大聖女なのに追放されたので、偽聖女のふりをすることにしました!
「この女は偽物です! 本物の聖女は私なのです!」
私、セラフィナはロゼッタ王国の大聖女――だった。
ロゼッタ王国は、この大陸でも有数の豊かな国だ。
肥沃な大地と温暖な気候に恵まれ、人々は平和に暮らしている。
そんな国を陰で支えているのが、代々受け継がれる聖女の存在だった。
聖女は神に選ばれた存在として、国の守護者であり希望の象徴。
治癒魔法で病人を救い、豊穣の祈りで作物を育て、災いから国を守る。
私は10歳の時に聖女として覚醒し、それから「大聖女」という肩書きのもと、ずっとこの国のために尽くしてきた。
それなのに――。
「この女は偽物です! 本物の聖女は私なのです!」
王宮の謁見の間で、リリアナはそう叫んだ。
彼女は名門貴族ローゼンハイム家の令嬢で、美しい金髪と碧眼を持つ華やかな女性。
社交界の花形で、誰もが振り返るような美貌の持ち主だ。
対して私は、くすんだ茶色の髪に地味な灰色の瞳。背も低くて、華やかさのかけらもない。
見た目だけなら、どちらが聖女らしいかなんて、一目瞭然だろう。
「セラフィナ、君は……本当に聖女なのか?」
幼馴染の第一王子であるアルベルト殿下は、苦しそうな顔で私を見た。
彼とは物心ついた頃から一緒で、ずっと仲良くしてきたはずなのに。リリアナが現れてから、彼の態度は少しずつ変わっていった。
最初は気のせいだと思っていた。
でも、違った。
「リリアナ様は昨日、大聖堂で見事な治癒魔法を見せてくださいました。重病の患者を、一瞬で治してみせたのです」
側近の一人が得意げにそう告げると、謁見の間がざわめいた。
貴族たちの視線が、一斉に私に向けられる。疑いと非難に満ちた目。
――全部、嘘なのに。
リリアナの治癒魔法は、私の魔道具のおかげだった。
◇
あれは、確か二ヶ月前のことだった。
「セラフィナ様、お久しぶりです」
神殿を歩いていたところ、リリアナが話しかけてきた。
「リリアナさん。お元気でしたか?」
「ええ、おかげさまで。……実は、お願いがあって」
彼女は恥ずかしそうに俯いた。
「最近、体調を崩すことが多くて。聖女様の力を、少しだけお借りできないかと……」
「もちろんです」
私は迷わず答えた。
困っている人を助けるのは、聖女として当然のこと。
それに、リリアナはいつも優しくて、控えめで、とても良い人だと思っていたから。
「これを使ってください」
私は、いくつかの魔道具を彼女に渡した。
治癒の指輪、浄化のペンダント、祝福のブローチ。
どれも私が丹精込めて作ったもので、聖女の力が込められている。
「こんなに……! 本当にいいんですか?」
「ええ。困った時はお互い様ですから」
リリアナは涙を浮かべて、何度も何度も頭を下げた。
「ありがとうございます。一生、この恩は忘れません」
その言葉を、私は信じていた。
まさか、その魔道具を使って、私を陥れるなんて。
◇
「それに引き換え、セラフィナ様はここ数ヶ月、まともに治癒魔法をお使いになっていない!」
別の側近が声を張り上げた。
「病人の治療も、豊穣の祈りも、すべてリリアナ様が行ってくださっています!」
「それは……」
私が祈りを行っていないのは、過労で力が尽きたからだ。
毎日毎日、朝から晩まで聖女の務めを果たし続けて。休む暇もなく病人を治療し、豊穣の祈りで魔力を使い果たして。
身体が悲鳴を上げるまで働いて、ついに倒れてしまったのだ。
医師には「しばらく休養を」と言われていた。だから、ここ数ヶ月は治癒魔法を控えていただけなのに。
