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第2話 厄介事

「マジで人間が入ってやがった……」


「だから言ったろう? ブラウン、このトランクを受け取ってからどれくらい経つ?」


「……1週間ぐらいだ」


「ってことは1週間はこいつは飲まず食わずだったってわけか」



 目の前の光景が信じられないといった様子で頭を抱えるブラウンとは対照的にウィリアムはひどく冷静だった。ツタに包まれたその奇妙な少女の元へ臆することなく近付いていく。


 そのウィリアムの怖いもの知らずの行動にブラウンは焦りを見せる。



「よせ、ウィリアム。そのガキ普通じゃないぞ!」


「だとしても、こいつは運ばなきゃならん荷物なんだろう? 眠ってるだけのこいつにビビってるようじゃあこの先警備なんてとてもじゃないができねえよ」


「……お前の言う通りだな」



 人間、しかも子供を運んでいたという事実に面食らったブラウンだったが、どんな理由があるにせよこの少女は運ばなければならない荷物であることには変わらない。


 この少女は依頼人から預かった大事な商品だ。依頼人の説明がなかったとはいえ運んでいる最中の破損は運び屋の責任になってしまう。理不尽な話だが、この街で生きていくというのはそういうことなのだ。


 ブラウンは荷物である少女の状態を確認するため気持ちを切り替えてウィリアムのあとに続いて少女のもとへと近付いた。


 2人はその少女に近付いてその容姿ををしっかりと認識する。その少女は肌もさることながら髪色まで真っ白な不思議な姿をしていた。服装は病院服のようなものを着せられており、着飾った装飾は何一つない。全裸ではないものの、服装一つからまるでただの荷物のような扱いを受けている印象を受けた。



「見た目は普通のガキだな。アルビノってだけならただの少女趣味の変態野郎向けの商品ってことだろうが……」


「まあ、普通じゃねえのは分かってることだ」



 そう言って、ウィリアムは少女を覆うツタに手を伸ばした。ランチャーの衝撃にすら耐えるトランクケースを内側からぶち破ったツタだ。ウィリアムは覚悟を決めて慎重に触れた。


 感触はよくガーデニングされた庭に植わった瑞々しい植物のそれ。水も土も光もないはずの空間でこれほどの植物が育つことは有り得ない。それに、ウィリアムとブラウンの目にはこの植物が急激に成長してトランクケースを突き破ったように思えた。



「このガキもしかして、≪カースホルダー≫か?」


「かもな」



 ≪カースホルダー≫とは、この世界に稀に生まれる呪い(カース)をその身に宿した人間のことである。呪いをその身に宿した人間は、生まれたころから超自然的な現象を起こすことができるまさに呪われた存在。


 この少女も植物に関する呪いを持っているのではないか、とブラウンは予想した。それにウィリアムは同意を示しつつ少女の周囲にあるツタを払いのける。その時に呼吸と脈を確認したが正常そのものだった。



「呼吸、脈ともに異常はない。ブラウン、よかったな」


「あぁ、荷物が無事なら依頼人に事情を説明すれば中身を知ってしまった程度は許してくれるはずだ。マジでよかったぁ……」



 心底安心したような表情をするブラウンを横目にウィリアムは少女を抱きかかえた。1週間以上も飲まず食わずのはずの少女の体はしっかりと重く健康状態もいい。



───そこまで力を込めたつもりはないんだが



 とりあえずどこかへ運ぼう、とウィリアムがブラウンに声をかけようとしたとき。大きな破砕音とともに建物が大きく揺れた。



「なんだ?」



 先ほどから驚きっぱなしのブラウンだったが、彼の緊急時の冷静さと状況判断能力はウィリアムも一目を置いている。いま起きた音が普通ではないと気が付き2人は警戒心をあらわにした。


 大きな破砕音がしてすぐに2人がいる部屋の扉が開かれる。現れたのはウィリアムを案内した受付嬢だ。焦ったような表情で2人を見ると、彼女は息を切らせながら口を開いた。

 


「代表、正面から襲撃者です! ホバークラフトは破壊され現在は我々の戦闘部隊とウィードたちが交戦している状態です!!!」


「くそっ、足を壊されたか……数は!?」


「1人です!!!」



 それを聞いてブラウンはウィリアムと視線を交わす。それだけで互いの考えを理解できる程度には二人の付き合いは長いし互いの能力を信用している。


 ウィリアムは抱えていた少女をソファへと寝かせているあいだにブラウンが受付嬢に指示を出す。



「君はここでこの子を見ていてくれ。俺はウィリアムとともに敵を迎撃してくる」


「りょ、りょうかいです」



 受付嬢は少女の存在が気になったが、聞くことは無かった。自分が受け持っている仕事以上のことはやらないし知ろうとはしない。それも、この街で生きていくのには必要な知恵だ。


