神に捧げる
幾重にも張った防壁を突破して、園村砂は私たちの前に姿を現した。
「いあいあ。我は神の目、神の耳、かみのこえをきくみみをかみのすがたをみるめをかみにうったえるくちを・・・」
ようやくわかってきた。さっきから彼が口にしているのは、意味のわからない言葉なんかじゃない。
これは祝詞だ。
園村砂が信じる***
彼以外にはその名前を認識することすら禁じられたそれに、「唯一の信者」が帰依するという誓願。
「もう完全に話し合いの余地はない感じですか?」
「・・・」
私の問いかけに口をつぐんだのは、同じ職場で働く者への恩情だろうか。
職場。そうだ私たちはこの村には祠の除霊に来たんだった。
祠。「蔵記様」の為の祠。
あの神体に取り込まれた人間はどうなっただろう。
もう手遅れかもしれないけど、ひょっとしたら何人かは今頃「現実」の沈船村に戻ってるかもしれない。
私たちの仕事に関係があるのはそれだけ。
この後私たちが岬さんや村の人を救っても、現実には何の影響もない。
「わかってます、自分が意味のないことをやってるって」
もうこの幽霊屋敷が消滅することは覆らない。
幻想は幻想に還るだけ。
私も園村さんもその残照を好き勝手弄ってるだけ。
「でも、これ以上同僚が人を傷つけるのを見るのは、メンタルが耐えられないんですよね」
厳密には人じゃないけど。
でも現実の岬さんも襲われてたような・・・
いや、冷静に考えたらあの時岬さん村の人間は全て私のモノだーみたいな妄言をぶち上げてたし、状況的に完全に悪役だったし。
園村さんが本気なら一瞬で首を落とすくらいやるだろうし。
何よりあそこには私と宇羅が居た。
もしかしていきなり攻撃したのは私たちを守る為で、ギリギリ致命傷じゃなかったのは、宇羅の回復能力を信頼していた・・・?
「・・・・・・・・・・・・・」園村砂さんは無言のまま。
さすがに楽観的過ぎる考えだっただろうか
・・・でも、どちらにせよ斬るのはやり過ぎだよね。
そんな風に思った一瞬。
「きるきる」
園村さんは無言で跳躍し、距離を縮めて来た。
「『南窓』!」
横から窓を投げ、宇羅が妨害する。
「『西塀』大人しくして下さいよっ!」
そのまま一気に動きを封じる為の追撃が放たれた。
「きるかみのこえを」
それに全く動じず、園村さんは起爆式呪符を投げコンクリートの塊を爆破した。
「っつ」
腕を組んで飛び散った破片から私が身を守っているその隙に、彼は岬さんに向かって行く。
まずい。
咄嗟に園村さんと同じく私も呪符を飛ばし、足止めをする。彼に比べたら性能で劣るけど時間稼ぎくらいは出来るはず。
「きる」
刀を振るってそれを薙ぎ払う園村さんに、宇羅が殴りかかる。手足の2、3本を折る勢いの殴打を浴びせる。
こいつも大概やり過ぎだ。自分のことを棚に上げてそんな呑気なことを思う。
でも園村さんは止まらない。
生身の人間のまま、人外の攻撃を捌き、そして掴む。
「っ!」
身を引こうとする宇羅。だけど園村さんは決して逃がさない。そのまま掴んだ手を引き、投げる。
「がっ!?」
「かみのこえを。お前はここで止まれ」
おかしい。
いくら何でも強すぎないか、この人。
「けほっ。けほっ」地面に蹲ったまま、苦し気な声を出す宇羅。
園村さんは容赦なく彼女の頭部を狙って蹴りを放ち、完全に戦意を砕こうとする。
「ってそう簡単にやられるかっ!」
その場で横に回って回避し、懐からいきなり鉄の棒を園村さんに向けて発射する宇羅。彼がそれを回避する間に距離を取って何とか体制を立て直した。
「かみのこえかみのみみ」
それを見ながら、園村さんはほとんど意味のない祝詞をなおも唱える。
祝詞。トランス状態。あの異常な身体能力。
間違いない。
「かみのこえかみのみみ」
こちらを認識すらしていないようにひたすら忘我のまま、破壊だけを行う。
沈船鱗が園村砂の精神に干渉することはなかった。
だけど目の前の人間の心が、本当に私が知る園村さんのままだと言えるか?