私が口を開こうとした時、リリアナが涙を流しながら言った。
「私は、ずっと黙っていました。本当は私が聖女なんだって!」
彼女の声は震えていて、いかにも苦しそうで。その演技力に感心すらしてしまうり
「でも、これ以上国を欺くわけにはいきません。セラフィナ様は……偽物なのです。本物の聖女は、この私。神に選ばれたのは、私なのです」
「そんな……!」
私は必死に否定しようとしたけれど、貴族たちの冷たい視線に、言葉が喉に詰まった。
誰も、私の言葉を信じてくれない。
「アルベルト殿下……」
せめて、幼馴染の殿下だけは。そう思って彼を見たけれど。
彼は、目を逸らした。
「君には、もう……聖女として、この国に留まることはできない」
「そんな……どうして……」
「リリアナは、確かに聖女の力を持っている。それは、先日皆が見た通りだ」
殿下の声は冷たかった。
「対して君は、最近まともに力を使っていない。それどころか、聖女としての務めを放棄していたではないか」
「放棄なんて、してません! 私は毎日……」
「もういい」
殿下の言葉が、私の言葉を遮った。
「これ以上、見苦しい言い訳は聞きたくない。セラフィナ、君には、この国から出て行ってもらう」
がらん、と音を立てて、何かが崩れ落ちる音がした。
ああ、これは私の心の音なんだと、どこか冷静な部分で思った。
「今すぐ、この場から立ち去れ。二度と、この国に戻ってくるな」
貴族たちが、一斉に立ち上がった。
「偽聖女を追放せよ!」
「国を欺いた罪は重い!」
「さっさと消えろ!」
口々に罵声を浴びせられ、私は震えた。
でも、不思議と涙は出なかった。
――まあ、いいか。本物の聖女が居なくなって困るのは、貴方たちだし。
私は、背筋を伸ばして謁見の間を後にした。
◇
その日のうちに、私は追放された。
持たされたのは、粗末な服と少しの水だけ。そして、いくつかの魔道具。
魔道具は、こっそり持ってきたものだ。追放される前に、自室から持ち出せるだけの魔道具を懐に忍ばせた。
これだけが、私の全財産だった。
荷車に乗せられて、国境の森まで連れて行かれた。
「ここで降りろ」
兵士に乱暴に降ろされ、私は森の入り口に立った。
振り返ると、荷車はもう走り去っていて。
深い、暗い森。木々が鬱蒼と茂り、昼間だというのに薄暗い。獣の鳴き声が、遠くから聞こえてくる。
「……はあ」
大きく息を吐いた。
もう聖女なんて、懲り懲りだ。
毎日毎日、病人の治療に追われて。豊穣の祈りで力を使い果たして。
それでも「もっと頑張れ」「聖女なんだから当然だ」と言われ続けて。
感謝の言葉すら、まともにもらえなかった。
それなのに、最後には裏切られて、追放された。
――もう、誰のためにも尽くさない。
これからは、私自身のために生きよう。
そう決めて、私は森の中へと歩き出した。
――その時だった。
「助けて……」
森の奥から、か細い声が聞こえてきた。
私は迷わず、声のする方へ駆け出した。人を助けたいという気持ちだけは、どうしても捨てられない。
木々の間を抜けると、血まみれで倒れている少年がいた。服は高級そうだけれど、今は泥と血で汚れていて。
「大丈夫ですか!」
私は慌てて駆け寄った。深い傷が、いくつもある。このままでは、死んでしまうのは誰が見ても明らかだった。
少年が薄く目を開けた。深い青色の、綺麗な瞳だった。
「きみ、は……」
「喋らないで。今、治します」
私は手を少年の傷に当てると、目を閉じた。
今、治癒魔法を使うと私の命も危ないけれど、持ってきた魔道具ごときでは治せない傷だ。
(この子を助けたい……!)
