プロローグ 籠城の果て
私と宇羅の前で、沈船村の支配者は死にかけていた。
「宇羅、どう?」
「止血は終わってます、あくまで屋敷の材料を使った応急措置ですが」
もちろんコンクリートや鉄を強引に詰め込んでも、傷は癒せない。
しかし、使うのは「生きた幽霊屋敷」である彼女の部品だ。
人の血肉を喰らうなら、逆に己を他者の血肉とすることも出来るという道理。
「まあ無理矢理な理屈だけど」
「游理さん、ストップ! こういうのは絶対できるって信じるのが大事なんです! 信じる心がビッグクランチを引き起こすって!」
こういうこと言いだす医者には罹りたくないな。
すぐにでも病院に駆け込むべきだってわかってるけど、この村唯一のそこは先ほど「押しつぶされた」ばかり。
村の外に出ようにもこの嵐ではまともに歩くことすら難しい。
しかし・・・信じるのが大事、ね。
信じる、か。
「かみのこえをきくみみをかみのすがたをみるめをかみにうったえるくちを・・・」
鰯の頭も信心から、っていうけど、拝むものを選ぶのは大事だよね。今私たちを襲ってる人間も、元はと言えばそれを誤った人々のせいで人生を狂わされたから、こうなってしまったんだから。
「家の前にいます・・・説得の言葉とか思いつきました?」
「全然。あんまり仲良くなかったし」
「仲のいい人いるんですか?」
「・・・・泣くぞ」
「ああ、もう。悪かったですよ、だからそういう面倒なのは後にして下さい」
そんなイチャイチャをしてる間にも、当然相手は待ってはくれない。
「くちくちく・・・・・・」
意味のわからない鳴き声のような音が一瞬途絶え、その直後。
「いいいいあああああああああああああああ!!」
その奇声と共に、沈船村村長の屋敷の東、元々の塀を宇羅の中から調達した資材で補強したバリケードが「爆破」された。
力押し。呪術だの魔術だの以前の強引極まる、「彼」の職業に似つかわしくないその所業。
だけどある意味彼らしい方法。神に仕え神に狂い、その為にあらゆる暴を振るう彼の、普段理知的な仮面の裏に隠された狂暴性がこれなんだろう。
「それにしても、ねぇ、あの人やり方も無茶だけど、完全に理性無くしてるにしてはここまで早すぎない!?」
「普通は触ろうともしないはずなんですよ、あんなやけくそ気味の壁なんて! 本能で最適な行動をとって私たちの居場所を嗅ぎつけたとしか!」
本能!? ラテールかあの人。
「普通はライオンとかで例えるもんじゃ・・・
その普通とはかけ離れた人間が、その穴から、家の中に入ってきた、ってああもう。
どうする、逃げるか? 彼女を連れて? でもそもそも今の彼の身体能力は、文字通り人を外れた域にある。そんなのから逃げられるの・・・
その逡巡を見透かしたのか。
「かけまくもかしこき・・・・」
瀕死の彼女が詠歌を唱えた。
同時に屋敷のあちこちから爆発音が聞こえた。これって元からあった防衛機構? 確かにこういう家にはあってもおかしくないけど。これ私たちも巻き込まれたりしないよね?
「宇羅。いざとなったら私と彼女を中に入れて」
「游理さんはともかく、その人を入れるのは出来れば避けたいんですけど」
「確かにひどいことされたけど」
「そうじゃないです。『海神の神子』の意思に関係なく、内に彼女が在るだけで、向こうへの穴を開けられるかもしれないんです」
向こう? よくわからない。
「なんかいろいろヤバい神様みたいなのがわちゃわちゃしてるとか、そういう空間だと思ってください。下手したらそれが家の中に逆流して来ます」
「それは嫌だな。人の家に!」
ただでさえこの同居人のせいで人外魔境一歩手前なのに、異界度をこれ以上上げたら住めなくなる。そうなったらどこで暮らせばいいんだよ。
「いあ!」
その時、再び彼の声が聞こえた。
そのまま近づいて来る。爆発や他の罠も起動しているはずなのに。
間違いない、あの人は機構が発動する前に疾走して通り抜けて来てるんだ。
「本当に獣ですね、信仰の力、恐ろしいです」
それにしてもあの人の場合は度が過ぎてる・・・・もう。
「いいかげんにしてくださいよ、園村さん!」
私は同僚だったはずの人の名前を叫んだ。
「があいあああ!」
それに対する返答は咆哮。
ああ、もうこんな村に来るんじゃなかった。
「所長が安請け合いするから」
「だから、事前にもっと調べておくべきだったんですよ、游理さん」
「だって沈船村って、ごくありふれた所だって思ってたから!」