そこまで職場でコミュニケーションを取ってこなかった私でも、それはわかる。間違いない。
「あなたは園村さんじゃない。彼の精神に『混じってる』」
その表現が適切かはわからないけど。
「それが神の、信仰の恩寵ですか」
自らを神の御心に沿うように変容させる。
沈船鱗は肉体を変えた。
園村砂が変容させるのは意識。
異なる神やその信徒だけでなく、同じ神を信じる自分以外の信徒さえ排除する独占欲。
そんな強すぎる信仰をより極端に研ぎ澄ませることで、肉体の強度にまで影響を及ぼす。
「じゃあ、この無茶な暴れっぷりもその効果ってことですか?」
立ち上がって構えながら宇羅が聞いてきた。
「元々信仰の形態として『神との一体化』ってのはあるから」
いろいろ拗らせて神に対して「同担拒否」の厄介オタクになる人は少ないだろうけど。
「そもそも、最初から所長が言ってたんだよね」
「あの人が?」
「園村さんと連絡が取れなくなる直前、電話で最後に会話した時、彼の声をした別のものと話しているようだったって」
ーねえ、きみ本当に園村くんなの?ー
「大体、私の知る園村さんはいきなり人に斬りかかるような人じゃない。もう少し常識があった」
「本当ですか? それあなたの思い込みじゃないですよね?」
信用無いな。確かに社会性ダメダメで、人を見る目は壊滅的だけど。
「この村に来るまで、無断欠勤とか職務放棄したことはないって所長が言ってた」
だから彼が行方をくらましたのを、よっぽどのことだと判断されて私たちが派遣されたんだから。
「すみません、それは社会人として当たり前では」
「私は守れる自信がない」
「言い切りますか」
「しょうがないでしょ。私の周りはそういう人間ばかりなんだから」
「開き直ってません?」
・・・自覚はある。
「かみかみのみみみみうでうでうでうで」
もう完全にこちらと意思疎通を放棄したのか、園村砂と「***」、彼が信じ彼以外に名を知る者がいない神とが混じり合ったものは、ひたすら無意味な言葉を繰り返すだけ。
そうだよ、この人がこんな風におかしくなってるって、もう少し早く気付くべきだったんだ。私がもう少し他人に目を向けていれば・・・
「いえ、最初の方の会話は園村さんの素の人格だと思いますよ。あのイカれ具合は単なるトランスではたどり着けません」
「あ、そう」
そうそう優しい人間はいない。
この世界がイカれてるから。
じゃあ、祓い師らしく、狂った世界で足掻こうか。
「宇羅!」
「任せて下さい、『北扉』!」
木でできた扉を投げつけて気を引いた隙に、私は岬さんを守る位置に陣取る。
「【可否不可避RESD日】!」
先ほどまでは何とか聞き取れることの出来た言葉も、最早意味の通らないものになりつつある。
異言。人の口を借りて話される神の言葉。
園村さん、いや***? 名前も知らない彼だけの神が残った人格も排斥しつつあるってこと?
その予想を裏付けるように、異変が園村さんの肉体に起きる。
「【フ石井wぢを】!」
咆哮と共に口や指先から大量の白い粉末が噴出した。
「何あれ?」
「砂」という名の通り、さらさら流れ出すもの。身体に入ったら絶対まずい奴だ、これ。
「宇羅! 今すぐガスマスクとか、こうBC兵器対策のあれこれ出して!」
「一般家庭にそんなものはありません」
普通の家にはマジカル冷蔵庫もないけどね!
「それに心配いりませんよ游理さん。これ、ただの塩化ナトリウムです」
「ほへ?」
「NaCl、塩です」
・・・神様が人を塩の柱に変えた話はあるけど、自分の信徒の体内から塩を出すなんて聞いたことはない。
そこは金粉とかじゃないのか。
「さあ、少なくとも園村さんの信じる神様はそういうもんなんでしょう」
人ひとりの体内には収まらない量の塩を出す同僚を前に、やたら冷静な宇羅。
そういうものって、それ言ったらお終いだろ・・・
あ、いいや。
状況はよりシンプルになった。
あのままじゃ肉体的にも精神的にも園村さんは取り返しがつかなくなる、戻ってこれなくなるのは明らか。
だったらその前に彼と「神」を切り離す。
「だったらいよいよ手加減無用だよね」
少しだけ、感謝している。
先ほどまで、私たちがここで戦う意味はなかった。今は違う。
数少ない同僚、園村砂を取り戻すという、果たすべきことが出来た。
例えどんなに歪んでいて、狂信的独占欲特盛ヤンデレ男でも一応は仲間だし。
「まあ、私も人のことをどうこう言える程立派な人間じゃないけど」
「そこはもうちょっとカッコつけましょうよ、游理さん」
そんなのは柄じゃないし。後は行動で示さないと。
「園村砂さん」
懐から取り出したスプレー。専用の呪具を構える。
ここに来たのは彼を助ける為。
だから今の状況は巡り巡って振出しに戻ったもの。
なら言うべきことは決まってる。
「これから庚游理が、あなたを祓って救います。容赦なく」
神の座す湖畔の村「沈船村」
最後の祓いが開幕した。
この物語を読んで、面白い、人も人外も等しく残念な連中しかいないなど思った方は是非感想、評価をよろしくお願いします。




