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幽霊屋敷で押しつぶす  作者: 鳥木木鳥
沈船村楽園神殿
58/62

祓う者

「がぁ・・?」

「岬さん!?」

 突然苦しみだした彼女を見て、思わず声を挙げる。まずい。

「喋らないで! 傷が開きます!」

 つい最近同じような会話をしたな、と現実逃避気味に考えてしまう。だったら「こっちの彼女」も救って見せる。

「宇羅! 治療急いで!」

 彼女に岬さんを預け、私は園村砂に対峙する。そしてすぐに異変に気付く。

 岬さんだけじゃない。

 遠巻きに私たちを見ていた村の人、ひとりひとりが彼女と同じように苦しみ悶えている。

 これは・・・毒? 違う、私と宇羅は何ともない。

「ただ、法を敷いただけだ」

 淡々と園村さんは今も刀と呪符を岬さんに向けながら説明する。

「ここは『蔵記』という神を崇める異教の法が支配する世界」

 ひとりの信徒の狂信が結実した妄念の異界。

「ならば***を奉じる、ただそれだけを是とする法で塗り替えれば、異教徒の存在が否定されるのは必然だろう」

 法。話には聞いていた。異界の神を祓う方法は、結局はこちらの法を叩きこむことだと。

 概念的過ぎて理解出来なかったけど、目の前で苦しむ人を見て実感する、その残酷さを。

 無理に例えるなら空気中の酸素の構造が一瞬で変わったようなものだ。神だけじゃなく、元の世界に属する万象はその変化に耐えられない。存在の根底から浸食される。

「ぎぃぃぃ・・・・・」

「游理さん、一旦引きます。このままじゃ岬さんがもたない!」

「理解出来ないな、裏内」

 必死にに呼びかける宇羅がまるで意味のわからないことを喚いているように、園村さんは首を傾げた。

「放っておいてもここは終わりだ。その女も、村人も元の幻、いや無に還る」

 幻は幻に。虚無から生まれたものは虚無に。

「何故それをそんなに守ろうとする? 人外とはいえきみは立派な生物。そいつらは全く違うだろう」

「理由がわからないんですか」

「ああ。想像も出来ない」

「本心からそう言ってんなら、園村砂、あなたは游理さんの傍に立つ資格はない」

「それは裏内が決めることではないだろう」

「いえ、わたしが決めることです」

 一分の迷いなく断言したよ。そこまで言われると正直困るんですけど!