そう強く願うと、手のひらがじわりと温かくなった。光が溢れ出し、少年の傷が見る見るうちに塞がっていく。
(苦しい……)
聖力が底を尽きそうになり、咳き込みながら、息も絶え絶えに何とか治癒が完了する。
「……すごい」
なんとか一命を取り留めた少年が呟いた。
「あなた、は……聖女、様?」
「ち、違います! 私は偽物です!」
「えっ、偽物……?」
「治したのは、本物の聖女様の作ったこの魔道具で!」
私は慌てて、手に持った指輪を見せた。もちろん、この魔道具だけじゃ傷なんて治せないに決まっている。
だけど、私は、もう二度と聖女として生きるつもりはないのだ。
「わ、私、偽聖女だからロゼッタ王国から追放されたんです!」
「追放……?」
少年は不思議そうな顔をしたけれど、それ以上何も聞かなかった。
「……名前を、教えて」
「セラ、です」
本名は名乗らなかった。もう、大聖女セラフィナという名前は捨てたのだから。
「セラ……か。僕は、ルキウス」
少年はそう名乗ると、私の手を握った。
「助けてくれて……その、ありがとう」
ルキウスは少し顔を赤らめながら、ぎゅっと手を握りしめた。
「何か、恩返しがしたい」
「え……?」
「殺されかけた命を、君が救ってくれたんだ。だから……その……」
ルキウスは顔を背けて、耳まで真っ赤になった。
「僕の命は、君のために使いたい」
真剣な眼差しなのに、頬を染めている姿がとても可愛らしい。
まだ幼い顔立ちなのに、その瞳には強い意志が宿っていて。
腰刺しの剣を見るに、恐らく騎士なのだろうと思った。
高級な服を着ているし、言葉遣いも丁寧だ。もしかしたら、どこかの貴族に仕えていたのかもしれない。
騎士なら、私に着いてきてくれれば心強い。これから、しばらくの間一人で生きていかなければならないのだから。
「じゃあ……私を守ってくれたら嬉しい」
そう言うと、少年はますます顔を赤くして、私にぎゅっと抱きついてきた。
「う、うん……絶対に守る。約束、するから」
(あら、可愛い!)
温かくて、柔らかくて。
私は少し驚いたけれど、嫌な気持ちはしなかった。
◇
翌日、隣国アークランド帝国の騎士たちが迎えに来た。
彼らは、ルキウスを捜し続けていたらしい。
「ルキウス様! ご無事で……!」
騎士たちは、ルキウスの姿を見て涙を流した。
(よっぽど仲の良い騎士団なのね……)
ルキウスの身にまとっている軍服とはデザインが随分と違うみたいだけど、仲間であることは間違いなさそうだった。
「みんな、心配かけてごめん」
ルキウスは、優しく微笑んだ。
「それと……紹介したい人がいる」
彼は、少し照れたように私の手を引いた。
「この人は、セラ。僕の命の恩人で……」
そこで言葉を切って、ルキウスは顔を真っ赤にした。
「……た、大切な、人、だ」
騎士たちは、私を見て驚いたようだったけれど。
「セラ様、ルキウス様をお救いくださり、ありがとうございます」
彼らは私に跪いて、深々と頭を下げてくれた。
「そ、そんな、顔を上げてください」
「いえ。ルキウス様は、我が国の――未来の皇帝ですから」
「えっ」
「皇帝」という単語が聞こえた気がしたが、きっと聞き間違いに違いない。
きっとそうに決まっている。
「こ、こうてい……って?」
「次期皇帝のルキウス様が暗殺されかけ、命からがら逃げ出したところを救ってくださりありがとうございます!」
「……」
ご丁寧に一から説明をされて、私は嫌でも理解せざるを得なかった。
これは、どう考えてもそうだろう。
数秒固まった私は、にっこり笑うルキウスを見つめる。
「え〜〜〜っ!」
どうしよう。
私は、未来の皇帝に「守って欲しい」だなんて頼んでしまったのだ。
(絶対に聖女だって、バレないようにしないと!)
