停止した物語
時間が止まったアーカイブ室で、私は一人、静止していた。長官は銃を構えたまま固まり、リリスは怒りに満ちた表情のまま宙に浮いている。少年の握る砂時計の砂は、わずかに下に落ちたところで停止し、彼の瞳は、僕をまっすぐに見つめている。
「なぜ、君は、僕を…」
少年の声だけが、静寂に包まれた部屋に響く。彼は、僕を標的にしたようだ。
「お前は、この世界の『物語』を歪ませる、異物だ」
少年は、そう言って、僕に歩み寄ってきた。
(彼もまた、僕が元いた世界の人間なのか?いや、違う…彼が持っている力は、この世界の『理』に深く根ざしている。彼は…この世界の『物語』の申し子だ)
僕は、思考を巡らせる。彼の能力は、時間を止めること。だが、なぜ僕だけが動けるのか?
(彼が時間を止めたのは、このアーカイブ室だけだ。だが、僕は、彼の能力の影響を受けていない。それは、僕の『存在』が、この世界の『理』から外れているからか?それとも…)
その時、僕の頭の中に、リリアンの言葉が蘇った。
「あなたは、この世界の『物語』に干渉する、
『物語の紡ぎ手』…」
僕の『存在』そのものが、この世界の『理』を歪ませている。だから、僕は、彼の能力の影響を受けない。
「グルルルル…」
リリスが操っていたゾンビたちが、遠くで唸り声を上げているのが聞こえた。彼らは、まだ動いている。
(彼の能力は、すべての『物語』を停止させるわけじゃない。彼の『意思』が及ぶ範囲だけだ…)
僕は、この状況を打開するための、唯一の手段を思いついた。
「君の能力は、時間を止めること。だが、僕は、君の能力の影響を受けない」
僕がそう言うと、少年の表情に、わずかな驚きが浮かんだ。
「なぜだ…?なぜ、お前は、私の『時間』から外れている…?」
「僕は、君の『時間』の外側にいるからだ。そして、君が止めようとしている『物語』の、本当の『結末』を知っているからだ!」
僕は、そう言って、彼の握る砂時計を指差した。
「君は、この世界の『物語』を、絶望的な結末へと終わらせようとしている。だが、僕の『物語』は、そうじゃない。僕は、この世界の『物語』を、希望に満ちた結末へと、この手で書き換える!」
僕の言葉に、少年は動揺した。その隙に、僕は、アーカイブ室の奥にある、非常用の消火設備に手を伸ばした。
そして、そのスイッチを押した。
ガシャン!
天井から、大量の水が降り注いだ。水は、少年が持っていた砂時計を直撃し、彼の能力を不意に中断させた。




