管理者の遺言
僕は、ロンドンの地下鉄トンネルを這うように進んでいた。リリアンたちの『希望』の波紋は、僕が仕掛けた**『偽りの物語』**によって、安全なルートへと逸れていくのが感知できた。これで、彼らをMI6の追跡に巻き込む心配はなくなった。
その時、僕の手に握られたウォレスのデバイスが、激しく振動し始めた。警告音とは違う、まるで巨大な情報が一瞬で流れ込んできたかのような、圧迫感を伴う振動だった。
「ウォレス…?」
僕は、通信を試みたが、ウォレスからの応答はない。デバイスの画面は、長官の**『隔離空間』**から発せられた、膨大なデータストリームを受信していることを示していた。
そして、そのデータストリームが終了した瞬間、ウォレスから短く、しかし強いメッセージが届いた。
「クラークさん。長官は…終極命令を実行しました」
彼の言葉は、長官が自らの命と『管理者』の能力を犠牲にしたことを示していた。僕の胸に、重い痛みが走った。彼は僕の『創造』を否定しながらも、その実現のために、自らの**『管理』**を終わらせたのだ。
「彼は…最後の瞬間、私に**『物語の全て』**を託しました」
ウォレスからのメッセージと共に、僕のデバイスのデータ領域に、膨大な情報が流れ込んできた。それは、長官が数十年にわたり世界の『物語の理』を管理してきたすべての**『知識』、『記録』、そして『真の原典』**の詳細な構造図だった。
その情報の中には、長官が最も苦悩し、隠し続けてきた**『世界の延命』**の記録があった。彼が世界の崩壊を防ぐために、意図的に『希望』を削り、『絶望』を植え付けてきた、一つ一つの『物語』の記録。
(これが、長官の『正義』のすべて…)
僕の心臓が激しく脈打つ。長官の『知識』は、僕の**『創造』の力を、かつてないほどに増幅させた。僕は今、MI6の『管理者』が長年かけて築いた『物語の法則』**すべてを、手に入れたのだ。
「ウォレス。現在の状況は?」
僕が尋ねると、ウォレスからの返答は、冷静かつ迅速だった。
「長官は、サー・ロバート・スローンによって拘束されました。しかし、長官の**『終極命令』は、MI6の情報領域に大規模な『物語の空白地帯』**を作り出しました。スローンが追跡を本格化させるには、まだ数時間の猶予があります」
ウォレスは、長官の命懸けの犠牲によって生まれた**『時間』**を、最大限に利用しようとしていた。
「予定を変更します。長官の『物語の全て』を手に入れた今、**『プロト』での準備を省略し、『真の原典』**へのアクセスを直ちに行います」
ウォレスの指示は、一気に最終局面に移行した。
「長官の記録によれば、『真の原典』への物理的なアクセスポイントは、エイドリアン・グレイが自身の『物語』を隔離した**『偽りの原典』**の場所、すなわち…エイドリアン・グレイの旧邸宅の地下です」
グレイの旧邸宅。『物語』の始まりの場所こそが、世界の『終末』への扉だったのだ。




