第43話 干魃②
かつて捨て山と呼ばれた廃鉱山の中、隣にトリスタンを伴い、私は台の上から檄を飛ばす。
「一人で持つなと言ったでしょう! 二人で危うい一往復ではなく二人で素早く二往復!」
「「「「「ウィ! 奥様!」」」」」
大男たちはそのままでは使えぬとされたクズ鉄を次々と担いで運び、鉱山の外に併設された溶鉱炉に流し込んでいく。
私は鉄鋼を、干ばつの間のランキエールの主要産業に据えた。
ランキエールの捨て山の有用性に気づいたのは、ここに来てすぐのことだったけれど、本格的に鉄鋼業を始めることは遅らせていた。
それが、見事に大当たりだ。
大陸を襲った干ばつはもちろんランキエールにも波及し、去年ほどの農作物の収量は見込めなくなった。また、農業は大量に水を消費するので、川の水位にも影響するし、去年に備蓄を増やせていたのなら、しばらくは力を入れなくとも問題ない。
鉄鋼業は農業に比べ、圧倒的に水を使わない。鉄鋼における水の主な使用用途は冷却水だが、これは繰り返し使うことができる。
そしてもう一つ思い出してほしい。
私が来るまでランキエールの治水は、ヒュドラによってずっと妨害され続けて、ロクに水資源を使うことはできず、水車などまずもって使用が不可能だった。
こういう土地では、水車の動力を使わない、独自の仕掛けが発達する。ランキエールの炉の基本構造は、あくまで梃子の原理と人力だけを使った、ある意味で非効率なものだった。
しかしそれは、王都式の炉に比べて劣っていることを、必ずしも意味しない。
ランキエール式の炉は、川の流れと無関係に使用できるのだ。これはそのまま、干ばつによる川の水位の低下の影響を受けないということになる。
翻って、もっと話を広げよう。
ヒュドラによって妨害されていた発展とは、そもそもそれだけのヒュドラが巣食うだけの水資源の豊富さを意味する。
そして、それだけの河川の数にもかかわらず、ヒュドラのせいでランキエールは水資源に依存しない独自の発展を遂げた。
ここから「ヒュドラ」という要素を抜いたらどうなるだろうか?
残るは豊富な水資源と、水資源に依存しない独自文明だけだ。
これこそが私がランキエールに可能性を見出した、最大の理由の一つ。
──ヒュドラなきランキエールは、干ばつに対して最強の耐性がある。
高温の炉で次々クズ鉄が溶かされ、鉄に銅に金、希少な魔鉄鋼までじゃんじゃん出てくる。ランキエールの歴史ぶん積み重なったこの捨て山は、あと十年作業を続けたって採り尽くせないだろう。
交易もすでに始まっている。
ランキエールは先述の鉄鋼に、去年備蓄した食料、飲料水そのもの(真水ではなく薄めた酒になる)、今年からじわじわと生産を始めた雑穀の先物取引で、暴騰する交易市場へ参入を果たした。
船と、河川の上流部を保持している以上、ランキエール以北の領地との関係も良好だ。これから水位が下がることも見越してお義父様と先方の当主は見事に同盟を結んで、河港からドルナクが保持する王都の港湾までのルートもばっちり確保した。
干ばつの折、少なく質の高い労働力人口で、あらゆる現物を保持して、王都の港湾及び内陸の水運を抑えている状態はあまりにも優位。
「おーほっほっほっほ!」
「絶好調だな、ヴィヴィエンヌ」
「知ってるトリスタン? 東国ではこれを“左団扇”と言うそうよ!」
正直、笑いが止まらない。
油断するつもりは毛頭ないし、第一に領民の暮らしを置くことは確かだけれど、その領民の暮らしということでも、王都とは完全に明暗が分かれた。
現在王都は、不足する水と暴騰する穀物で崩壊寸前、ないしはもう崩壊して各所で暴動が起きている。
完全に、あの人口と兵力が仇になった。そもそも都市は干ばつに対して絶望的に耐性がないものだ。
加えて、今の今まで王太子派が行ってきた施策は最悪。
一昨年にあった、クロレンヌ王国による雑穀の関税の増加に始まり、聖女が原因で王都周辺の小麦は高騰の憂き目に遭っていた。去年については全国的に豊作だったからまだ誤魔化されていたものの、それで調子に乗ったアドリアン殿下の杜撰な増産計画によって今年の小麦はほぼ壊滅。大人しく自分の分際の小麦だけ枯らすだけならまだ良かったが、悪いことに彼らは“リスヴァロンの畑”と呼ばれる耕作地帯をすべて駄目にした挙句、河川の水をすべて汲み上げて、王都周辺の水運すらすべて麻痺させた。
もう王都と、周辺地域では王太子派の株は大暴落だ。
聖女ミレイユの権能も、農業において何の力もないことが露呈した(それは前からわかる人間にはわかるものだったけれど)。そして、平時ならせいぜい「聖女様の光って、あんまり効果なかったな」程度の非難で済むものも、干ばつによる飢餓の中、貧して鈍した民衆にはそうは映らなかったらしい。
──今回の干ばつは、太陽の聖女の権能の代償である。
そういう話が広まるまで、いくばくもかからなかったのだ。
王都はもちろん、アンジュー領にシグリッド領、そして王太子直轄の領であるレーンヴァルド領でも暴動が起き始めている。それに伴ってレーンヴァルド兵も中央軍も出ずっぱりで、ただでさえ少ない備蓄を食い潰し、兵站も足るわけがない。
「奥様! 王宮よりお手紙です!」
「……また?」
執事のエルドがやってくる。
彼は台に上らず、落石対策の鉄の傘を差しながら、そのまま私と同じ目線で手紙を渡してくる。
閉じ口には王宮の紋章。
一応内容を確かめるが、王妃殿下からの、いつもの支援要請だ。
手紙が来るたび内容は増え、より仔細に王都の窮状を訴えるものになっている。
この干ばつで、国王両陛下の立場すら危うくなっているらしい。こういう緊急時には国境で諍いも増えるから、無論そちらにも中央軍を送らねばならず、兵力を減らせないのに使わねばならないから、これから備蓄も減る一方だそうだ。
しかし、流石は王妃殿下といったところで、王太子派に牛耳られていない領地には干ばつ対策の勧告は去年の段階で出されていたし、状況は厳しいものの、ギリギリの紙一重で王国は耐えているところではある。すでに諸侯にも支援要請が送られ、王国一丸となってこの危機を乗り越えていく構えだ。
私は手紙を雑に四つ折りにして、エルドに返した。
「まあ、いつも通り、『王太子殿下のご意思を伺いとうございます』と返しておきなさい」
「はっ!」
支援に応じる義理も、従うべき脅威もさしてない。今の王権に国内の辺境へあの強大な兵を差し向ける力は残っていない。
この期に及んで未だに和解していない王太子派と国王派の諍いに巻き込まれたくもないし。
……まあ、国がなくなるところまでいっては、困るんだけど。
「……そろそろ頃合いかしらね」
私はトリスタンに聞こえるように呟いた。
「ついに、やるのか」
「ええ。教会の醜聞を、白日の下に晒してやりましょう」
そろそろ王太子派に、とどめを刺すころだ。