◇
それから3年が経った。
ルキウスは、私と出会ってすぐ後に皇帝として即位した。13歳という若さでの即位は異例だったけれど、彼は3年経った今も見事に国を治めている。
そして私は、相変わらず「偽聖女」としてこの国に滞在していた。正確には、神殿に勤める使用人として日々仕事に励む日々だ。
もう二度と、聖女として生きたくない。あの辛い日々を、繰り返したくない。
(聖女は、恨まれる)
どれだけ尽くしても、感謝されることは少ない。
「もっと頑張れ」「聖女なんだから当然だ」と言われ続ける。
病人を救えば「なぜもっと早く来なかった」と責められ、豊穣の祈りを捧げても「去年より収穫が少ない」と文句を言われる。
完璧でなければ、すぐに批判される。
そして最後には、裏切られた。
でも――表立たなくても、人を救うことはできる。
聖女という肩書がなくても、こっそりと祈りを捧げれば、人々の役に立てる。
誰にも感謝されなくても、それで良かった。
だから、私は夜な夜な、こっそりと神殿に通っていた。
誰にも見つからないように、深夜に部屋を抜け出して。静まり返った神殿で、一人祈りを捧げている。
(アークランド帝国の方はみんな親切で、とっても優しいから……)
この国のために。この国の人々のために。豊穣を、平和を、幸せを。
偽物の聖女として生きると決めたけれど、人を助けたいという気持ちだけは、どうしても捨てられなかった。
「……ふう」
祈りを終えて、私は神殿を出た。
朝日が昇り始めている。バレないように急いで部屋に戻らなければ。
「おはよう、セラ」
慌てて駆け出した時、神殿の廊下で、ルキウスとばったり出会った。
ルキウスは、3年の月日で見違えるように成長していた。
低かった背の高さも、今や私よりも頭一つ分高く、整った顔立ちは貴族の令嬢たちを虜にしている。
漆黒の髪は朝日を浴びて淡く輝き、サファイアの瞳は透き通るような美しさで。透き通るような白い肌は、まるで氷の彫刻のように美しい。
それでいて、まだ16歳なのに、既に皇帝としての威厳を纏っているのだから、本当にすごい。
「る、ルキウス!? どうしてここに……」
「べ、別に君に会いたくて待ってたわけじゃないぞ。ただの散歩で……」
ルキウスは顔を背けながら答えた。
「セラこそ、こんな早くから何を?」
彼は、少し顔を赤らめながら、いたずらっぽく微笑んだ。
(……もしかして、聖女だってバレてる?)
いや、でも、そんなはずない。私は誰にも見つからないように、こっそりと祈りを捧げているのだから。
きっと、本当にただの散歩なんだ。そう。そうに決まってる。
「セラ、よかったら朝食を一緒に食べたい」
そう言って、ルキウスはぎこちなく手を差し出してくれた。
偽物の聖女だと言い続けているのに、何故かルキウスは私をひどく大切にしてくれるのだ。
◇
食堂に入ると、侍女のマリアが笑顔で出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、聖女様。今日もお美しいですね」
「ち、違います。私は偽物の……」
「はいはい、偽聖女様ですね」
マリアは笑顔で、椅子を引いてくれた。
(良かった。今日も押し通せた!)
