2 稽古
稽古に向かいます。
今日は四谷の一刀流島崎道場の島崎葵を訪ねる予定だったので、浅井診療所から隆行と宗介は四谷に向かった。隆行たちの静道流とは流派が違う為、普通は相容れないものだか、亡き師十高と島崎は仲が良かったので、今も親交があるのだ。隆行と宗介は静道流の他に、一刀流の型も身につけている。二人が道場に入ると、島崎は快く母屋に迎えてくれた。
「やあ、二人ともいらっしゃい。元気にしていたようだね。」
島崎はもう六十に近いが、ぴんと背筋を伸ばして座っている。
「はい、島崎先生もお元気そうで。」
いつもは荒い口調の隆行も師の友人の前では丁寧だ。
「おや、宗介君は、今日は機嫌が悪そうだね。」
「え?いえ、そんなことは…。」
朝のことでまだ腹を立てていた宗介は顔を伏せた。
「そうかい?まあ、深くは聞くまいよ。皆も稽古をしている。二人ともついておいで。」
「はい。」
三人が道場に入ると、島崎の弟子達がざわめいた。弟子達の中には最近入った旗本の子息が何人かいる。先生に認められようとしているところに、浪人らしき青年と少年が師について現れたのだ。いぶかしげに二人を見ている。前からいる者たちは二人の強さを知っているので、敬遠する者や、歓喜する者などさまざまだ。隆行は島崎と共に座り、話をし始めたが、宗介は一人、稽古に入った。杉岡道場にも稽古に来る、旗本の子息、鳥居大悟が宗介に声をかける。
「宗介、どうした?難しい顔をして。」
「大悟、そんなに私の顔は変わっているか?」
「おお、いつもの仏の顔が鬼に変わっているぞ。」
「今朝、ちょっとあって。」
「まあ、いつまでもひこずっていても仕方あるまい。私の稽古相手をしてくれ。」
「そうだな、稽古に集中すれば、少しは冷静になれるかもしれない。」
宗介と大悟が木刀を持って対峙する。刀が交差し、互いに身体を引きながら篭手を狙う。再び対峙し、にらみ合う。宗介は下段に、大悟は正眼に構える。先に大悟が突きにかかる。宗介は身体をひねってよけると、大悟の胴を狙う。大悟は瞬時に木刀をたてて宗介の木刀を受けにまわるが、それを見た宗介が狙いを肩にし、打ち据える。ばしっという音がして、二人の動きが止まる。…先に動いたのは宗介だった。
「大丈夫か?肩。」
「ああ。お前が少し手加減してくれたおかげでな。俺も大分上手くなったと思ったんだがなぁ。」
「上手くなっているさ。ただ少し、私が太刀筋をかえるだけ上手かっただけさ。」
「お前は優しすぎだろ。」
と、二人が話していると、新入りの弟子の一人が宗介に名乗りをあげた。
「私は伊塚篤惟という。きさまと一本、試合をしたい。」
「それが、試合を頼む態度かよ。」
大悟が文句を言うが、宗介は、
「…私は波倉宗介。あなたは一刀流の使い手ですよね?」
「ここにいるのだから当たり前だろう。」
「いえ失礼しました。では、試合を始めましょう。大悟、審判してください。」
「こんな奴、相手する必要ないぜ。」
「別に、試合を頼まれたから相手をするだけさ。隆行さんにいろんな相手とするようにとここに来ているのだから。」
「それはそうなんだが…。」
何か言いた気な大悟だったが、説得させられ、二人の審判をすることにした。伊塚が、話しかける。
「きさまは島崎先生と何をしていたのだ?」
「あいさつをしていただけですよ。」
「どういう知り合いなのだ?」
「島崎先生は私の師の友人なんだそうです。」
「そうか。今話している奴か?」
「いえ、亡くなった師の友人です。」
宗介が律儀に返事をしていると、
「双方話を慎め、試合、…始め!」
大悟の号令があった。宗介は正眼に、伊塚は上段に構えた。まずは眼力比べ。伊塚が剣気を発しているが、宗介は全く動じない。むしろ、宗介の剣気に伊塚が圧倒されている。
そして、ぱしっ!
「一本!!」
勝負は一瞬で決まった。圧倒された伊塚の隙を見逃さず、宗介が篭手を叩いた。他の弟子たちも宗介のきれいな篭手に感嘆した。伊塚は礼をすると、ふてくされた顔をしてどこかに行ってしまった。
「情けねえ奴。」
「そう言うなよ。私は一応二つの流儀を習っているのだから。」
「微動だにしないのは悲しいだろ。」
などと、大悟と宗介が話していると、門の方が騒がしくなった。誰かが無理やり入ってきたようだ。
設定2
鳥居大悟 とりいだいご
旗本の子息でありながら、普通に剣術道場に通っている変わり者。
宗介と仲良くなり、よく手合わせをしている。
自由奔放で実直な性格。