杭打つ者
教室の中央。
そこに影が居た。
男なのか女なのか、生徒なのか教師なのか。
黒ずんだ血に染まった服を着ている
その顔は
「波打ってる、って言うの、あれ?」
絶えず明滅するように顔が切り替わっているそいつこそが、この空間の主だとはっきり認識しながら、私は傍らの宇羅に確認する。
「『乾森学園大量怪死事件』を引き起こした祟りに当初名前はありませんでした」
人を祟り殺すのは人ではないから。
「しかし凄惨な事件の原因が祟りなどと言われても、顔がなければ怨めません」
だったら、
作り出せばいい。
「そして人々の間ではある噂がささやかれました」
床も壁も血で染まってるのは同じだが、この教室は他と決定的に違っていた。
杭
数十、数百。大きさも長さもバラバラだったが、見てすぐにそれが杭だとわかった。
それほどまでに殺意があった。
それは人を殺めるためだけの物だった。
自分の身体を作る鉄筋を、先ほどのようにそれを単純に投げるのではなく形を組み替えつつ語る宇羅。
「犯人は3年3組の誰かを祟った怨霊だと」
論理にも直感にも反するそんな仮説、理不尽な災厄の原因を求めるその願いによって生まれたのがー
「『3年3組の杭打ち』、3年3組の33名の生徒の中に潜む犯人という形をとって現出したあれこそ、
幽霊屋敷『乾森学園』の心臓たる存在の核です」
「杭打ち」
杭を撃って、殺す怨霊。
その言葉が合図のように
杭打ちは私たちの方に突撃してきた。
「…『西柱』!」
宇羅が右手に生成した「槍」-単にぶつけるのではなく、明確に相手を傷つける形状の武器ーをカウンターで繰り出す。
ほぼ予備動作もなく、文字通り「手から生えてきた」それが殺意の具現化の胸を貫く寸前に、
「まあ、そう簡単にはいかないですよね」
そして裏内宇羅の胸に「杭」が突き刺さった。
「は?」
杭。
宇羅が持つ鉄槍とは異なる単純な形状の杭が発射されていた、でもそんな動作は見えなかった、相手は腕を動かしてすらいなかったのに。
そして異変はそれで終わらない。
「…がはっ」
血が出ない。
突き刺さった傷口から出血しない。
「乾燥、ですね。《《刺さった相手から水分を奪う杭》》。それがこいつの武器ってことですか」
ガタ!
宇羅は乾いて崩れかれた石くれを出して、乱暴に投げ捨てた。
突き刺さった個所を切除して、それ以上被害が広がるのを防いだってこと?
でもそんな文字通り身を削る戦い方なんて。
「大丈夫です、游理さん、あなたとわたしなら、こうしてまだ戦える」
再び投擲された杭を躱し、一歩踏み込んだ宇羅が、鉄槍を突き出す。
それを、
横から飛んできたなんの変哲もない椅子が阻んだ。
「宇羅!」
横腹に叩きつけられた。それでも宇羅は姿勢を崩すことなく、槍を構える。
わかっていたとはいえ、この子も十分人間離れした身体能力だ…
「ポルターガイスト、なんて大仰なものじゃなくて、ただ指を振った程度の動作ですか」
幽霊屋敷の心臓、屋敷の核。ならこの校舎にある椅子や机、鉛筆1本に至るまで、全て自分の手足も同然。
特にこの教室に刺さった数百の杭はこいつそのもの。
自分を投げるのに動作なんていらないんだ。
「ちょ、大丈夫なの! 思いっきりやられてる!」
援護すべきとわかっていた、しかしダメだ。
目前で展開された数合の打ち合いを見て、思い知らされた。
まともな人間はこいつらに勝てない。
園村先輩や実家の連中でなければ一瞬で屠られる。
まして私程度のレベルの人間がここにいてもできることなんて。
「何ヘタレているんですか、庚游理」
「えっ」
杭を引き抜くこともせず、杭打ち、怨霊を見据えながら、
裏内宇羅は庚游理に語り掛けた。
「本当ならわたしもあなたもここに取り込まれた時点で校舎に『消化』されて、魂も残らずロッカーの中の上履きにでも変えられていたんですよ」
鉄の槍を構える。
「そうならなかったのは、あなたがいたからです、あなたがわたしを見つけたから!」
あの教室で私がこいつのことを思い出したから。
「『わたしたち』はこいつ、333名の命を喰らった祟りと戦って、抗うことができる!」
なおも襲い掛かる数百の杭を槍で弾き、壁を出して防ぎながら、初めて感情のこもった声をあげて、幽霊屋敷は自分の心臓を叱咤激励し続ける。
「だからあなたの戦ってください、庚游理! あなたの力がここにあるなら!」
「わかった」
スプレーを構える。いかにもへっぴり腰だが関係ない。
ただ私はいつも通り、仕事をするだけだ。
「年下に頼られちゃ、無茶しないと安眠できないよね」
だったら。
亜江島祓い所所属、庚游理
一切をかき乱し、一切を祓う!