私が偽物の聖女だと言い張っていることを、みんなは信じてくれている。完璧に騙せている。
目の前に美味しそうな良い匂いのパンが運ばれてくる。
王宮の食堂で、ルキウスと向かい合って朝食を食べるのはもはや日課になっていた。
「セラ」
急に名前を呼ばれたから、顔を上げる。
ルキウスは深呼吸をして、私をじっと見つめた。
「君に……その、ずっと伝えたいことが、あって……」
「……?」
彼の顔は真っ赤で、手が震えている。
「僕は、君が……君の、こと、が……」
ルキウスの声がどんどん小さくなっていく。
そこで、ルキウスは完全に固まってしまった。顔が真っ赤で、蒸気が出そうなほど。
「……っ、やっぱり、無理だ……」
ルキウスは両手で顔を覆って、がくりと肩を落とした。
「る、ルキウス? どうしたの? 大丈夫?」
私が心配そうに声をかけると、食堂の隅で給仕をしていたメイドたちが、こっそりと声援を送っているのが見えた。
「陛下、頑張ってください!」
「今日こそは!」
「セラ様、鈍感すぎます……!」
小声でのやり取りが聞こえてきて、私は首を傾げた。
(みんな、何を応援しているんだろう?)
ルキウスは顔を真っ赤にしたまま、ますます縮こまっている。
「ルキウス、具合が悪いの? 顔、すごく赤いけど……」
「ち、違う! なんでもない!」
ルキウスは慌てて否定したけれど、耳まで真っ赤だった。
(ルキウスは、ずっと私に何か言いたげだけど、なんだろう?)
最近、こういうことが多い気がする。何か言いかけて、途中で恥ずかしそうに黙ってしまうこと。
でも、何を言いたいのかは、私にはさっぱりわからなくて。
「あ、あの、とにかく……僕は、君のこと、を……」
ルキウスがもう一度チャレンジしようとした、その時だった。
「陛下、ロゼッタ王国から使者が参りました」
執事が部屋に入ってきて、私たちの会話を遮った。
「……っ!」
ルキウスは、がっくりと肩を落とした。
メイドたちからは、「ああ……」という残念そうな溜息が聞こえてくるけれど。
「ロゼッタ王国?」
ルキウスが眉をひそめる。
ロゼッタ王国。それは、私を追放した国だ。
「一体、何の用だ」
「それが……聖女の返還を求めているとのことです」
聖女の、返還。
私は思わず、息を飲んだ。
「……面白い」
ルキウスは、先ほどの照れた顔が嘘だったのように冷たく笑った。
「謁見の間に通せ。話を聞いてやる」
◇
謁見の間には、見覚えのある顔があった。
アルベルト殿下だ。三年ぶりに見る幼馴染は、随分と疲れた顔をしていた。
「皇帝陛下、我が国は今、大変な状況にあります」
殿下は深々と頭を下げた。
「災厄が続き、作物は育たず、疫病が蔓延している。本物の聖女だと言い張ったリリアナは……偽物でした」
殿下の声は震えており、さらに深く頭を下げた。
「どれだけ謝っても、許されないことをしたと分かっている。でも、どうか……本物の聖女であるセラフィナ様を、返していただけませんか」
私は、息を飲んだ。
アルベルト殿下の視線が、私に向けられる。
「セラ、フィナ……」
ルキウスから、小さく、本当の名前を呼ばれた。
(ああ、バレてしまった……)
私は俯いた。
本物の聖女だと知られてしまった以上、私は、また権力や政治の道具として使われてしまうのかもしれない。
(せっかく、帝国の人たちと仲良くなれたのに……)
しかし、ルキウスが発したのは意外な言葉だった。
「ふざけるな!」
ルキウスの声が、謁見の間に響いた。
「都合が良すぎる。散々利用しておいて、困ったから返せだと?」
ルキウスは立ち上がると、私の手を取った。
「セラは、僕が保護している。彼女はモノなんかじゃない!」
「……っ!」
その言葉が凄く嬉しくて、思わず涙が出そうになる。
そうだ。
ずっとそうだった。
ルキウスは、私を道具として扱う人間なんかじゃないのだ。
「しかし……」
アルベルト殿下は困った顔をして、俯いた。
