第37話 王子の冬
俺とミレイユの安全を確保するため、婚姻式の襲撃事件の後には一週間ほどの調査期間が設けられた。そのあとは万全の警戒態勢の中、各国の大使を招いての舞踏会と民衆への祝宴、そしてパレードがあり、また二十万の中央軍、七万のレーンヴァルド兵が快く出張ってくれ、リスヴァロン王国史上でも稀に見る豪華さで、俺たちの結婚式は終わった。
俺たちは王太子夫妻として幸せの絶頂にあるはずだった。
だが、俺もミレイユも、表面的に弾けるような笑顔と、権力者としての誇らしげな顔だけは見せていたものの、どうしても心の奥底では靄が晴れない。式に水を差したあの女の姿が、いつまでも頭に過り続ける。
そしてミレイユは、失くしたという首飾りのことで、日々憔悴しきってしまっていた。最初は何か、大事なものであっても致命的ではないだろうと思っていたが、そのうちに彼女の狼狽ぶりはもう見ていられないほどになって、彼女はうわ言のように、
──もし、あの首飾りが反王太子派に渡ってしまったら。
──もしかすると、ドルナクのあの女に渡ってしまっていたら。
と繰り返していた。
婚礼の儀の全日程が終わって、ようやくすべてが決着した安心感が訪れたと思ったら、残ったのは徒労と、何か、何かを猛烈に失敗したという焦りと直感のみだった。
◇◇◇
「ミレイユ! 母上から連絡があった!」
王太子妃の専用居室をノックする。
扉が開くと、中から憔悴しきった顔のミレイユが出てきた。
「……どうしたの、アドリアン」
「十字架の首飾りが見つかったそうだ! 王宮の前庭に落ちていたと!」
「……え?」
ミレイユはぽかんと硬直する。
それから少し考えるようにして、まるで油断はしないと自身に言い聞かせるように、
「見つかったのは、いつ?」
と尋ねてくる。
「知らせがあったのは昨日だが、拾った庭師は、式の直後に見つけたと」
そう言ってようやく、彼女は安心して、膝から崩れ落ちた。
「よかった……」
俺はミレイユを抱き締めた。
彼女は涙すら流していた。ここ数日の不安が思い出されているようで、そして彼女はぽつりと言う。
「でもね、ごめんね、アドリアン」
「……どうした、謝ることなんてないよ」
「私、失敗しちゃった」
それは、ランキエールの後継ぎトリスタンを落とせなかったことについてだ。
本来ならミレイユの力によって、ドルナクとランキエールが王都を去るまでに、俺たちの状況は改善される見込みだった。あの女とトリスタンの間を割き、トリスタンの方を王太子派に組み込みさえすれば、襲撃事件の惨状も回復し、あるいはまた、あの女を罰してやれるかもしれぬと。
「……いい。元をたどれば、俺のミスだ」
俺は素直に認める。
そもそもあの女を辺境に嫁がせて、それで終わりとみなしてしまったのは俺のミスだった。あの女が蛮族どもの中に入ってもなお、這いつくばって泥をすすり、虎視眈々と意趣返しを狙ってくることを考えていなかったのだ。
もともと性根が卑しい女であるだけに、そういうことが起こるのだと、考えねばならなかった。
やはりあの女は、家格を落とし、身を穢されてもなお、俺の、俺たちの敵なのだ。
「その……君の力は、地方にまでは、手が出せないんだな?」
ミレイユに問う。
「う、うん。王都の中なら、なんとか」
「わかった。なら、二人でだ。二人で頑張っていこう」
よりいっそう、彼女を強く抱きしめる。
ミレイユは俺のために頑張ってくれた。権力は確かだ。聖女の力も、教会の力も、未だ健在。なんら不利なことはない。
「これから忙しくなるぞ」
あとは次期国王として不足のない、手柄を立てるだけだ。




