第47話 王子の謝罪②
一目には、ヴィヴィエンヌに謝る王太子アドリアンは確かに、深い反省をしているように見えた。
憔悴し、痩せこけて、過去の愚行を思い出して羅列するかのように必死に謝って。
王妃殿下や、あるいは国王陛下に相当絞られたのだろうと思われたし、そして自らが為そうとした事業が失敗した事実に向き合わされ、受け入れたくないことを受け入れたようではあった。
彼に与えるべき罰について、俺は論じる立場にいない。聞く限りは万死に値する罪を犯しているが、曲がりなりにも男としての矜持を捻じ曲げ、下げたくない頭を下げるということは、同じ男として否定できるものではない。
それだけに彼がこれ以上、ヴィヴィエンヌに何を語るのか、俺は胸がざわついて仕方がなかった。
だが、王太子の口をついて出た一言は、とんだお笑い種だった。
──君を、妃に召し上げてやってもいい!!!
この男の心からの反省というのは、この程度なのだと痛感した。
努力をし、譲歩をし、心の底から反省して、これなのだ。
気づけば俺は、ヴィヴィエンヌの前に飛び出て、王太子の頭を蹴り飛ばしていた。
「あがっ!」
「貴様が何一つ、反省などしていないことが、よーくわかったよ」
親衛隊が俺を押さえようと出てくる。
だが俺の部下が彼らを即座に捕まえ、門のはるか向こうにぶん投げる。
「あ、ああ! ああああああ! 痛い、痛い!」
痛みに気付き、転がって顔を押さえ、叫んでいる王太子の胸倉を掴む。
この小物の馬鹿みたいな顔を眺めるだけで腸が煮えくり返る。俺まで声が震えそうになる。
「我がっ、妻に!」
こいつは何もわかっていなかった。
過去にヴィヴィエンヌに向けて放ったであろう、数々の侮辱。道半ばで理不尽に奪った未来。
そして、幼きころから傷つけられてきた彼女の心について。
こいつは何一つ、頭に浮かんですらいなかったのだ。
「どれほどの無礼を働いているか、わかっているのか!?」
俺は王太子を怒鳴りつけた。掴んだ胸倉を思い切り振りかぶり、石畳にぶつけた。
「がっ! あがっ!」
叫び声のあと、また胸倉を持ち上げる。
王太子はまるで、俺が化け物かのように恐れ、鼻血を出しながら恐怖に顔を歪めていた。
「た、たすっ、け」
この一回で、足るはずもない。
俺はまた振り被った。
一度ではなく、何度も、何度も、左右に振って、この男を石畳に叩きつけた。
「がっ! あがっ! がっ! ばっ! あっ! たすけ、たすけ、て!」
「貴様に人に助けを乞う資格などっ! ないっ!」
「ひいいいいいいい!!!!!」
軽い。ひたすらに、軽い。
時折パキリと音が鳴る。途中からは血も散り始める。
そのうち叫び声は呻きに変わった。
あるいはこのまま、何も聞こえなくなるまで続けても構わないとすら思う。
だが、敢えて止めた。そこまでいっては彼女の本意ではないから。
ヴィヴィエンヌに目を遣った。彼女はうんと頷いた。
愚か者の首根っこを掴んで持ち上げる。
顔中血まみれだ。歯が折れ、鼻は潰れ、唇は切れ、呼吸すら苦しそう。体の骨だってかなりの部分が折れている。
その無残な顔面を、ヴィヴィエンヌに相対させる。
「もう一度、我が妻に謝れ」
「あがっ……がっ、ごべんなっ、さいっ」
それをまた、顔の正面から思いきり、屋敷の庭の石畳にぶつける。
「あ゛っ!!!!!」
「その上で、兵など貸さん。悔しかったら王国兵を使ってランキエールを従えてみろ」
「そこまでよ、トリスタン。手を離してあげて」
ヴィヴィエンヌが言ったので、俺は初めて、手を離して王太子を地面に捨て置いた。
彼女は王太子の前にしゃがんだ。そしてもはや自力では動くこともままならない彼の髪を引っ掴んで、持ち上げ、再びその血まみれの情けない顔を見つめる。
「ねえ殿下。私、あなたに誤解されて、とっても悲しかったの」
そして彼女はこの愚か者を嘲りながら、ぐっと、ともすれば接吻するくらい顔を近づけて、言った。
「でも今となっては、感謝しているくらいですのよ?」
***
半壊して王家の紋章部分すら割れてしまった馬車が、すごすごと帰路につく。
それをトリスタンと共に、門の内側からゆったりと眺める。
ランキエールの戦士たちは不思議に、勝鬨の声すら上げて大盛り上がりだ。
「ヴィヴィエンヌ。あれで、よかったのか?」
トリスタンは素朴に尋ねてきた。
「ええ。完璧よ。殿下も立場を理解したでしょう。次の要請はもっと“弁えた”ものになるわ」
「ううむ、いや、しかし」
「……気にしないで。殿下はもう罪人だし、王宮も今は力が足りないから、いくら殴ったってランキエールに不利益はないわ」
「あ、いや、それはわかっている。そうではない」
眉間に皺を寄せ、トリスタンは続けた。
「手緩かったかな、と」
あんまりにも平然と言うので、私は思わず吹き出した。
どうもトリスタンは、私よりも殿下に怒ってくれているらしい。
「十分よ。あれ以上は殺していたわ」
「そうかな。あの殿下は案外、体は丈夫そうに見えたが」
もう一度吹き出す。私はいつの間にか声を上げて笑っていた。私も大概血の気が多い方だが、私の夫はそれ以上らしい。
……いや、それだけじゃない。
彼はきっと、私が怒れないぶんまで、代わりに怒ってくれたのだ。
「……足りなかったのなら、次の機会に回しましょうか」
「次の機会? まあ、これからも交渉は続くだろうが」
「それだけじゃないわ。私にはまだ、やり返していない相手がいますから」
アドリアン殿下については、今日で一通りの溜飲が下がった。
──だが、私を負かした相手は、王太子ではない。
私にとっての怨敵は、被害者ぶって事態を裏から引っ掻き回し続けてくれたあの聖女だ。
聖女ミレイユはこの期に及んでまだ表舞台に姿を見せておらず、あまつさえすべての後処理を王太子に押し付けた。きっと今では殿下の手によって保護されて、何に抗うこともなく現実逃避をしながら、ぬくぬくと離宮にでも匿われているのだろう。
そんな女に、私は一度、完全に負かされている。
頭を振って考え直す。
そうじゃない。もし仮に、あの女にそもそもの意思の強さや、自主性などというものがあったのなら、私は負けていなかったとすら思う。
王太子の訪問から一月経って、王宮から直接の手紙が来た。
内容は王自らによる、王都への召喚命令である。
言い換えればそれは、王宮が最大限譲歩した形の、謁見への招待だった。
私はそれに、王太子アドリアンと聖女ミレイユも同席させろと返信した。




