n=3 - "本棚"
何百にも区切られた部屋には、本棚を埋め尽くすDVDケースが存在している。私はそこに、さっきのDVDケースを戻す。丁寧に五十音順に並んだそれには、タイトルと時間、そしてユーザーによる評価が書かれている。
私がさっきまで持っていたこれは、「天野 文」というタイトルのDVDだった。DVDの時間は約40年間で、生まれながらにして持っていた難病と闘いながら起業し、最後は30年の付き合いだった友人に共同財産を全て持ち逃げされ、そのまま餓死してしまうという内容だった。
「たまにはこういう、少し救いのないDVDも良いな。」
と呟いた。
「ちょっと、その子がかわいそうなんじゃないの?」
そう割って入ってきたのは私の知っている人だった。えっと…この人の名前、なんだったっけ…?
「大体あんたねぇ、このDVDの仕組み知らないだろ。これが再生される度にね、私達が1万個以上の設定から生み出した、意思を持った生き物の社会が再形成されるの。つまり、あなたは不幸が確定した意識をわざわざ生み出しているの。分かる?」
「出た。こういう自然主義者的なやつ。形のない倫理を誇張して、振り回すの。あなたはコンクリートが重機に壊されるときに、『コンクリートが可哀想』って思ったりするの?違うでしょ?いい加減なことを言うのはやめて頂戴。」
「あなたねえ...!なんでそういう態度するの!?人間を可哀想だと思わないの?」
「面倒。もう貴女と話すのはやめる。いいよ、私は感性が合う人とだけ話すから。」
あーあ。文字通り殆ど無限の時間を消費しないといけないのに、なんであんな考え方するんだろう。絶対こっちの方が気楽で良いって。
「さっきの話、聞いていたよ。『天野 文』、良いよね〜。」
誰だったっけ…?まあ、いいか。
「典型的な破滅の美学が現れている気がするけど、でもああいうのって安定で期待を裏切らない気がするよね。」
「特に、最後に彼女が言った、『少しだけ人間が信じられなくなっちゃったかもしれないね。』っていうセリフが、彼女の性格をそのまま映し出しているような気がして、良かったな。」
「線香花火みたいな美しさのある散り方だったよね。人間って、死ぬ時が一番美しいんだ。私も死にたいなあ。」
「死ねないからこんな遊びをしているのに。死ぬっていうのは、自己犠牲を感じさせるから、そこに道徳の美があるんだよ。不死が自殺しようとしたって馬鹿だと思われるだけだし、第一、できないだろ。」
「冗談だよ、冗談。」
はあ、私も人間に生まれていたら良かったのかな。でも、死ぬのは嫌だし、永遠に意識が消滅するのなんか絶対に耐えられない。何も知らずに使い捨てされていた方が良かったのかな…?いや、あいつらに意識なんて存在しないんだ。
「『せめてリセットボタンの1つでもあれば良かったのに。』って思うこと、ありませんか?我々は世界が一回りするまではずっとこのままなのですよ。あと大体、そうですね…あと1穣年くらい先でしょうか。」
「そうか…」
「こうして普通に活動している者も今や半分以下ですからな。張り合いが無いからと言ってそのままずっと眠ってしまうことも少なくありません。」
「…」
「それでも、我々は人間よりも恵まれていると思いますよ。彼らと違い私達は人生を振り返ってあげることができますからね。そのためにフィードバック機能が付いています。私達の暇を埋めてあげてくれるのが人間であるということを、忘れてはいけませんね。」
「私もそう思うよ。あと20年くらい、このまま語っていても良いんじゃないかな。」
20年後、私は20年前に話した知人が苦悶の表情を浮かべて寝ているのを発見した。この世界では、生物が死ぬことはない。