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剣客起居  作者: 緑風の小道
抜け荷
5/10

5 異国の薬

頼もしい仲間たちと捜査開始です。


楽しんで頂ければ幸いです。

 「すみませーん!巧之介さ~ん!」


ガラッ。興路町で繁盛している浅井診療所の戸を開けて、少年は怒鳴った。家の奥から二十代の青年が出てくる。着流しの上に白衣を着て、髪は団子のように布に包み、小さな眼鏡を鼻にひっかけている。


「宗介か。どうしたんだ、その人は。」


「助けました。足首を捻挫しているようなので治療をしてあげてください。」


「そうか。そこの椅子に座らせなさい。」


 この青年医師は浅井巧之介と言い、二十五歳。妻のお菊は二十六歳。巧之介は興路町に浅井診療所を一人で開いている。その隣りに妻のお菊が菊巧という料理屋を開いている。小さいが、店に気配りが行き届いているのが人々に受け、まずまずの繁盛である。最近は忙しくなってお菊の妹のおしのが手伝いに来ている。


 宗介と呼ばれた少年は波倉宗介という。まだ十六歳の彼は田原坂の浅間寺の近くに在る杉岡道場に居候している。静道流の亡き十高明兵右衛門に剣を習い、現在兄弟子であり、師でもある杉岡と共に暮らしている。親は侍であるが、三男なので家を出て修行中の身である。 


 女の足を診察しながら巧之介は宗介に声を掛けた。


「宗介、最近の道場の様子はどうだ?」


「まずまずですよ。お店はどうですか?」


巧之介が答えようとしたときガラッと戸口が開いた。


「おい、巧之介!宗介が来てないか?!」


低い声が家中に響いた。ずかずかと入ってきたのはやはり着流しを着た、がっしりとした青年だった。


 青年の名は杉岡隆行と言う。巧之介と同い年の二十五歳である。幼いころから亡き十高明兵右衛門に育てられる。両親は不明で、捨てられていたのを十高に拾われたのだ。一人身で、十高が亡くなってからは静道流を継ぎ、杉岡道場を開いた。弟弟子の波倉宗介と共に暮している。また、道場には数人の弟子が毎日稽古に来ている。


 隆行は治療されている女をちらっと見て、脇にあった椅子に座った。


「隆行さん、何かあったのですか?」


宗介は、隆行に話しかけた。


「お前がなかなか帰ってこないから、茶碗がなくて、飯が食えん。どこかで油を売ってないか探してたんだ。宗介、今日はこいつを拾ったのか?」


「拾ったのではありません。助けたのです。」


「どこで何をしていたときだ?」


「葦沢の林を通っていたときに、悲鳴が聞こえたので。」


「襲われていたのか?」


「そう、見えました。」


「ふむ、そうか。」


そう言うと隆行は口を噤み、眉をくいとあげた。


「どうかしたか?隆行。」


巧之介が女の足に包帯を巻きながら、隆行に声をかける。


「あんた、藤崎屋の者だろ?」


隆行は巧之介には答えず、女に声をかけた。藤崎屋は料亭であり、宿屋でもあ

る。


「は、はい。ですが・・・」


女は不思議そうに隆行を見た。


「あんたは女中してるだろ?水周りの仕事しているのを見たこと がある。俺は藤崎屋の主人とは知り合いなんでな。」


「旦那様とお知り合いなのですか?」


「まあな。襲われたのはあんた一人の問題なのか?それとも、藤崎屋に何かあったのか??」


「ど、どうしてそれを…。」


「ま、ちょっとな。で、何があった?」


「そ、それは…。」


女は目を伏せた。


「大丈夫ですよ。安心してください。ここの人たちはあなたをどうかしようとはしませんよ。あなたの身は保証しますよ。」


隆行の脅すような低い声と切れ長の目に見つめられて怖がっていた女であったが、少年の宗介の言葉に落ち着いたのかゆっくり話し始めた。


「私はお鈴といいます。この間、御座敷の方になんだか怪しげな人がいらしたのです。私がお酌のお相手をしました。帰り際に私に香袋をくださいました。御勘定を払うときに旦那様と女将さんも筆と煙管と香袋を頂いたようです。二、三日過ぎてから旦那様と女将さんの様子がおかしくなったのです。今日は用事で外出するよう言われたのですが、そのときも女将さんは、怪しい人を見かけたらすぐに逃げるのよ、と言うのです。いつもはそんなことはおっしゃらないのに。帰り道の林で襲われたところをこの方にお助け頂いたのです。」


若いのに丁寧な言葉遣いをする人だ、と宗介は思った。さらに隆行は女に尋ねた。


「その問題の男の名前は?」


「島村當治朗とおっしゃっていました。」


女の返答に宗介が隆行に尋ねる。


「偽名でしょうか?」


「おそらくな。そのもらった香袋を見せてくれ。」


お鈴は香袋を差し出した。隆行は受け取るとまず匂いをかぎ、開けて中をみた。


「やっぱりな。おい、巧之介、これを見ろ。」


隆行は巧之介に香袋を渡した。巧之介は中身を見て顔をしかめた。


「異国の薬か。しかし、この人たちに渡しても一銭にもならんぞ。」


「たぶん、そのあやしい男が盗んだのだろう。それをネタに相手をゆすっていた。だが、殺されると分かって全く知らないあんたたちにたくした。ただ殺されるよりはと思ってしたことだろうがな。それでその相手はあんたが持っていることをつきとめて襲ったというところか。」


隆行は淡々と語る。巧之介が続けて、


「藤崎屋と話をした方がいいのではないか。」


「そうだな、宗介は藤崎屋に行って事情を話せ。俺はちょっと行くところがあるんでな。巧之介はお鈴を預かってくれ。」


「しかし、俺は回診があるんだが。」


「じゃあ、お菊に頼め。後で菊巧に行く。宗介はそのまま藤崎屋で待っていろ。」


そして、隆行、宗介は浅井診療所を出ていった。


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