 でも、そうだな。

「園村さん、私はあなたの言葉は受け入れられない」

「何故だ? 庚。きみまでそんな不合理な真似をする? 裏内の心臓だからか」

 その理由を考える前に、気が付くと私は彼に答えを返していた。


「違います。私が祓い師だからです」


「ならなおさら、ここにあるもの全て消し去るべきだろう」

「違います。あなたは鱗が信じる神の座を自分の信じる神にすげ替えようとしているだけです」

「それが僕にとっての祓いの意味だ」

 園村砂にとっての理想とは、究極的には自分と自身の信じる***しかいない世界。

 怨霊魍魎、そして何より異界の神とはその理想を阻む汚濁でしかない。

 だから園村砂は祓い師としてそれらを祓う。


「私にとってはそうじゃない。祓い師はそんな都合のいいものなんかじゃない」

 自分でも驚くくらいはっきりと、私は彼に反論した。

「祓い師が祓うのは怨霊、異界の神。そして清めるのは怨嗟、妄念」

 庚の家に生まれ、体質のせいで碌に修行も教育も受けない内に追い出された私でも、いや私、庚游理だからこそ園村砂を否定しなければならない。

「どんなに狂った世界でも、それに流されたりしない」


 ー異常な世界に変に慣れたらこっちがおかしくなるー


「イカれた世界に付き合ってこっちの脳を彼岸に飛ばす義理はない」

 祓い師の第一原則、それが意味することはひとつ。


 怨嗟に塗れた世界に屈さないという意思。


「だから神に、いえ『自分の信じるもの』に全てを捧げ、他の全てを切り捨てようとする園村砂、あなたは祓い師失格です」


「『南窓』!」

 ガラス製の窓が飛来し、私と園村さんを隔てる。

 同時にボロボロの自動車が走り込んできた。

「游理さん!」

 運転席から宇羅が叫ぶ。

「急いで! 彼女を助けたいのなら早く中にっ!」

「えっ・・・うん、わかった!」

 そのまま岬さんを担いで後部座席に飛び込む。

「追加です!」

 2,3枚また窓を飛ばして、園村さんの足止めをする宇羅。

「・・・・・・・・」

 彼がそれを避けている間に、私たちの乗った車はなんとかその場を離れることに成功した。


「宇羅、岬さんの傷はっ」

「前のと同じように、止血はしました」

 あの時も傷つけたのは園村さんで、治療をしたのは宇羅だった。何から何までいっしょだな。

「それよりも『法』の改変のダメージの方が深刻です」

「そんなに?」

「あそこに居たままだったら、今頃彼女は完全に消えてましたよ。比喩じゃなく文字通り」

 危ない・・・カッコつけた横でそんな事態になったら、目もあてられない所だった。

 宇羅がこの車で駆けつけてくれて本当に助かった・・・・

「・・・・ねえ、宇羅」

「何です。すみませんが今運転に集中しているので」

 さっきから凄い速度で道を突き進んでる。

「行くあてはあるの」

「『沈船』の家です」

 宇羅は即答した。

「心臓がダメでも、あそこはきっとこの世界の中心。治療などもしやすいはずです」

「確かに。『沈船』屋敷の中で同じ『沈船』屋敷に車で行くなんて変な感じだけど」

「わたしたちのような存在に関わっていけば、すぐに慣れますよ」

 だから私はそんなトンチキに慣れるつもりはないって言ってるのに。

 まあいいや。

「この車どうしたの」

「心配しなくても、盗んだんじゃありませんよ。あそこにいた村の人にお願いして貸してもらったんです」

「そう、なら良かった。それからもうひとついい?」

 これが一番大事なことだ。

「何です? うわこの道運転しづらい・・・」


「宇羅、いつの間に免許とったの」

「ヤダな―変なこと言わないで下さいよ、游理さん」

 前を見ながらニコッと笑う宇羅。


「スマホも持てない人外がそんなのとれる訳ないじゃないですか」


「今すぐ降ろせ!」


 家の中で交通事故なんて笑えないんだよ!

 おまけにこの村まともに舗装された道がないじゃないか!

