際はお気を配られるようにとも…。」
「そうですか。では杉岡先生がいらっしゃられるまでこちらの御座敷の方へいらっしゃってください。」
「い、いえ、おかまいなく。私は外で待たせて頂きます。」
宗介は慌てて主人の申し出を断った。御座敷に上がったことの無い宗介にとって、御座敷に一人でいることはなにかと気を使って居心地の悪いもののように思えたのだった。
「隆行さん、遅いですよ!!」
「悪い、遅くなった。」
宗介は藤崎屋の店先で隆行たちに手を振る。隆行は一度、菊巧に戻り、巧之介が回診から帰ってくると、お鈴を連れて藤崎屋にやってきた。もう時は夕暮れである。藤崎屋の主人、浮左衛門と女将のおゆうも店先に出てきていた。
「杉岡先生、よくいらっしゃいました。浅井先生も忙しいのにどうぞおいでになられました。お鈴、先生方を蘭の間にご案内申し上げなさい。」
「はい、ではこちらへ。」
浮左衛門の指示でお鈴が部屋に誘導する。浮座衛門が人払いをすると、隆行は口を開いた。
「ことのおこりはお鈴から聞いた。その、もらったと言う物を全部見せてくれ。それと、他にも何かあったのではないか?知らない奴から脅迫状でも届いたのではないか?」
「そこまでお知りとは…、ええ、脅迫状がとどいたのです。しかし、私どもにはわけのわからないことなのです。これをみてください。」
浮座衛門は隆行に煙管と、手紙をみせた。
『男から預かった物を出せ。さもなければ襲う。』
ただ、それだけ書いてあるだけであった。
「これで全部か?」
「ええ、そうです。」
「この量だと、大変な金が動いたはずだ。」
巧之介が中身の薬の量を確認して、顔をしかめた。
「いったい、これからどうすればいいんでしょう。」
「策がある。」
隆行の声が夕刻の薄暗い部屋の中で、低く深く響く。
「お前の娘のお藍におとりになってもらう。」
「乱暴だな。お藍ちゃんが危ないじゃないか。」
巧之介が怪訝そうに言った。
「大丈夫だ。宗介が使用人のふりをして付き添えばいい。」
隆行が自信満々に言いきった。
「私は護衛ですか。」
宗介はものたりなく思った。
「そうだ。だが、使用人だから刀はなしだ。針で応戦しろ。」
「宗介には少し無茶ではないか?」
「そうでもないさ。宗介をなめるな。俺がきっちり仕込んでいる。」
「大丈夫ですよ、巧之介さん。それより、お藍さんって誰です?」
隆行と巧之介は何度も足を運んでいるので見知っているのだが、今日が初めての宗介は全く知らなかった。
「浮座衛門、お藍を呼んでくれ。」
「お藍、いらっしゃい。」
隆行に言われて、おゆうが声をかけると、
「失礼します。」
黒髪を高く結って後ろに長く垂らした、宗介と年端の変わらぬ娘が現れた。
「すまんが、お藍、少し危ない目に会ってもらうことになった。」
と、隆行が言うと、
「お鈴さんの仕返しをするのでしょう。それならかまいません。」
「お藍!!」
「大丈夫よ。お母様。絶対こてんぱんにしてくるから。」
にこっと藍が笑う。
「お藍ちゃん、おゆうさんは君のことが心配なのさ。」
お藍の勘違い振りに巧之介が注意を加える。
「杉岡先生に任せておけば大丈夫だろう。おゆう、お前も先生を信じなさい。」
浮座衛門が心配そうなおゆうに諭す。
「お藍、一応護衛に俺の弟子といっしょにいてもらう。」
隆行は宗介の背中を叩いて前に押した。
「初めまして。波倉宗介と申します。」
宗介は頭を下げた。お藍は宗介が隆行のように話すと思っていたので丁寧な物言いに驚いた。
「藍と申します。」
二人が挨拶をし終えると、隆行の声が一層低くなった。夕闇の中、蝋燭の火が揺れる。
「宗介はただの使用人のふりをしてお藍に付き添う。無論、俺と巧之介は隠れてついて行く。お藍はその香袋を目立つように持って散歩をする。すると、奴等はすぐに襲ってくるか、もしくはここを突き止めようとするかのどちらかをとるだろう。その場で襲ってきたときは俺達で全員捕らえる。ここまでついてくるようならそれまでにその尾行している奴を捕らえて吐かせればいい。」
「杉岡先生、いつそれをやるのですか?」
「今日はもう遅い。明日、決行しよう。」
その晩、宗介達は藤崎屋に泊まった。