神楽
祠が鳴動している
あの肉塊、沈船鱗とそれに生きながら捕食された多数の人間がひとつになった神への供物が音を立てる。
岬さんに愚者と断じられたことに激怒しているのか、あるいは嗤っているのかはわからない。
「ねえ、宇羅。何かまずい雰囲気じゃない」
「わたしもそう思いますよ」
ぎゅぎゅぎゅぎゅ。
雨が強くなった。
向こうから誰か来る。園村さんが戻って来た? いや違う。男の人だ。
村人が騒ぎを聞きつけてやって来たんだろうか。
「ちょうど良かった。村長さんが怪我をしてしまったんです。すぐに病院に連れて行かないと」
「【おいえお気合井地】」
「今何て言ったんです?」
私の問いかけに答えず、男性は岬さんの腕を取って無理矢理立たせた。
「ちょっと。この人は怪我人なんですよ」
宇羅の抗議を意に介さず、男はそのまま引っ張って彼女を何処かに連れて行こうとする。
「あの、あなた誰なんですか」
「【しうwjd】鱗様【せさじゃ】」
今鱗様って・・・
「庚さん、離れてっ!!」
宇羅が叫んだのと同時に、男の口から生えてきた触手のようなものが私に飛びかかってきた。
「っ何これ!?」
慌てて後ろに跳んで躱す。その隙に男は岬さんを攫って逃走しようとする・・・まずいっ。
「させませんよ、『北壁』」
宇羅が壁を出現させ行く手を阻む。
今のうちに取り押さえて岬さんを取り戻す為に駆ける。追いついた所で今の手持ちでこれと戦えるのか? いや、ここで逃したら取り返しがつかない!
頭触手男は目の前のを全力で殴って壊そうとしていた。明らかに人間の膂力じゃない強さだけど、幽霊屋敷の壁は単純な力押しで破れる程軟じゃない。
そのはずなのに。殴打を浴びる隔壁にひびが入った。
「これは・・・浸食されてます!」
「何、どういうこと?」
「あれは霊的な干渉をして腐らせてるんですよ! このままじゃ持ちません」
だったらその前に叩くだけだ。
私は思い切って男に飛びかかる。反応して頭の触手でこちらを絡め取ろうとするが、遅い。
自分の唯一無二の武器を取り出し構える。
「スプレー」の引き金を引き、触手に向かって一気に散布する。
赤い霧状の薬を浴びた瞬間、男性の表面が沸騰するように煙を上げた。
これが私の力。
庚游理の血から精製した薬品を装填した専用呪具は、その能力を相手に注入する。
効力は成長の過剰促進。
相手がどれ程の強度を有していようと、問答無用の暴走状態に陥らせる異能。庚の家にあってなおも類似したものがない力。
「【売り胃いオアsジオ】!?」
薬品の効果で、怨霊が急激に成長する。
触手は分裂し、人型を保っていた胴体からも数本触腕が生える。手足は関節が無茶苦茶な方向に折れ曲がり、節目から液体が流れだす。
これが過剰な成長の結果。自分自身が耐えられなくなる程力を増加させた結果、崩壊へと至らせる。
難点は。
「【ういいjsjぢ】!!」
全身に絶え間ない苦痛を感じてるはずの男が私に向かって無数の触手を飛ばす。
「っちい!」
何とか横に跳んで回避する。
十分な量の薬を浴びせたのに、崩壊が遅い。雨で流されたせいか。だからこんな天気の日に祓いをするのは嫌なんだ。
そんな弱音を無視して、男は触手で殴打を繰り出す。
先よりも明らかに速く、そして重い。
私の力のリスク。中途半端に浴びせると、相手は暴走して力を増す。
我ながら何て使いづらい! これでまともな祓いをしろって言うのが無茶なんだよ。
「游理さん、退いて下さい」
私の前に宇羅が立ちはだかり。
「『南壁』併せて『西塀』」
髪の毛のようにうねる触手の群れが、地面から現れた石壁に衝突し停止する。
悪意の奔流は遮断され、行き場を失う。
そこに上から。
「『石塊』潰れろ」
宇羅の暴が落下した。
一瞬で石とコンクリートの塊に押しつぶされる触腕。
「【ういっしいj氏】!!」
怒号を上げる化外。しかしもう遅い。既に全身が取り返しのつかない程激烈に変容し、その行きつく先は。
パアァン。
触手の怪物は風船のように破裂した。
「岬さん、大丈夫ですか?」
捕まっていた彼女の下へ駆け寄る。
「ええ、おふたりのおかげです」
良かった。でもまだ安心出来ない。
「宇羅、傷はどうなってる?」
