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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

コバルトブルーの髪をした先生とひょんなことから同棲することになった僕の話

作者: サエキ タケヒコ



 朴美玲先生は、黒板に「ソクラテス、ブッダ、イエス・キリスト、孔子」と板書をした。


「この4人を知っているか?」


 美玲先生が教室中を見回した。


 半分くらいの学生があてられないようにと顔を背けた。


 まっすぐ美玲先生を見ていた僕は目が合ってしまった。


「君、答えなさい」


「はい。世界4大聖人と言われる人類の教師です」


「失格だ」


「はぁ?」


「こいつらはクソ野郎だ」


 これが僕と美玲先生との最初の出会いだった。





「君は変わっているな」


 美玲先生はコーヒーカップを置くと言った。


 それを先生に言われたくなかった。

 美玲先生は髪をコバルトブルーに染め、漫画に出てくる少女のような丸い黒縁メガネをして、キモノとチマチョゴリを足して2で割ったような創作民族衣装を着ていた。どう見ても出来の悪いコスプレイヤーだ。


「どうしてですか」


「何が?」


「僕が変わっているということです」


「私に関心を持ったからだ」


「えっ」


 いきなりそんなことを言われて動揺した。


「図星か。気にするな。別に生徒が教師を性欲の対象としたからと言って私は気にしないから」


「違います!」


 思わず叫んでしまった。


 授業の後、僕が「先生の話をもっと聞きたいです」と言ったら、美玲先生は「じゃあ、これからお茶でもしよう」といわれて、大学の近くにある喫茶店に来た。だが文字通り、もっと先生の考えを知りたいと思ったからで、口説くためではない。第一、先生と僕とでは年が違いすぎる。先生はどう見ても30代後半から40代だ。母親でもおかしくない年齢だ。


 慌てふためく僕を見て美玲先生は「かわいいな」と笑った。




 それから、大学のキャンパスの近くのレストランで定期的に僕らはデートするようになった。デートというのは変だが、夜、異性と二人きりでレストランに行き食事をして、会話を楽しむというのは僕の定義ではデートの範疇に該当する。


 どうしてだって?


 それは美玲先生に興味を抱いたからだ。もちろん体ではない。先生の特異なキャラクターというか、その思想にだ。


 最初の講義で、美玲先生は4大聖人をこき下ろした。彼らは家父長主義で、男性の論理のシンボルだと語った。


 確かにキリストの使徒はみんな男性だ。未だに女性はカトリックの司祭になれない。


 ギリシャの民主政は男性のみが参加し、しかも奴隷制の上にあぐらをかいて、働かないで哲学を論じていた。


 いつだって戦場に行くような死と紙一重の苦しみを経て子を生み、それを育てるのは女性だった。だが女性は差別されてきた。


 そうした男性中心の社会制度のインフラをささえるドクマを作り出したのが4大聖人の思想だというのだ。


「先生は、フェミニストなんですね」


 僕の言葉に美玲先生は少し不快そうな顔をした。


「誰もが私をそう呼ぶ。フェミニストというレッテルを貼るだけで満足して、思考を停止する。愚かな豚どもだ。君にはそうはなってほしくない」


 珍しく美玲先生は真面目な乙女のような顔をしてそう言った。


「今の世の中をどう思うか?」


「どうって……」


「戦争、テロ、環境問題、貧富の格差、世界は破滅に向かっていると思わないか」


「ええ、まあ」


「それは、天の父である男性神が、ガイアという地球の大地の母性神を迫害、略奪してきた結果だ。私は男対女という2項対立を煽り、生物的意味での女性の権利の擁護を訴えているのではない。女神の復活を訴えているのだ」


「女神の復活?」


「そうだ」


「どういうことですか」


「キリスト教に代表される西洋思想は、2元的考えを植え付け対立を煽ってきた。天国と地獄、善と悪、何でも2極化して分断し、天の男神は地上を支配しようとしてきた。これに対してガイアの女神は対立しない。調和と融合と共生だ。これからの人類のありかたを考えるに、この2500年あまりの男神の御使いとも言える4大聖人の洗脳を解き、女神を復活させないといけない。そうしないと人類は本当に滅びるかもしれない」


