安息と予兆
ロンドンの喧騒から遠く離れた、古い倉庫。汽笛の音が、まるでこの世界の『物語』が、新たな航海に出たことを告げているかのようだった。
私は、リリアンに支えられながら、倉庫の片隅に座り込んだ。彼女の体は、先ほどまで光を放っていた反動で、まるでガラスのように脆く、今にも消えてしまいそうだった。
「リリアン、無理をしないで…」
「大丈夫よ…ジョナサン。今は、少し休むだけ…」
彼女は、そう言って、僕に微笑みかけた。その微笑みは、彼女の命が、少しずつ削られていることを物語っていた。
少年は、まだ動揺しているようだった。彼は、自分の『正義』が、誰かに利用されていたかもしれないという事実に、激しく打ちひしがれていた。
「僕は…僕の『正義』は、何だったんだ…」
「あなたの『正義』は、誰かの『絶望』に染まっていただけよ…」
リリアンは、そう言って、少年の手を優しく握った。
「あなたの『正義』は、ここにあるわ。誰も犠牲にしない『希望』という名の『物語』に…」
リリアンの言葉は、少年の心を静めていった。彼は、まだ幼い。MI6とヘリオンが作り出した、悲劇的な『物語』の被害者なのだ。
私たちは、しばらくの間、静かに休息を取った。その間、僕は、リリアンから託された日記と、少年が持っていた砂時計を眺めていた。
(この二つが、『プロジェクト・アザゼル』の鍵を握っている…)
その時、リリアンが、痛みに耐えるように胸を押さえた。
「ジョナサン…もう、時間がないみたい…」
彼女の体は、先ほどよりも、さらに透明になっていた。
「このままでは…私の『物語』が、完全に消えてしまう…」
私は、彼女を抱きかかえた。
「リリアン、話してくれ。**『プロジェクト・アザゼル』**について、すべてを…」
リリアンは、僕の問いに、ゆっくりと頷いた。彼女は、残された最後の力を振り絞り、自身の『物語』を語り始めた。
「『プロジェクト・アザゼル』は、MI6とヘリオンが、この世界の『物語』を、彼らの都合の良いように改変するために作った、極秘の実験…」
彼女は、この実験によって、自分たちが『物語の改変者』として作り出されたことを語った。
「私たち被験者は、皆、特殊な能力を持っていた…私の力は、『物語』を希望に満ちた結末に書き換えること。そして、プロメテウスの力は、『物語』を絶望的な結末に書き換えること…そして…」
彼女は、震える声で続けた。
「そして…もう一人…私たちの能力を、完全に支配する能力者がいた…『物語の支配者』…」
彼女の言葉に、私は息をのんだ。リリアン、リリス、そして少年。彼らの能力を支配する、さらに強力な能力者が存在したのだ。
「その『支配者』は、私たちの能力を使い、この世界の『物語』を、彼らの望むように書き換えていた…私たちは、彼らの『物語』の、ただの道具だった…」
リリアンは、そう言って、瞳を閉じた。彼女の体は、ほとんど透明になり、今にも消えそうだった。
「その『支配者』は、今、どこに?」
私が尋ねると、彼女は、かすれた声で答えた。
「彼は…MI6の**『正義』**の奥に、隠されている…」
彼女の言葉が、この事件の真実を物語っていた。MI6は、この『支配者』を隠蔽するために、私たちを追い続けていたのだ。
リリアンは、僕の問いに、すべてを話そうとしていた。それは、彼女の『物語』の最後の輝きだった。




