テスト
「……私なんで生きているんだろう」
ブランコに座りながら涙ひとつ。足元には月明かりが、今の私を揺らして映らせている。
一粒の涙から二つ、三つ。やがて水滴から小さな水路となって、足元に水紋を作っていく。我慢できなくなり嗚咽が漏れ、誰もいない空間に噛み殺した声が反響する。
どうしてこんな悲しい気持ちになってしまったのか。本当に今日は散々な日だった。会社で上司のミスを私に押し付けられ、終電の時間を過ぎても会社から出られなかった。社内に響き渡るぐらいの怒号を目の前で聞かされた後にその分の仕事を追加で課せられ、明日までに終わらせろと大量の紙束で溢れてしまった。その時、視界がだんだん暗くなっていくのを感じられた。しかも当の上司は手伝うことなく「俺、今日女の子と会ってくるんだ〜」と定時で上がってしまった。
お前しかいないんだから電気をつけるなと言われ、暗い社内で一人寂しくパソコンと見つめ合う私。キーボードのタイピング音だけがリズム良く刻まれていく。
なんで私がやるの?
なんで私だけ?
押し付けやすいから?
私が何も言わないから?
タイピングと共に頭の中での思考が反芻する。そして加速していく。
どうしてこんなことしなくちゃいけないの?
どうして上司は何もしなくていいの?
どうして私だけ怒られなきゃいけないの?
どうして誰も助けてくれないの?
どうして どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして
どうしてなの?
もしかして私って要らない子?
……もういいや。もうこんな世界になんていたくない。ここは私がいる世界じゃないんだ。本来ならもっと楽しいところにいるはず。猫耳が生えてて頭に猫乗せて、周りのみんなはとても優しくて私が困っているとすぐに助けてくれる。一緒に手伝ってくれる。そんな世界に生まれるべきだったんだ。
それが神様のいたずらかな? 上司にいじめられ、同期の人たちからは好奇の目に晒され、家では一人ぼっち。誰もいない……本当に私は生まれる世界を間違えた。こうなったらあの世界に行くために飛ばなきゃ。ここから飛んで幸せを掴まなきゃ。
決心し、飛ぶために必要なことを考えてた。残業を終わらせ、終電はもう行ってしまったので会社の外を歩く。ひんやりした空気。遠くにはぼんやりと空の明かり。暗闇にあるわずかな光…あの光は多分家の明かりが集まったもの。今の私と正反対、でも大丈夫。もうすぐでこんな世界とはお別れなんだもん。
自然と浮く足。今なら本当に飛べるかもしれない。軽くステップを踏みながら道を進む。
「なんかちょっと楽しくなってきたかも……死ぬ直前なのにね」
自分で呟いて少し悲しくなる。独りが楽しいって私はどこか壊れているのかもしれない……いつからこんなことを思うようになったのだろう。会社に入った時から? ううん、もっと前からだった気がする。
「何か別のこと考えなきゃ」
思考を中断し辺りを見回す。
「公園? この周辺の子供のために……?」
左側に見える小さな空間。近年遊具の規制が進んでいる影響なのか、公園の地面はそれなりにボコボコになっており、遊具といえるのはブランコ一つしかない。そのブランコには錆が所々にあり、子供が思いっきりこいだら壊れてしまいそうな見た目である。座る椅子のような板っぽいものの下には水たまりがあった。深夜だからなのか寂れた空気が漂っており、どこかシナジーを感じる。引き込まれるように公園内に入っていく。
「はぁ……ちょっとだけ座ってみようかな」
仕事終わりで疲れていたのかもしれない。休憩するつもりでブランコに座る。下の水たまりに足を突っ込まないように気をつけ……なんで私今更靴のことなんて気にしてるの? 確かにこのハイヒールはそれなりにお高いものだし、社会人として靴はいい値段のを、そしてきちんと手入れをしなくてはいけないと刷り込まれている。お金いっぱい使ったから? もうそんなことも関係ないのにどうして……自己嫌悪に陥る。私ってもう社会の歯車としての価値しかないんかな……いや会社で上手くやっていけないから価値すらないんだ。それなら私ってなんのために生きているの……再び加速する思考。
もういっぱい。
もういいよね。
もう生きるの諦めたって誰も怒らないよね。
てか私がいなくなっても何も問題ないよね。
消えた私の席にはまた新しい人が座って
時間は何事もなかったかのように進んでいく。
だから、私は死んだっていいよね。
でも、価値がないのなら今まで私のしてきたことはなんだったの?
誰にでもできることだったの?
なんで私は生まれてきたの?
なんで私はここにいるの?
なんのために……
「……私なんで生きているんだろう」
涙が止まらない。顔を下に向けながら嗚咽が出る。死にたい。早く、今すぐにでもこの世界から消えたい。それしか道がない。私にできるのは空高くへ飛ぶこと……
「お姉さん、何してるの? 痛いの?」
突如声がかかった。前を向くと女の子が座っていた。