表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/50

第34話 王都の夜⑤

 ──これにて、任務完了。


 第五聖堂を離れ、連続した緊張からも解き放たれて、俺たちは安堵の中にあった。

 冬も間近な肌寒い山道の中、俺たちは二人で野宿の場所を探しつつ、月を背にゆっくりと歩いている。


「外壁を越えるのは、さすがに考えてなかったなぁ」

「ですわねぇ」


 ヴィヴィエンヌはのほほんと答える。


 そう、第十七小聖堂の隠し通路から、第五聖堂へ出るにあたって、俺たちは王都の外に来てしまっていた。

 外壁の門は閉じているし、結婚式の襲撃を経て、王都は厳戒態勢にある。これでは今晩中に王都の宿屋に戻ることは難しいし、任務を達成した今、わざわざ危険を冒して外壁を越える意味は薄い。


 結局、夜明けを迎えるまでは、野宿をして、うたた寝でもして過ごすしかなかろうということになった。



◆◆◆



 野宿の場所には、小高い丘の木陰を選んだ。


 木の幹を背もたれにしてどかっと座る。火を起こして煙を立ち昇らせるわけにもいかないので、寒い中でじっくりと待つしかない。暇だろうが、こういうときは一人でないことがありがたかった。話していれば時間も過ぎるだろう。


 などと考えていたのだが、ヴィヴィエンヌはどうにも困惑した様子だった。


「私、その、野宿の、作法というものが」

「作法?」


 そういえば、彼女はまだ野営の経験がなかったか。


 俺は外套の裾を広げて、言う。


「ほら、寒いだろう」

「……え?」

「もしかして、照れているのか?」

「て、照れてなど! もうちょっと温かい毛布などあれば良かったわね、と思っただけですわ!」

「減らず口を」


 ヴィヴィエンヌはあくまでしぶしぶと言ったふうに、外套の内側に、それでもちょっと体半分ほどの距離を残してちょこんと座る。

 仕方がないので、ぐっと抱き寄せて、外套の裾を巻き付けてもらう。


「わ、わあ! あなた、いったい何を」

「体温を奪われないようにするんだ。風邪をひくから」

「そういうもの、ですか」

「……嫌か?」

「そ、それは、まったく、そういうことは」


 外套の中に熱源が二つあると、肌寒さもずいぶんマシになった。

 ここからは王都と星がよく見える。これなら夜明けまで退屈はしないだろう。


 しかし、何やら耐えかねたのか、ヴィヴィエンヌはあわあわしながら口を開いた。


「こ、今宵は、たいへん実りある潜入でしたわね!」

「……だな」

「実は私、けっこうドキドキしていましたのよ? 今まで本当に、やっても安全策ばかりでしたから、あんな行き当たりばったりなのはその、初めてです」

「俺も肝を冷やした瞬間ばかりだった。君が無茶ばかり言うから」

「今日はあなたの方が無茶苦茶だったでしょうに」

「まあ、それはお互い様ということで」


 そう言ってくすくすと笑い合う。

 話しているうちに次第に彼女も慣れて、一緒に景色を眺めながら、すっかり緊張も弛緩する。その中で彼女は小さく、


「あなたと、ランキエールのみんなに、感謝をしませんとね」


と呟いた。


「王都に来てからずっと、振り回してばかりでした」

「……ランキエールにも益あることだ。気にするな」

「だと、いいのですけれど」


 自分で言って気まずくなったのか、ヴィヴィエンヌは声のトーンを少し上げてまたつらつらと話し始める。


「いやぁ! あなたにも、慣れないことをさせました。でも完璧でしたわよ? あのシトという女、途中まで色仕掛けが完全に成功しているものと思っていました」

「うまくできていたのなら、いいが」

「さすが我が夫。ちゃんと身を整えたらもう、王都の中でも指折りの色男っぷりで!」


 他方、緊張する潜入を終え、二人で身を寄せ合って話す中で、俺の方も気が緩んでいた。


「一つだけ、いいか? 咎めたいわけではないんだが」

「は、はい」

「作戦であるから承知はしていたものの、妻の前で誘惑されることは、なんというかこう……内心はすごく、複雑だったぞ」

「……あ」


 だから、何の気なしに話す彼女に対して抱えていた、ちょっとした靄が、止まることなく自然に出てしまった。


「君はあれを見て、どうにも思ってくれなかったのか?」

「そ、それは違って! 切り替えの、問題、といい、ますか。プライヴェートなときと背筋を立てているときで、感じ方が違うと言いますか。今思い返してみれば、ちょっとはその、もやっとしている、ような」