 母なる大地の女神、ガイアの復活。その言葉を聞いた時に、何故か美玲先生が白く輝いて見えた。

 その夜は二人でワインを数本空け、気がつくと僕は美玲先生の部屋で、美玲先生の胸に抱かれて眠っていた。



 目が覚めると僕は異臭を感じた。


 起きてキッチンにゆくと、流しの三角の生ゴミを捨てるプラスチックのやつの上に生ゴミが堆積し、コバエが舞っていた。それが異臭の原因だ。


 僕は、さっそくそれを処理し、マンションのゴミ捨て場に三角のやつごと捨てた。


 美玲先生の自宅は大学のキャンパスの近くの高そうなマンションだったが、まるでゴミ屋敷状態だった。


 僕は午前中、掃除をし、ゴミ出しをし、整理整頓した。


 お昼すぎに美玲先生はやっと起きた。


 リビングに入るなり、驚いた顔をして僕を見た「君はいったい何をした」


「なにもしてません」


 事実だ。


 さすがにチェリーボーイではないが、経験は少ない。酔って記憶がないのに自動的に体が動いてセックスをしてしまうほどやり込んでいない。

 それに美玲先生は昨晩の服のまま寝てしまい。ズボンも下着もちゃんと着ている。


「していないわけないだろう」


「ほんとうです。疑うなら自分で体を調べたらいいでしょう。でも僕の前ではやらないで下さいね。ここで下着を脱がれて裸になられたりしたら、いくらなんでも困ります」


「何のことだ?」


「だから、先生とはHなことは何もしていません」


「そんなの当たり前だ。この部屋のことを訊いているんだ」

 なんだ、部屋のことかと心の中で舌打ちをした。


「片付けました」


「片付けただと!」


「いけなかったですか?」


「いや。なんて素晴らしいんだ!」


 美玲先生は僕に抱きついてきた。まだ息が酒臭かった。美玲先生の見かけよりもボリューミーで柔らかい胸が押し付けられて来て急にドキドキした。


 美玲先生に抱きつかれながら、どうして部屋を片付けることもできない残念な女性が、スタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学で教鞭を取っていたのだろうと思った。美玲先生は立教女学院から東工大の数学科に進学し、その後、東大の院で量子力学を専攻し、さらにパリ第一大学ソルボンヌで哲学の博士号を取っていた。専門は科学哲学や文明論のようだが、部屋の有様を見ると、頭の中がどうなっているのか疑問だった。


「先生、冷蔵庫に何もありません」


「そうか」


「コストコに買い物に行きましょう」


「ああ」


 マンションの窓から見下ろせる場所にコストコはあった。


 二人で買い物に行き、遅い朝食兼昼食は僕が作った。



 

 その後、僕らは同棲するようになった。理由は先生が僕を必要とするようになったからだ。もちろん精神的つながりからでも、体のつながりからでもない。家政夫として重宝だったからだ。


「どうして、君はそんなに家事ができる」


 美玲先生はコストコで買ったプルコギを美味しそうに、同じくコストコで買ったキムチと一緒に口に頬張りながら言った。


「両親が共働きで、鍵っ子だったからです。両親とも帰りが遅いので自分で夕食を作り自分で食べ、洗い物や掃除もしていました」


「ほお、感心だな。だが何故法学部の君が、私の哲学の講義に出た」


「もともと大学では哲学を専攻したかったんです。でも哲学科に行ったら就職できないと両親に猛反対されて法学部に進学しました。なので、せめて在学中は哲学を学びたいと思ったからです」


「だから文学部の私の講義に潜り込んだというわけだな」


「はい。先生はスタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学で世界の最先端の思想を教えていたと聞いていたからです」


「聴講してみてどうだっか。失望したのではないか」


 失望したのならここにいませんよと論理的に反論したかったが、先生の鋭い目を見てやめておいた。


「いえ、先生のお話はいつも常識を覆し、新しいものの見方を与えてくれて、目からウロコが落ちるようです」


「そうか、そうか」


 だが、人としてというか女としての美玲先生は残念だった。とにかく片付けや掃除ができない。料理もできない。家事は全くだめだった。それに、一緒に暮らす時に同性愛者だとカミングアウトされた。今は付き合っている人はいないらしいが、男性は恋愛対象でないとのことだ。


 普通はそれを聞いたら同棲を止めるだろうが、僕は逆だった。


 一緒に住まないかと美玲先生から言われた時は正直迷った。大学のキャンパスのそばで、現役の教授と学生が同棲したら、いくら学部が違うと言ってもスキャンダルだろう。それに美玲先生は有名人だ。TVやユーチューブでも引張だこだ。だから、断ろうと思った。