 事故る。絶対事故る。


「・・・・・游理さん」

「はい?」

 運転しながら、真剣な声で宇羅が言う。

「今私たちが乗っているのは、あくまで『車っぽい何か』です」

「そうだね」

「元をたどれば『沈船』屋敷。そこらの肉が変異したものですから」

「そうだろうね」


「だから無免許でも、国の法律には違反していません」

「よしんばその理屈が通ったとして、私たちが無事に済む保証にはならないから!」

 こういう場当たり的でご都合主義的な考えが大事故を引き起こすんだよ。

「落ち着いて下さい。冷静に」

「冷静だから今の状況がヤバいと理解してるんだが」


「大丈夫ですよ。私が補助しますから」


 私の傍で横になっていた岬さんが口を開いた。

「宇羅、さん?」

「はい。こちらでは名乗ってませんでしたね」

「あなたが今おっしゃった通り、この車は村の一部。なので私の方で誘導することは出来ます」

「岬さん、大丈夫なんですか」かなりきつそうだけど・・・

「はい。この車だけでしたら。先ほどから操作は私がしてますし」

 え。

「じゃあもし宇羅が運転していたら」

「・・・・言わない方が良いでしょうね」

 ・・・・もしこいつが免許をとるようなことがあっても、宇羅の運転する車には人を乗せないようにしよう。私は密かにそう誓った。



 沈船の屋敷の外見は現実と変わらなかった。

 あれだけ働いていた使用人の姿が見えなかったのは意外だったけど。

「心臓が凍り付いた上、村のど真ん中で『異界の法』を垂れ流したんです。細かい器官の維持に割くリソースはもうないんでしょう」

 岬さんを担いで移動しながら宇羅が言う。

「そうだ。鱗。園村さんのおかげで彼のこと放りっぱなしにしてるけど」

 まさか復活とかしないよね。

「自分で言うのもなんですが、あれだけ痛めつけた上凍らせたんです。そうそう回復は出来ないですし」

 それに、と言葉を続ける。

「何より園村さんが彼を見逃すはずはないです」

「確かに」

 屍でも、墓から掘り出してもう一度首を刎ねるくらい、異教徒に対する敵意は万国共通。ましてあれだから。


「どうあっても、沈船鱗の復活はない。幽霊屋敷『沈船』は終わりです」


 残酷な程はっきりと宇羅は言った。

「ちょっと宇羅。岬さんの前でその言い方は」

「構いません」

 彼女の背中の岬さんが小さい声で呟く。

「自分のこと、というのは変ですがこの屋敷の状態は私が一番わかっています」

 村長ですから。

 何処か誇らしげな様子の彼女。

「あと、沈船鱗ですが、先ほど完全に彼の意思は消えました」

「・・・そうですか」

 本来ならこれで仕事は完全終了。これ以上ここに居ても全く意味はないはずなのに。

「宇羅、取り合えず岬さんの私室に行こう。あそこにはベッドがあったはず」

「はい」

 今傷ついている岬さんを助けて、守る。

 そんな無意味なことを私と宇羅は続けている。

「それを言ったら、園村さんがここを壊すのも、無意味ですよ」

 無意味な救出と無意味な破壊。

「・・・これ以上は単なる内輪もめだよね」

 私と宇羅、園村さん。意見の相違による祓い師による純然たる内輪もめ。

 実際今にも消えゆく場所で争ってるだけなんだけど、私たちの方がこの村を巻き込んだみたいに聞こえるから不思議だな。

 そんなことを思いながら岬さんの私室の扉を開けた。

 良かった。取り合えず寝台とかは外のままだ。

「宇羅さん、それに游理さん」

「岬さん、もう喋らない方が」

 横にしても一向に顔色は良くならない。本人の言うように、もうこの世界自体が終わろうとしているのにこんなことをしても、無駄に苦しみを長引かせてるだけなんじゃ・・・


 ・・・いっそ楽にしてあげるのが・・・


「聞いて欲しいことがあるんです」

「・・・何ですか?」

 どうでもいいことだけど、外の世界の岬さんは私たちを名字で呼ぶのに、こっちは名前なんだ。

 ・・・別々の存在だから。

「沈船鱗、『沈船』の心臓が、最後にあなたたちに伝えたかったことです」


 ・・・あの祠での問答がもう遠い昔のことのよう。

 でも確かに私たちは彼と会話していた。

 沈船鱗の妄執に向き合っていた。

「彼の消滅と共に私にそれは私に託されたので」

「・・・教えてください、彼は何と?」


「園村という男のことなど最初から知らぬ。何故私が村に関係のない人間を操る必要があるのだ」

 一瞬鱗の声色で岬さんの口からそのセリフが出てきた。

 ・・・まあ、確かに振り返って見れば園村さんと違って鱗の方は自分と神さえいれば、他の人間なんてどうでもいいってスタンスだったような。

 気付くのが遅くなっちゃったけど。

「それだけですか?」

「あとひとつ」

 そして岬さんは言った。


「憶えていろ。地獄で神と共にお前たちを待っている」


「・・・恨み節ですね」

「はい・・・すみません」

 謝らないで・・・なんか私たちがイジメてるみたいじゃない・・・

 ・・・憶えてろ、か。


「はい。これでも人の怨みは忘れないことにしているので」


 だから、安心して。

 あなたの怨嗟は私たちが喰らう。決して忘れたりはしない。


「游理さん、彼女への処置が落ち着いたら、一旦わたしは外で『補強』に回ります」

 現実の宿屋にしたような補強をここにする。次の瞬間には全て消え去るかもしれないのにそんなのは無意味だって私も宇羅も理解しているけど。

「うん。わかった。気を付けて」


「もしかしたら」一晩、二晩。この世界が消えるまでそれくらいかかるかもしれない。

「もしかしたら」目の前で苦しむ岬さんの傷が治るかもしれない。

 億にひとつもない可能性。現実逃避の絵空事でも、そんなことを考えたら今動かないわけには行かない。


 狂った世界で生きるのに必要なのは、結局はそういうこと。

 狂ったように楽観的かつ悲観的に、自分のエゴを貫くことなのだから。


この物語を読んで、面白い、人も人外も等しく残念な連中しかいないなど思った方は是非感想、評価をよろしくお願いします。

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