「ちょっと、なのか?」

「いえ、かなり、もやっと、した、かも……」


 彼女はそう呟くと、外套に顔を埋めてしまった。

 俺も意地の悪いことを言ってしまって反省する。


 しばらくの沈黙の後、ヴィヴィエンヌはまた小さく呟いた。


「──あなたは本当によく、やってくれています。こんな可愛げのない女の、夫だなんて役割を押し付けられたのに」


 その言い様が、彼女にしては変だった。

 妙に自信がなさそうというか、彼女の弱みというものが、不意に露わになったようですらある。


 思い当たることがあった。

 それは、いつぞやの星空の下、彼女が俺という人間を、看破して見せたときのこと。


「なあ、ヴィヴィエンヌ」

「……はい」

「前に君と、星を見に行ったときのことだ、劣等感だとか、コンプレックスについての、話を、したが」

「そんなことも、ありましたわね」

「あれは君の……実体験でもあるのか?」


 問うと、ヴィヴィエンヌはぱっと顔を上げた。

 それからしばらく逡巡したあと、諦めたように、縮こまって、自嘲するように言った。


「私ってその、愛嬌がないといいますか……ほら、あまり、可愛くないんでしょう? 美人でもありませんし」

「……は?」


 冗談とか、裏の意味があると思ったのだが、そうではない。

 彼女は純粋に、本気でそう信じて、傷ついているようだった。


「誰がそんなことを言った」

「……その、誉められたこともないですし、周りにいた殿方にと言いますか、悪人顔の醜女などとは、よく。自分ではそう思わないように、努めてはいるのですが」


 かつて彼女の周りにいた人間で、そんなことを口走りそうな者は、一人しかいない。

 あの王太子に決まっている。あいつはきっと、昔からヴィヴィエンヌに、ことあるごとにそう言い続けていたのだ。


「容姿もそうですけれど、私って本当に可愛げとは無縁で。王子の婚約者ですから丁重に扱われてはいたのです。でもいまいち構ってもらえなかったというか。それで踏ん張らねばならなかったことは、大いにあります」 


 彼女はどこか懐かしむような目をしてから、


「だからずっと、愛嬌があって可愛らしくて、周りに助けてもらえる娘が、羨ましかった」


と言い、恥ずかしそうに微笑んだ。


「……俺は君に謝らねばならないな」

「謝る、ですか?」

「君に対して容姿を褒めるということが、浅薄なものだと勝手に思ってしまっていた。君はそういうことを言われ尽くしていて、きっと今更だろうと」


 俺は景色を横目に話すのをやめた。

 言葉を零すように言っては、自分のことをしっかりと語ってくれた彼女に、それは失礼だと思った。


「改めて言うと、君はすごく美人だぞ」


 正面から、そう言う。

 ヴィヴィエンヌはきょとんとした顔をする。


「でも私、きっと、意地の悪い、悪人顔で」

「まあ吊り目ではあるのか? キリっとしている類の美人だと思うが」

「その、そう言ってくれるのは、嬉しいのですが」


 言っても純然たる誉め言葉とは受け取ってもらえず、彼女は俺の真意を測るようですらあった。


 俺はそれで、彼女がずっと戦ってきたことに、すぐに決着はつけられないのだと知った。

 容姿に関することが王太子の妄言であったとしても、ある意味で可愛げがないというのは、彼女の長所の裏返しでもある。劣等感と、それを克服した自信は複雑に絡み合って、そのすべてが彼女という存在を形成している。


 そういう長い積み重ねは、簡単に否定できるものではない。


 なら、俺が素直に語るべきことは一つだろうと思った。


 自然に、ランキエールに彼女が来たときから、今日に至るまでの彼女のことが思い出された。

 いつだってすっと通った背筋に、権謀術数なんのそのと言わんばかりの大立ち回り。何にも物怖じせず、一人でだって危険に切り込み、大男たちを手玉に取る胆力。

 けれど、やたら頑張るくせに抜けはあって、おまけに運動音痴で、他人のことはわかるくせに、自分についてはへっぽこで、こうして自分の可愛げのなさなんてものを嘆いていたりもする。



「率直に言うと、俺はとっくに、君に惚れているよ」



 すべてをひっくるめて、俺は、ヴィヴィエンヌという人のことが好きだった。


 彼女は初め、自分が何を言われたのか理解しかねるようだった。

 けれどだんだん意味を咀嚼して、またあわあわと慌て始めた。


「トリスタン、今、なんと」

「君に惚れたと言ったんだ。そもそも前に愛しているとは言ったと思うが」

「あれは、そういう儀礼だと、てっきり」

「いやずっと本気だった。単に儀礼に乗せていただけだ」

「で、でも、これはあくまで、そういう流れの、一種の政略結婚というか」

「始まりはそうかもしれないが、本当に惚れた。好きになった。愛している。夫婦を続けられるなら心底嬉しい」


 目を逸らさぬよう、真正面から言う。

 きっと顔が熱くなっている。心臓が跳ねている。よくもまあ自分でもこんなに一気に言ったと思う。


 そして心臓が跳ねているのはヴィヴィエンヌも同じだとわかった。


「わ、私どうも、こういうのが、実は、その、難しい、みたいで」


 彼女はついに、外套を頭から被って、縮こまってしまった。


「お、お答えするのは、また、今度で、よろしい、ですか……?」

「……ああ」


 代わりに彼女は、外套を被ったまま、こちらに体重を預けなおしてくれた。

 ちゃんと気持ちは受け取ってもらえたようだ。今は答えまでは求めるまいと思う。


 互いの胸の高鳴りが収まってきたころに、彼女は小さく呟いた。


 ──ありがとう、トリスタン。


 それ以上は話すことなく、朝が来るまでずっと、身を寄せ合っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
めっちゃめちゃ( 」゜Д゜)」楽しかった♡ 2人の某スパイ映画さながらのアクションシーンに (≧▽≦)*.✧ドキドキ♪ワクワク♡ 2人が見つけた《蝋化した?初代聖女の遺骸?》と紋章の秘密が気になります…
もう両想いなのでは?? トリスタンいいぞもっとやれ!!!!領地ではちっさい男かもしれないが君は器の大きいイイ男だぞ!!!!
素敵。最高。 もう〜……ほんっとうに最高ーー!! ヴィヴィエンヌさん。貴女の努力を見てくれる人は、貴女の家族以外にも…貴女を愛おしく思ってくれて、貴女も素晴らしいと思える人も…ちゃんと貴女を評価してく…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