管理者の告白
長官は、僕の胸に手を置いたまま、静かに語り続けた。彼の能力**『物語の管理者』**によって映し出された壁の映像は、この世界の無数の『物語』を映していた。
「この世界の『物語』は、とても脆い。少しの『歪み』で、すべてが崩れ去ってしまう…」
長官は、そう言って、悲しげに瞳を閉じた。彼の声には、深い孤独と、重い責任が滲んでいた。
「私が、この能力に目覚めたのは、若きMI6のエージェントだった頃だ。あの第一次世界大戦の最中…人類の『絶望』が、この世界の『物語の理』を、根底から揺るがした」
長官は、自身の過去の『物語』を語り始めた。
「私は、戦場の最前線で、無数の『物語』が、無意味に断ち切られていくのを見た。あの時の『絶望』は、あまりに巨大で、世界の『理』が崩壊寸前だった。その時、私の能力が目覚めたのだ。私は、無数の『物語』の結末を、瞬時に読み取り、その『理』を維持するために、最も小さな犠牲で済む『物語』の結末を、強制的に選んだ…」
彼の告白は衝撃的だった。彼の『正義』は、世界の崩壊を防ぐために、自らの手で、人々の『物語』を操作することから始まったのだ。
「その『能力』は、私に、想像を絶する重圧を与えた。誰の『物語』を犠牲にし、誰の『物語』を救うか…その決断を、私一人で下さなければならなかった。この世界の『物語の理』を維持するためには、『希望』と『絶望』のバランスが不可欠だ。過剰な『希望』は、現実を歪め、過剰な『絶望』は、すべてを破壊する」
彼は、自身の孤独な役割を、僕に理解させようとしていた。
「そして、その『絶望』の連鎖を断ち切ろうとしたのが、エイドリアン・グレイだ…」
長官は、MI6の創設者、エイドリアン・グレイに視線を向けた。
「彼は、私の師であり、同じ**『物語の管理者』だった。彼は、自身の能力で、戦争という『絶望』の物語を、すべて『希望』の物語へと書き換えようとした。それが、『プロジェクト・アザゼル』**の真の始まりだ」
長官の言葉は、この事件の核心に迫っていた。
「エイドリアンは、『物語の支配者』として、希望に満ちた世界を創ろうとした…だが、彼は気づいたのだ。『希望』だけで構成された世界は、現実を歪ませ、結局は、より大きな破滅を招くことを。彼の『物語』は、この世界の『理』を、完全に壊す『歪み』となった」
長官の表情に、深い苦悩が浮かんだ。
「だから、彼は自ら、自身の『物語』を消し去ることを望んだ。しかし、彼の力はあまりにも強大で、完全に消えることはなかった。MI6の『正義』は、彼の**『歪んだ希望』**が、再び世界を破滅させないよう、彼の意識を『原典』に隔離し、管理下に置くことになったのだ」
長官は、僕をまっすぐに見つめた。
「そして、君だ、ジョナサン・クラーク。君の『物語を紡ぐ力』は、エイドリアンの『希望』の力よりも、さらに予測不能な『歪み』だ。だからこそ、私は君の力を、私の『管理された物語』に組み込む必要がある」
長官の瞳には、この世界の『物語』を守るという、強い『正義』が宿っていた。彼は、僕の『正義』を否定するのではなく、それを「世界の管理者」という彼の責任のために利用しようとしていたのだ。