「邪魔が入りましたが、幸い出血は止まってます」
霊性を帯びた石や鉄で人の肉体を治す。そんな無茶が可能なのも幽霊屋敷の特性故。
「ありがとうございます。裏内さん。この術で痛みも和らいでいるようです」
「・・・今のは何だったんだろ」
いきなり園村さんが襲ってきて、次は頭触手バーン男。一気に周囲から殺意を向けられてる。
「とにかく一旦村に戻りましょう。応急処置はしましたけど、岬さんを早く病院に連れて行かないと」
宇羅の言葉に我に返る。そうだよね。また変なのが現れる前に医者に診せないと。あまり考えたくないけど、また園村さんが私たちを襲撃するかもしれないし。
「どうする宇羅。一度あなたの中に入ってもらった方が良い?」
「出入りの時、僅かですが治療した箇所に影響がでる可能性があります。だからこのままで。わたしが支えますから」
そう言うと宇羅は岬さんを背負って歩き出す。
こういう時力が強いと便利だよね。
「岬さん、ひとつ良いですか?」
宇羅の背中の彼女に私は声を掛けた。あまり話をさせられないけど、これだけは確認しておかないと。
「園村さんに襲われた直後、それが沈船鱗の意思であるようなことを仰りましたけど」
彼は私と宇羅に危害を加えてこなかった。無差別に攻撃はしないということ。沈船鱗が操ってるなら、自分の子孫を殺めようとしたの?
「あれには同族意識なんてありませんよ。あるのは神と、それを崇める自分自身。他は取るに足りないものばかり」
蔵記様を信奉し教団を立ち上げるんだから、かなりのカリスマ、指導力がある人物だったはずだけど。
「教団など所詮は舞台装置で、信徒は自分の付属品。神を崇める自己が全て、それが沈船鱗という男の本質でした」
自分の身内なのにやけに辛辣な評価だな・・・
「私だって身内のこんな本音、知りたくはなかったです」
でも入って来るんですよ、頭の中に。
生者を取り込み、増大し続ける狂信の塊はその妄念を絶えず外界に流している。特に彼の末裔の岬さんはその受信機のようなものだそう。
「私だけではありません。沈船家の人間は鱗の妄念に曝されて、徐々に影響され取り込まれていく」
生まれた時から鳴り響く声が、最近になってはっきりと強くなってきた。
少しでも気を許せば祖母のように父のように意思なき傀儡と成り果てる。
そして喜んで村の民をあの肉塊に捧げるのだろう。
本当に煩わしい。
沈船岬にとってこの村は自分の全て、自分自身。この地に座す神すらその一要素。
沈船村は外に広がる岬の身体。
閉じた村の世界は彼女自身。
「この素晴らしい世界を、あの肉塊の雑念が汚すなど許されるはずがない。わかりますか?」
共感も理解も出来ません。
この人もあの先祖も、いろいろ思考が飛び過ぎてる。どう考えても村の長としてその思想はダメだろう。
「だから言ったでしょう、この人はろくでもないって」
私を村の住民にしたいって、本当にコレクションに加えたいって意味だったんだ。
うん、気の迷いで「はい、すぐに引っ越します」とか言わなくて良かった、心底良かった。
「話を戻しますよ」
私が安堵している横で、歩きながら宇羅が背中の岬さんに話しかけた。
「園村さん、うちの社員があんな風になってあなたを襲ったのは、沈船鱗の差し金で間違いないんですね」
「ええ。私の造反の意を読んで、あの人の思念に干渉したのでしょう」
そうだとすれば、どんな操作をしたかは想像出来る。
異界の神、異質な法への攻撃性。
園村砂が持つその方向性を曲げて、曲がりなりにもその神の信奉者の血を引く岬さんを排除する刺客に仕立て上げた。
祓いの場では、相性が良すぎるのも危険。相手に共鳴して、引きずり込まれる恐れがあるから。
私が宇羅に言ったことが思いっきり現実になってる・・・
というか、冷静に考えたらお家騒動に巻き込まれたみたいなものだよね。
私の家も似たようなもんだったな・・・嫌なこと思い出してしまった。
「游理さ~ん、また鬱々と沈みまくってますよ、上がって来て~」
うん、大丈夫。こんな所で挫けてられないから。
この物語を読んで、面白い、人も人外も等しく残念な連中しかいないなど思った方は是非感想、評価をよろしくお願いします。