 ウィリアムとブラウンはすぐさま襲撃者のもとへと向かった。戦闘音が聞こえてくるので襲撃者がどこにいるのかはすぐに分かる。どうやら建物の外で戦闘をしているようだ。



「ウィリアム、襲撃者は本当に1人だと思うか?」


「さあな。前もそうだったからといって今回もそうとは限らない。伏兵がいる可能性は十分にあるだろう」


「それならちょっとばかし賭けになるな」


「これぐらいの博打は今までもあっただろう?」


「だな」



 ホバークラフトが破壊されたいま、ブラウンが事前に考えていた作戦は使えない。襲撃者が1人であるならば、戦力が集まっているいま叩くのが最適解だ。いまここで厄介な襲撃者を倒すことができればこのあと少女を安全に運べる確率がグッと高くなる。


 だが、受付嬢が確認していないだけで襲撃者が複数いるならば一人を相手している間に別の襲撃者に少女が奪われてしまう可能性が高くなる。いま、そんなハイリスクハイリターンの賭けを2人は強いられているのだ。


 ブラウンにとっては進退がかかった大事な仕事であるのだが、そういう仕事に限って博打をしなければならないものだということをブラウンもウィリアムも経験から理解していた。


 2人が外へ向かうと、そこでは異様な光景が広がっていた。ホバークラフトから燃え上がる炎で周囲が照らされたことで繰り広げられている戦闘、否。一方的な蹂躙を見ることができた。



「3人一組で互いをカバーするんだ!!!」



 ウィードやスプーキー・ドッグの構成員たちは3人一組となって互いの死角をカバーして射線を広げるように動く。戦闘のプロである彼らはセオリー通りに展開していくが、彼らに近付く黒い影にはまったく意味をなしていなかった。


 異常なまでのスピードで銃を持つ彼らの懐に入り込み、素手でパワードスーツの上から殴る。たったそれだけで彼らは大きく吹き飛ばされて動かくなってしまう。それを目にも止まらない速度で3回繰り返すだけで、あっという間に3人も戦闘不能になった。


 その光景を見て圧倒されたウィードの1人に、またも襲撃者の影が這いよる。こぶしが振りかぶられてまたも負傷者が生み出されるその直前、襲撃者のこぶしはウィードへと当たる前に六角形の障壁が展開された。



「……ッ!?」



 襲撃者のこぶしは障壁に阻まれることになった。しかし、そのこぶしの威力は絶大で障壁は粉々に砕けてしまう。


 もう一度、殴りかかれればウィードはそのまま殴り飛ばされてしまうだろう。しかし、その隙を与える暇もなく襲撃者を熊のような体格の男が殴り飛ばす。


 襲撃者はそのこぶしを間一髪腕を差し込むことでガードすることに成功し、ダメージを受けた様子はない。その腕から白い煙が立ち昇らせる襲撃者は自分を殴った下手人に視線を向ける。



「おいおい、マジか。俺のこぶしをもあっさりと」



 襲撃者を殴り飛ばした熊のような男、ブラウンは自慢のスキンヘッドから冷や汗を流した。スプーキー・ドッグを作る前はウィードとして名をはせていたブラウンのこぶしはパワードスーツなしで象や熊などの大型生物を一撃で屠るほどの威力だ。


 それを襲撃者は軽くあっさりと受け止めたのだから冷や汗を流して当然だ。そして、冷や汗をかいていたのはブラウンだけではなかった。



「防御魔術には自信あったんだがなぁ……」



 ブラウンの後方で、ウィリアムがぼそりと呟く。先ほどウィードを守るように展開された障壁はウィリアムの魔術によるものだった。ランチャーや大砲を受け止めるほどの硬さはないものの、決して素手で破ることのできるものではない。


 ゆえにウィリアムは、襲撃者がパワードスーツを着込んでいるのではないかと考えた。



「……魔術師」



 抑揚のない声で襲撃者が呟く。それは低く色気を感じる女の声だった。女の声がウィリアムとブラウンの耳に届いたと同時に襲撃者の背後にあったホバークラフトが爆発して、襲撃者を照らす。


 襲撃者は美しすぎる女だった。体のラインが分かるほどぴっちりとした黒いボディースーツからは男を引き寄せるほどの豊満な体つきが分かる。


 それでいて、無駄な肉が一切ついておらずまるで標本が動いているかのような完璧な肉体だった。爆風で揺れる黒く色気を感じる髪は月明りを反射させ、切れ長の目や薄く綺麗なピンク色の唇など全てのパーツが完璧な顔は形容できないほど美しい。


 気品すら感じる彼女に酒場であったなら絶対に声をかけるな、とウィリアムは思ったが。いまはそんなことを言っている場合ではない。エロスの塊みたいな目の前の女のとんでもない事実に気が付き、ウィリアムは「やべえ」と声を漏らした。



「ブラウン、あいつ生身だ。パワードスーツどころかたぶん義体化すらしてねえ」


「嘘だろ!?」



 信じられないといった表情でブラウンはウィリアムへ振り返った。その隙をつくように女はこぶしを振りかぶってブラウンに接近する。ぎちぎちと肉の軋む音が聞こえそうなほど絞られた女の筋肉が、女の込めた力を表していた。


