希望の代償
長官の冷徹な言葉が、教会に響き渡った。
「君は、MI6の都合の良い『物語』には従わない」
リリアンは、そう言って、静かに私に背を向けた。彼女の瞳には、強い決意が宿っている。
「ジョナサン。あなたの『正義』は、素晴らしい。でも、この世界の『理』の前では、無力なのよ」
リリアンは、長官に視線を戻した。
「長官。あなたを傷つけるつもりはありません。ですが、私は、あなたたちの『正義』には捕まらない」
彼女がそう言うと、彼女の周囲の空間が、わずかに歪み始めた。教会の壁にかけられた古い絵画が、まるで生きているかのように、色鮮やかに変化していく。
「やめろ、リリアン!その力を使えば、君の存在は…!」
長官は、彼女の行動を止めようと叫んだ。だが、時すでに遅し。
リリアンは、両手を広げた。すると、教会のステンドグラスから差し込む月の光が、彼女のもとに集まり、彼女の全身を包み込んだ。彼女の髪は、月光のように輝き、瞳は、まるで満月のように、神秘的な光を放っていた。
「私の『正義』は、誰にも邪魔させない…!」
リリアンがそう呟くと、彼女の体から、眩い光が放たれた。その光は、まるで生き物のように形を変え、長官と特殊部隊の隊員たちを包み込んだ。
光が消えた後、そこに立っていたのは、私とリリアンだけだった。
長官や隊員たちの姿は、どこにもない。彼らは、まるでこの世から消え去ったかのように、痕跡も残っていなかった。
「彼らは…どこへ?」
私が尋ねると、リリアンは、悲しげな表情で答えた。
「彼らを、MI6の歴史から、一時的に消したわ。彼らが、私の『物語』を邪魔することのないように。彼らは、明日になれば、すべてを忘れて、MI6に戻ってくるわ」
私は、彼女の能力の恐ろしさを、改めて思い知った。彼女は、人の記憶を消し去り、その存在そのものを、一時的に消すことができるのだ。
「そんなことをして、君は…」
「この能力を使うと、私の『物語』の寿命が、少しずつ削られていくの。私の『存在』が、この世界から、少しずつ消えていく…」
リリアンは、そう言って、痛みに耐えるように、胸を押さえた。
「これは、私の『正義』の代償。私が行う『物語の改変』は、そのたびに、私の『存在』を、この世界の『理』から削り取っていく。いつか、私は、この世界の『理』から完全に消滅する…」
彼女は、自分自身の『正義』のために、命を削っているのだ。彼女は、誰かを救うために、自らを犠牲にする道を選んだ。
私は、彼女の孤独な戦いを、そして、その先に待つ悲劇的な結末を、理解した。
「なぜ、そこまで…」
私が問いかけると、彼女は、涙を流しながら、私を見つめた。
「だって…この世界には、私にしか救えない『物語』があるから…」