彼も随分と反省したようで、以前では考えられないしおらしさだ。
(ロゼッタ王国民に、罪はないもの)
私は、そっとルキウスの服を引いた。
「ルキウス……」
「……何だ?」
ルキウスは少し照れたように顔を背けた。
「ロゼッタ王国には、良い人たちもたくさんいたの。市場で野菜をくれたおばさんとか、いつも笑顔で挨拶してくれた子どもたちとか」
私は小さく微笑んだ。
「だから、祈りを捧げることなら……私にできることなら、してあげたい」
ルキウスは、じっと私を見つめた。
そして、溜息をついた。
「……君は、本当に……優しすぎる」
ルキウスは少し頬を赤らめながら、そう言って、再びアルベルト殿下に向き直った。
「では、金貨一億枚を用意しろ。話はそれからだ」
「そんな大金……」
「君たちの宮廷での贅沢を全て止めれば、数年もあれば貯まるだろう。後払いでいいぞ」
ルキウスは、アルベルト殿下の胸元の宝石のブローチを眺めた。
「嫌なら、帰れ。二度と、セラに近づくな」
「いえ、いや……」
殿下は、しばらく考え込んだ。
「わかりました。正式にロゼッタ国王から、要請をさせていただきます」
アルベルト殿下は、深々と頭を下げて、謁見の間を出て行った。
◇
「……ルキウス」
謁見が終わり、私たちは宮殿の庭を二人で歩いていた。
「ごめんなさい」
私は、小さく謝った。
「私……本当は、偽物じゃなかった。本物の聖女だったの」
ルキウスは、黙って歩き続けた。
「嘘をついて、ごめんなさい。でも、私……もう聖女として生きるのが、怖くて……」
「セラ、ずっと言いたかったことがある」
ルキウスは、赤面させらながら、私の頬に手を添えた。
「僕は……君が、好きだ。本物だろうが、偽物だろうが、関係ない」
「……っ」
「それに」
ルキウスは、くすりと笑った。
「君が本物の大聖女だって、最初から知ってたよ」
「え……?」
「死にかけの人間を魔道具だけで治せるわけないだろ?」
(……まさか、あの時からバレていたの!?)
私の動揺に、ルキウスは優しく微笑んだ。
「それに、君が夜な夜な神殿で祈っているのも知ってる。この国のために、こっそり祈りを捧げてくれているのも」
「……っ!」
私は、顔が真っ赤になるのを感じた。
「み、見てたの……!?」
「ああ。最初の頃から、ずっと。……べ、別に覗いてたわけじゃないぞ! た、たまたま散歩してたら、見えただけで……」
ルキウスは慌てて弁解しながら、顔を真っ赤にした。
「侍女も、執事も、騎士たちも。みんな知ってる。君が本物の大聖女で、この国のために尽くしてくれていることを」
庭の向こうで、侍女や騎士たちが手を振っているのが見えた。
皆、私たちの方を見てにこにこと笑っている。
「でも、君が偽物だと言い張るから、皆、それに付き合ってきたんだ」
(皆にも、ばれてたんだ……)
なんだか恥ずかしいような、嬉しいような不思議な気持ちになる。
「もう大丈夫。あの日から、僕が守るって約束しただろ……」
最後の方は小さな声になって、ルキウスは恥ずかしそうに俯いた。
その優しさに、私はもう耐えられなくなった。
ずっと私のことを大切にしてくれたルキウス。
最初はかわいい少年としかおもっていなかったけれど。
「ルキウス……っ」
私は、彼の胸に顔を埋めた。
「ずっと、側にいてくれ。僕の、皇后、として……」
ルキウスの声は震えていて、顔が真っ赤になっているのが分かった。
「愛してるよ。セラフィナ」
「私も、愛してるーールキウス」
そう告げると、彼は真っ赤な顔で優しい笑顔を浮かべて、私を強く抱きしめた。
――偽物の聖女として生きようと決めたはずだったのに。
やがて、ひどく優しい声でもう一度「愛してる」と囁いた彼の腕の中で、私は幸せを噛み締めたのだった。
(完)
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