 でも、美玲先生が求めているのはタダで家政夫をしてくれる住み込みの弟子だった。それがわかると何だかこの残念な人を見捨てることができなくなった。先生は本当に僕がいないと生きて行けないかもしれないと思った。栄養の偏りや、部屋に湧いた虫などから悪い病気になるかもしれない。それにそばにいてもっと哲学を学びたいという気持ちもあった。


 そうして僕は美玲先生と同棲するようになった。もちろん寝室は別だ。物置になっていた玄関の横の4畳半ほどの部屋を片付けて僕の部屋にした。


 ある日のことだ。僕は美玲先生に呼び止められた。


「ねぇ、祥くん」


 最近、美玲先生は僕のことを「君」と呼ばなくなった。下の名前で呼ぶようになっていた。


「なんですか」


「お誕生日おめでとう」


「覚えていてくれたんですか!」


「実はフェイスブックを今見て気がついた」


「なんだ」


「いつもありがとう。本当に感謝しているよ」


「別にいいです」


 一緒に住んでいるが美玲先生は僕から家賃も光熱費も食費も取らない。何万円か渡そうとしたが断られた。だから、その気になれば僕はスマホの通信費以外はお金がかからない生活ができる。家事を分担する見返りとしては十分すぎるくらいだ。


「何かお礼をかねてプレゼントをしたい」


「いいですよ」


「遠慮しなくていいから」


「何もいりません」


「何か不自由していることはないか」


「ありません……」


 つい語尾が濁った。

 実を言えば、美玲先生は美人だ。あの変な眼鏡とセンスの無い服とおかしな髪型が魅力を減殺しているが、素顔はとてつもない美人だ。韓流ドラマのヒロインにも負けない。それにスタイルもいい。風呂上がりに美玲先生がバスタオル一枚でウロウロしていると僕は目のやり場に困った。


 美玲先生は僕の目を覗き込むようにした。まるで心の中を読まれていいるような気がした。


「してもいいよ」


「えっ!?」


「まだ若いんだから、本当はしたいんでしょ」


「でも先生は……」


「うん。だから恋人になるのじゃなくて、私の体を使わせてあげるってこと」


「先生……」


「私のことは名前で呼んで」


「美玲」


 僕は美玲先生と見つめ合った。


 自然と唇が磁力を帯びたように美玲先生の唇に吸い寄せられてゆく。


「なーんてね」


 ぽかりと頭を軽くたたかれて、唇を避けられた。


「はい?!」


「そんなこと、あるわけ無いじゃない。私、レズなんだから」


「あっ、騙したな」


 また、やられた。美玲先生はアラフォーのソルボンヌ卒とは思えないほど、いたずらっ子で精神年齢が幼い。一緒に暮らすようになってからは、あの手この手で僕をからかう。


 しかし、こんなのは初めてで、危うく騙されるところだった。


「全く、困った人ですね」


 僕は玄関に目をやった。


 また、美玲先生は買ってきたものを、レジ袋ごと玄関に放置していた。中にアイスが入っていたこともある。溶け出すと悲惨なことになる。


 僕は玄関のレジ袋に向かった。


 それを見て、美玲先生が慌てた。


「あっ、それはダメ」


 僕は、美玲先生がまた変なものを買ってきたのだと思った。実生活では本当に子供で、無駄使いをして余計なモノを買い込む。ゴミが増えるだけだ。生ものでもあると腐ってしまうので、僕は先生を無視してレジ袋を手にした。


 後ろで先生が悲鳴を上げる。


 中を見るとチョコレートの箱のようなものが入っていた。


「だめぇええええええ」


 僕は先生に奪われないようした。


「全く、今度は何を買ってきたんですか」


 子供を叱るように僕は言った。


 パッケージを見た。


『超薄0.01ミリ』とある。


「えっ、こ、これはまさか……」


「返して」


 美玲先生がひったくるようにしてコンドームが1ダース入った箱を掴んだ。


「どうして、こんなものを」


 美玲先生は耳まで赤くして下を向いた。


「だって、祥くんがもし本気にして、しちゃったら困るでしょ。その……。つまり妊娠とかしたら……」


 僕も耳まで赤くなってしまった。


 生命を生み出す母なるガイア、女神の復活。


 その言葉に惹かれてこんなふうな暮らしをすることになったのを思い出した。


 僕の女神様は恥ずかしそうにして、超薄0.01ミリを抱きしめたままでいる。


 やっぱり、世界は驚きと不条理に満ちている。




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