 そんな莫大な力を込められたこぶしが、よそ見をしたブラウンに振り下ろされる。咄嗟にブラウンは腕でガードをして、ウィリアムはブラウンの前に障壁を張った。


 しかし、女の攻撃を防ぐことはできず障壁は破壊されてブラウンはガードの上からこぶしを受けることになった。あまりの衝撃にブラウンはウィリアムのいるところまで殴り飛ばされる。


 ブラウンはなんとか意識を保つが、膝をつかなければならないほどのダメージを受けてしまう。ウィリアムの魔術による障壁と自身のガードを重ねた関わらず大きなダメージを受けたことにブラウンは驚愕する。



「これで生身って信じられん。こいつもカースホルダーか?」


「可能性はある。どちらにせよ、俺たちの手に余る化物だぞ。ブラウン、あんなのに狙われるなんてお前の日頃の行いとやらが悪いんじゃねえのか?」


「何を今さら。俺たちがクズ野郎なのは俺たち自身が一番わかってるだろ?」


「たしかに」


「だが、それでも死にたくねえと思っちまうんだから救いようがない。ウィリアム、ここは俺たちが足止めするからあの荷物をここから持ち出してくれ」


「……いいのか、俺なんかに任せて」



 スプーキー・ドッグにはあの少女を絶対に送り届けなければならない事情があることをウィリアムは理解していた。何度も仕事をともにしてきたとはいえ、同じ組織にいるわけでもないフリーの何でも屋にそんな大事なものを託していいのか、とウィリアムはブラウンに問うた。



「これも警備の仕事の一環だ。特別手当は出すから早く行け。あと、あの荷物は絶対にがめるなよよ! あとで返してもらうからな!」


「あんな面倒が服着たようなガキ誰がいるか。あとで絶対に取りに来い……最後に置き土産だ」



 ウィリアムは最後に魔術を同時に4つ行使した。ウィリアムの扱う魔術の効果は一部を除けば、一流と呼ばれる魔術師には及ばない。しかし、常人には不可能な最大6つの同時魔術行使を行うことができる。


 そして、いまウィリアムが行使したのは一流の魔術師すら超える練度の得意魔術。


 倒れたものも含めたその場にいる全てのウィードやスプーキー・ドッグの戦闘員たち。そして、膝をついていたブラウンの体に4色の淡い光が灯った。その光景に襲撃者である女は驚き、警戒したように周囲を見渡し始める。


 肉体の治癒・筋力向上・俊敏性向上・耐久力向上。これらがウィリアムが行使した魔術だ。



「これならあの化物相手でもやれるかもしれん」



 そう言って、ブラウンが立ち上がる。その姿からはダメージを受けた様子は見られない。事実、ブラウンが受けたダメージのほとんどは消えてなくなっていた。ブラウンが何事もなかったように立ち上がったことに、襲撃者である女はひどく驚いたような顔をした。



「あとは頼んだぞ!」



 魔術をかけ終わったことを確認したウィリアムは、少女をここから連れ出すために走り出した。女はウィリアムを警戒すべき対象だと認識して、その背中を叩くべく地面を蹴った。彼女は初速の時点で常人の目には捕らえられないほどのスピードを叩きだす。


 人外の域にある暴力的なまでの速度で、女はここまでの戦闘を圧倒していた彼女だったが、自分の眼前に太い腕が立ちはだかったことで自身のスピードの威力を初めてその体で味わうことになる。



「うおぉりゃあああああ───ッ!!!!」



 ブラウンが獣のように叫んで超スピードで突っ込んでくる女へとカウンター気味にラリアットを喰らわせる。油断をしていた女は、咄嗟に腕を差し込んだもののブラウンの打撃をもろに喰らってしまい、大きく吹き飛ばされた。


 カウンターの強みとは、自分の攻撃力に加えて相手の攻撃力も加算されることである。ゆえに女は自身の超スピードから生まれる攻撃力を自分の体で受けるは羽目になったのだ。


 さすがの女にもダメージがあったようで、鼻の奥を切ってタラりと鼻血を流した。



「いまのでようやく鼻血を出す程度かよ。トラックだって真っ二つにできる威力だと思うんだがな」



 ブラウンは悔しそうにつぶやくものの、その顔は笑みが浮かんでいた。女はブラウンの笑みの理由に気が付き急いで周囲を見渡した。



「女ぁ、よくもやってくれたな」



 ウィリアムの魔術によって傷の癒えたウィードやスプーキー・ドッグの構成員たちが立ち上がる。その瞳には激しい闘志がたぎっていた。女の圧倒的な力を前に怯えていた彼らだったが、ブラウンの一撃が女にダメージを与えたことで「倒せるかも」という希望をその胸に抱いた。


 そうなれば、蹂躙された恨みとあわさりとてつもないほどの闘志として蘇るのは必然だ。彼らが持っていた銃の照準が一斉に女へと向けられる。




「第二ラウンドと行こうかぁあああ!!!」


「うぉおおおおおおおおおおおお───!!!!!!」



 ブラウンの雄叫びで広がる闘志の輪に女は小さく舌打ちをした。


 ただでさえ騒がしいこの街で、今宵。途切れることのない発砲音と目が焼けるほどの閃光が飛び散り続けた。

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