最終話
王都からの帰路を、王都出身の人間には合わない特大の馬車に揺られながら進む。
席にはトリスタンが体を押さえる革帯とひじ掛けを付けてくれているものの、実は少し意地を張ってしまって、踏み台を断ってしまったので、未だに脚がぷらぷらとして定まらない。
──大人しく踏み台を付けようかしら。
などと、ぼんやり考える。
事態がいったんの決着を見せた今、力が抜けて、進む度、かつての気分を思い出すようだ。
あの聖女に負けて、王都を追い出されて、辺境に下賜された、あの日。
あのときは景色を見ようとなどしていなかった。
ずっと気を張っていて、そうすることでしか私の矜持は保たれないのだ、と考えていたから。
改めて眺める景色の中で、進むたび、土の色も植生も変わっていっていた。空の色だけは同じ。けれどあらゆるものが大きく疎らになって、聳え立つようになっていく。
「……終わったな」
向かいに座るトリスタンが言う。
「まあ、一旦はね」
「しかし、君があまりに堂々としているから、あのまま王宮を乗っ取って国盗りまでするつもりなんじゃないかと思ってしまったよ」
彼がとんでもなく物騒なことを平然と言うので、私は苦笑した。
「そんな物騒な」
「それを言うなら王都を無血開城させた時点で物騒だろう」
……確かに。
「さすがにそこまで考えちゃいないわ」
「そうか、さすがにか」
「だって時期尚早だもの。この干ばつは続いて二年でしょうし、国盗りは長期戦。大軍を治めて保持する難しさも、まさに目の当たりにしたばかりです」
そう宣ってやると、トリスタンは目を丸くする。
「ですからちゃんと、後継ぎを作りませんとね」
さらにそう付け加えると、彼は吹き出してせき込んだ。
「がはっ、ごふっ! うぅん、そ、そう、だな」
「血縁の将も欲しいですし、男子四人を考えるなら今から八人産むとして二十五年……いや、三十年は見た方がいいでしょう。あらまぁわたくし、おばあちゃんになっちゃう」
「……八人か。それは、気の遠くなる話だなぁ」
「だって私、最初に言ったでしょう? 何人でも産んでやるって」
私の愛する夫は、心底楽しそうにほほ笑んだ。
「君は本当に、恐ろしい妻だよ」
「あなたはその夫でしょうに」
母なる石を向こうに見て、ささやかな収穫を終えた麦畑の間を通る。
──そろそろ、種蒔きの季節だ。
今年の農業をどうするかという塩梅に頭を悩ませながら、今となっては見慣れた風景の中を行く。
屋敷の前、天を貫くほどの門はすでに開いていた。前庭では先に馬車を降りたお義父様が部下たちに揉みくちゃにされていて、なんとあの巨体が、胴上げされて宙に浮いているのが見える。
鈍重な風を切る音と鎧が擦れる音。轟く勝鬨の声、そして、
「公爵様! ばんざーい!」
という声が、聞こえてきた。
私たちの馬車が停まると、今度は歓声と一緒に、トリスタン様! 奥様! と飛んでくる。
先にトリスタンが降りて、手を差し出してくれる。私はその手を取って、体に合わない深いステップを、とん、とん、とん、と降りる。
いつかと同じようだったけれど、ぜんぜん違う。
私は信じられないほどの大男と巨女たち、城の如く聳え立つ屋敷、そしてこのランキエールの大地に向かい、
「ただいま」
と言った。
終
【ご挨拶】
ここまでお読みくださりありがとうございました。続きの構想と伏線がないわけではないのですが、他連載も忙しく書ける保証がない(本作は年末年始をフル投入してギリギリでした)のと、きり良く短編分までということでいったん話を閉じさせてください。
【お知らせ】
本作の書籍化・コミカライズが決定いたしました。読者のみなさまのおかげです。
出版社、レーベル等は追ってお知らせいたします。発売日周辺ではwebの方でもSS投稿等をさせていただく予定です。
改めまして、本作をここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。
よければ感想、評価等いただけると嬉しいです。




