第9話 花を散らす。
「・・・はああ。サクラチル、かあ。なんだか寂しい言葉ですよね、殿下?」
また…うちのナメクジが窓の外を眺めながら、物思いにふけってるな?仕事しろよ!
「夕方も少しずつ、明るくなってきましたよね…。もうすぐ春かあ…。」
いや、お前といまさら時候の挨拶する気はないけどな。
「サクラチル?花が散る、ってことだろう?よく、ほら、女の子が処女を散らされるときにも使うよね?」
「・・・え?なんてことを言うんですか!!」
「なんてことって…お前聞いていなかったの?知っているのかと思ったよ?」
「何がですか?」
何怒ってんの?
「ほら、お前の友人のエル?30も年上のそういう趣味の脂ぎった子爵に嫁がされるんだよ?試験落ちたから。」
「・・・え?」
「あら?知らなかった?試験に受かれば良し、ダメならすぐ嫁入り。貴族令嬢ならよくある話でしょ?」
「え?ええええ??」
「あ、本当に知らなかったんだ。」
ガタリと立ち上がったディーは、また座った。何がしたいのかなあ。
「え?だって…来年…。」
頭を抱えている。
「頭を抱えるぐらいならさあ、なんでプロポーズしとかなかったのさ?」
「ぷ…。だって、友人だし。僕は爵位もないし。学生だし。役職もないし…。それに、来年があるからって思ってたし。ぷ、プロポーズとか…。」
「・・・まあ、よく考えな。あ、もう間に合わないか。もう国元に帰って、婚姻の用意をしているようだしな。」
「・・・・・」
「自分の親より年上の見たこともないぶよぶよのオヤジにさあ、組み敷かれんだよ。なあ?花が散らされる?」
「・・・・・」
「若い子が好きなオヤジでさあ、あの子で後妻は何人目だったかなあ。」
「六人目ですね。」
さりげなくお茶を出してくれた侍従のローマンが口をはさむ。
「・・・・・」
「色々悪い噂もあるやつでさ。小さい子が好きだから。後妻はみんな背が小さかったような…。エルって子も、小さ目?」
「・・・・・」
「ん?まあ、いいか。ただのお友達だしな。そう言えば、イングリットが新しく侍女を雇ったから、紹介するね。連れて来るらしい。」
「あの。しばらく仕事を休んでもいいでしょうか?あの…。」
仕事?お前…近頃ろくに仕事してないデショ?
ガタン、と、ディーが立ち上がると、座っていた椅子がひっくり返る。
「・・・父上に頼んで、いや、兄上に?こうしてはいられない!」
声、出てるよ?そうそう、人に頼むのも大事だね。
「あら。ディー、どこかに出かけるところだった?」
慌てふためいてドアへ急いでいたディーが、ちょうどよく入ってきたイングリットに呼び止められる。
「私の新しい侍女を紹介するわ。侍女兼私設秘書になる予定よ。よろしくね。」
紹介された侍女は、イングリットの後ろに控えていたが、それに気が付かないほど本当に小さい。
お辞儀をした新しい侍女が、ゆっくりと顔を上げる。
お仕着せの侍女服に、癖のある黒髪を流して、丸眼鏡。琥珀のような瞳。
「初めまして。エルフリーデと申します。」