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幕間

 梅の花のつぼみが少しずつ大きくなり、春の訪れを感じるようになったある日の事。以前お世話になった狼士組(ろうしぐみ)(けい)さんが爽亭(さやかてい)に顔を出してくれた。この間会った時からは少し時間がたっていたけど、あっちもいろいろ忙しかったのだそう。小鉄(こてつ)さんは別件で出かけているから、非番の自分だけで来たと炯さんは言う。

 ちょうど店が混雑する時間も過ぎて、お客さんも少なかったのでわたしはゆっくり炯さんに対応出来る事になった。

「この間は、本当にありがとうございました」

 ひとまずわたしはお礼を口にする。何かおまけしようかと考えながらいると、炯さんは苦笑する。それにしても、相変わらず涼しげ(クール)な表情の似合う素敵できれいな人だなあ。

「そんな気ぃ使わんといて。結局ウチら、迷子の親見つけられへんかったんやし」

「でも、助かりました。あのままだったらもしかすると、炯さんたちの探してくれていた方向にも行って、遠回りしていたかもしれないですし」

 他に協力してくれる人がいる事で、行く先の選択肢は減り、そのおかげで目的に近づけたのかもしれないのだ。

「なんだかんだで、江戸は広いからなー」

 男性の声が相槌を打つように同意を示してくれたので、わたしは更に炯さんにあの時は助かったと伝える。

「そうですよ、誰かが手伝ってくれているって思うと、心強かったですし」

「そうだろうそうだろう」

 うんうんと頷く派手な髪色の男性は、ごく自然にこの場になじんでいてわたしは違和感なく受け入れそうになっていた。

「――って、あんたなんでここにおるん?」

 それは炯さんも同じだったようで、気がついた途端に少し顔をしかめる。

 いつの間にか炯さんの隣には、黄色に近い金髪で逞しい体躯の青年が座っていた。

「なんでって、お前が入っていくから」

「なんなんそれ。きしょい」

 夏の米にわいた虫でも見るみたいな顔をする炯さんに、相手の顔はひどく引きつった。

「人をストーカーみたいに言うのはやめい。お前が入ってくからうまい飯食えるかと思ってついてっただけだっつうの」

 そう言われても炯さんはまだ疑いの眼差しをやめない。

 けれどふいに気がついたように炯さんはわたしを見て、少しだけ苦笑した。

「こいつ、ウチの同僚。あほであほでしょーもないんやけど、こんなんでも一応浪士組なんよ」

「なんであほ二回言ったし」

「一回じゃ足りひんからや」

 ぽんぽんと飛び交う軽口の応酬に、この二人の仲がよさがうかがえた。

 それに、炯さんが普段の涼しげな横顔の時よりも表情豊かで、なんだかとっても微笑ましい。

「優月、出来たぞ」

 そうこうする内に、料理が出来たらしく父さんが私を呼ぶ。

 炯さんははじめて爽亭に来たせいか、特に注文を指定せずわたしにおすすめを提供してくれればそれでいいと言ってきた。なので炯さんは父さんが何を作り上げたのか、まだ知らない。

 踵を返そうとして、わたしははたと気づく。炯さんの同僚の青年――名前もまだ聞いていない――にも何か注文するかを聞いてみたところ、「あー、炯のもらうわー」と言ったため「絶対やらへん」と炯さんが続ける。

 結局わたしはすぐに用意出来るものを父さんに頼む事にした。

 少し置いてわたしが持ってきた料理は、金髪の青年用の白米と(あじ)の干物、ふろふき大根という即席定食。それから今の時期にぴったりの、旬のものを炯さんに。即席定食はともかく、もう一つの方が二人には意外だったようで、用意されたものを見て少し不思議そうな顔をしていた。

「こちらは、筍羹(しゅんかん)っていうタケノコの煮物です」

「……タケノコなんは分かるけど、中につまっとるの、これ何?」

 確かにぱっと見ただけでは、タケノコの中に詰め込まれたものが何かは分かりにくい。筍羹(しゅんかん)は、タケノコの中心をくり抜いて白身魚のすり身を詰めて煮た料理だ。そう説明すると、二人は楽しげに目を細めてみせる。金髪の青年の方なんて、箸を片手にちらちらと炯さんの様子を伺っている。これは、早いところ父さんに筍羹の追加を頼んだ方がいいかもしれない。

「炯っ」

「嫌や」

「まだ何も言ってねえだろうがっ」

 やっぱり父さんに追加注文をしてこよう。筍羹は、あのタケノコの煮てもまだ少し固い食感と、魚のすり身の口当たりのよいなめらかさが相まって、とても美味しい。かつお節のダシも効いていてわたしも結構好きだったりする。せっかくだし、食べたいと思ってくれている人にも食べてもらいたい。

「ん、これめっちゃいける! タケノコと魚のすり身って合うねんな」

「ちょっとだけでいいから、ちょっとだけくれよーー!!」

「あんたは自分の食べ」

 わたしより年上だろうし、江戸の町を守る狼士組なのに、ああして些細な事で言い合っているのを見るとどうしても口元がゆるんでしまう。狼士組の事が、いつもより身近に感じられるくらいだ。二人の狼士組の掛け合いを背に、わたしは父さんに筍羹をもう一皿頼みに調理場へと向かった。


「いやー、食った食った。うまかったよーありがとなー」

「ほんまにな。おおきに」

 おまけとして出した甘味(スイーツ)もそれなりに気に入ってもらえたようで、わたしは彼らの好みに合う料理を提供出来た事に喜んだ。

「お口に合ったようで、こちらもうれしいです。ありがとうございます」

 相手にとって美味しいと思えるものじゃなかったら、お礼の意味がないもの。それでなくとも、自分の店の料理が認めてもらえるのは、嬉しい。

「いい店見つけたわー。また来るなー」

「ウチも。今度こそ小鉄先輩呼ばんとな」

「はい、是非」

 二人が立ち上がって会計をとごそごそしだした頃、夕七つの鐘が鳴った。そういえば日が落ちるのが遅くなったなと気づく。支払いを済ませた二人を見送るのに外に出た時にも、意識してみれば随分と風が冷たくなくなったと分かる。

 挨拶を済ませ狼士組の二人の後ろ姿をしばし眺める。そういえば、あの青年の名前を聞きそびれてしまった。名前が分からなくても、彼はとても気さくで以前からの知り合いのように話せてしまったけれど。年上だとはいえ、わたしに近い年頃の二人だ。普段はなじんで会話するような事があまりない狼士組の人とも、気軽に話が出来るなんて、なんとなく考えていなかった。それもまた、嬉しい事のように思える。

 なんとなく気持ちが、自然と上向きになる。じっとしているより体を動かしていたいとさえ思える。真冬と比べて随分と寒さが引いてきたからだろうか。

 もう一月もしないうちに、冬の間は眠っていた草木が目覚め、花が芽吹き始めるだろう。花見の時期も近い。

 ゆっくりと暮れ始めた西の空からの光を浴びながら、わたしは花がほころぶ日を心待ちに思うのだった――。

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