裏
数十分前
「なるほど、狗神とはね」
わたしの報告を聞いた「祓い所」の所長はそうこぼした。
「『犬の意の杜』なるほどこじつけめいてるが、そう言えば当てはまらないこともない、そういうのが一番大事だから」
人がいるから祟りがある。
人が認識するから祟りがある。
それがこの世界のルールだと。
「まあ君相手に下手なことを言うのは、釈迦に説法する以上に滑稽だしね、宇羅さん」
そう言って、話を終わらせようとする所長を。
「あなたの場合はそうじゃないでしょう」
わたしは逃がさなかった。
わたしは逃げられなかった。
「お久しぶりです、裏内表様。33年ぶりですか?」
《《目の前の小学生にしか見えない少女》》の名前を口にする。
そんな子供が所長と呼ばれている異常すら感じないのだから、職場の誰も彼女の本名を知らないなんて、些末なことだろう。
「乾森学園に游理さんを襲わせるために使ったのは、《《本》》ですよね」
本。《《報告書を作成するのにわざわざ持ち出してきた本》》。
ちょうど《《どこかの学校》》に置いてあるような・・・
「触覚っていうんですか、それをわたしの中に持ち込ませる。全てあなたが計画したことでしょう」
所長は。
裏内表は笑っていた。
游理さんはコレの笑顔が怖いなんて思っていたそうだが、そんなもんじゃない。
《《こんな悍ましいもの》》を怖がる程度で済んでいるのは彼女くらいだろう。
「…別に謝罪を求める気もないです、あなたがどんなに殊勝な態度を取っても、意味なんてないのはわかってますし」
見せかけの言葉をいくらでも吐ける代わりに、何を言っても心がない。
裏がない。
それが彼女。
裏内表。
「でもまあ、なんでこんなことをしたのか、その理由をきっちりしとかないといけないんで。游理さんのためにも」
「《《さあ、なんとなく》》」
即答だった。
「ちょうどキミを作ったのと同じ理由じゃないかな、表がしたのは」
どこまでも他人事のように自分の企みを語る。騙る。
「庚さんがこっちで住む家を探していると聞いて、キミのことを思い出したのさ」
初めから全て計画していたわけじゃない。
たまたま昔作った作品の中に、自分の知り合いが関わったと聞いただけ。
「まだ怨霊屋敷に成り果ててなかったというから、刺激を与えて成長させてやろう」
成長要因。
藪蛇気質。
庚游理の力は成長。
「それで33年ほど忘れていたことの埋め合わせにしようと思ってね」
あっさりと、
わたしがあれほど喰らって苦しんでいた年月をその一言で片づけた。
「言っておくけどキミや庚さんを害するつもりはなかったよ? あのままだったら裏内屋敷は怨霊に成り果てたろうし、庚游理も気付いていないだけで限界だった」
厄神。
彼女が言った言葉通りの存在に、あと数日の内に游理は変わる運命だった。
「これまではそれなりの神もどきやら怨霊やらで宥めてたんだけどね」
―無茶苦茶な大物ばかり引き当てる。
引き当てたのは游理自身。釣り場に誘導したのは。
「まあこうして無事にふたりとも生き残って、おまけにキミもここに入ってくれた。結果的には万々歳だろ?」
「最後にもうひとつ、いいですか?」
「何?」
「なんであなたは『裏内屋敷』を、わたしを作ったんですか」
これ以上会話をしていたらわたしが持たない、頭の中で鳴り響く警告に耐えつつ、問いかけた、それに。
「《《忘れた》》」
裏内表は迷うことなく即答した。
「今さら失望も怒りも感じません。あなたがそういう種類の人間ってことはわかりきったことですし」
ただ。
「今度『わたしたち』に余計な真似をしたら、骨の髄まで怨み尽くしますよ、《《母様》》」
「そう、私の娘にそんなに大切に思われているなんて、游理くんは幸せ者だね」
裏内表。
外見や内面以上に本質がズレている人間は、
人外の啖呵にそんなズレた答えを返した。




