ロマンチックに逃走
「走って!」
「待って、ねえ!」
巨大な蛾の羽ばたきによって巻き起こされた突風に飛ばされそうになるのを
宇羅に支えられて何とかその場に留まる。
鉄とコンクリートの一軒家分の重さを戻した状態で、彼女は地面に立ち、鉄の槍を構える。
「それで勝てるの!?」
「わかりませんよ、でもやるしかないです」
投擲した槍は、蛾の身体に届くことなく羽で弾かれた。
「だったら」
次弾。コンクリートの塊を「投石」する宇羅。
今度は阻まれないほどの質量の弾だが、しかし。
「アアアアアアアアゥゥゥゥゥゥー!!」
「っつ!? 耳キッツ!」
蛾の口から怪音が放たれると同時にそこから射出された「杭」
先ほど苦しめられたそれが、縫い留めるように巨石を迎撃する。
勢いを殺された弾丸は標的にかすることなく地面に落下した。
そして残りがこちらにー!
「『南壁!』」
寸前で先と同じく壁で守るーが。
「宇羅!」
「!? がっ…」
貫通した。
防壁を貫いて私を穿つ杭を、
裏内宇羅は背中で受け止めた。
「宇羅…さっきは防げたのに、なんで…」
「本領発揮、ってことらしいです。やっぱり格の違いを思い知らされた感じです」
悔しいな。
そう言って血を吐きながらも、宇羅は防壁を解かない。
心臓を、屋敷の主を護る防御を崩さない。
「…ごめんなさい、游理さん。さっき嘘を言いました」
「喋らないで! くそ、止血、いや下手に動かしたら…」
「聞いてください、庚游理」
初めて、
宇羅は私の目を正面から見据えた。
「人間が幽霊屋敷の心臓になるには契約が必要なんです」
「契約?」
「心臓を持たない幽霊屋敷は、ただの幽霊とただの屋敷」
それはあまりにありふれていて、弱いから。
「あのままだと、あなたもわたしも取り込まれることすらなく、乾森学園に縊り殺されていたことは話しましたよね」
「だから首ボキンで強引についてきたって」
「演出というか、強引にでもこちらに共鳴させて…ラジオを叩いて電波をキャッチするような感じで」
そんな技術はない。
「今あなたは半分程度、まだ完全にわたしの心臓には成りきっていません」
儀式の前倒し。
どんな遠大な計画でも強引に開始すれば綻ぶ。
「先ほどわたしたちは運命共同体みたいな話をしましたが、実際にはまだそこまで進んでいません」
だから、あなただけでも助かるかもしれない、と。
命を喰らう幽霊屋敷は告げた。
「リンクが完全でない以上私が乾森学園に取り込まれて消滅しても、游理さんは弾き飛ばされる可能性はあります。あなただけでも生き残ることができるんです」
リンクが完全でない。
「じゃあ、もし私が本物の心臓になれば、裏内屋敷は完全な幽霊屋敷になるんだな」
「…はい」
「それだけじゃないだろ?」
「………」
沈黙は肯定。
やめてよ、そんな弱った顔をしないで。
私はそういう顔に弱いんだから。
ならもう少しよけいなことを言っておかないと。
「そんな両者の合意なんて邪道。むしろ心臓となる人間を喰らって、意思も思考も奪うのが本当の幽霊屋敷なんでしょ」
「………はい」
なおも上空をふらふらと移動する巨大な蛾は杭を撃ち続け、確実にこちらの防御を穿ち削っている。
その轟音を背景に、私たちは話し続ける。
「なら、なんで」
庚游理は問いかけた。
「嫌だったからです」
裏内宇羅は答えた。
「顔も知らない誰かの怨みを、無念を、怨嗟が消えていくことを許さなかった庚游理」
幽霊屋敷がその住民をいくら見ようとも、その心は理解できない。
でも、もし。
ただの人間のように相手を見て、ただの人間のようにその心を想ったなら。
「そんな素敵な人を、ただの傀儡に貶める、そんな三流心霊スポットになれる訳ないじゃないですか」
絶え間ない砲撃で壁の一角が崩れたその時に。
人を喰らう幽霊屋敷は
人の怨みを忘れない祓い師に微笑んだ。




