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ポゥ様   作者: 後藤章倫
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ポゥ様 ⑥ 梟

 商店街を抜けると通りに出る。通りは銀杏並木になっていて、その銀杏の落ち葉は歩道を黄土色に変えていた。近頃は夕方五時を境にして急激に夜へ突入するようになっていた。

 もう、冬と言っても差し支えない季節に、老婆は老婆を辞めていた。小型犬を一匹抱えて商店街を歩いても、それがあの老婆だと気付く者は居なかった。背筋を伸ばし、メイクを施し、ストレートの黒髪は肩のあたりで揺れていた。決して若くはないけど、四十代後半とは思えないくらい綺麗だった。


 午前中の商店街で元老婆の女は北島酒屋の自販機でワンカップの日本酒を数本買っていた。店の中から足音がすると金具を外す音と共にシャッターが上がり、富雄が顔を出した。富雄は元老婆の女と目が合い驚いた。

「咲江さん?」

富雄の問いかけに元老婆の女は軽く会釈をした。

「はい」

そう小さく答えてから通りの方へ歩いて行った。富雄は暫く咲江の後ろ姿を見ていた。

「どうしたの?」

美保の声がして我に返り、ようやく開店準備を再開した。郁男は手押し車の老婆が、出て行った咲江だと言っていたけど、あの老婆と今ここに居た咲江が同一人物だとは到底思えなかった。


 結局ポゥ様の亡骸は見つからなかった。咲江はあの頃のように酒に溺れていた。ほぼ一日中酒を飲んでは泥酔して気を失い、目が覚めるとまた酒を煽った。

 咲江が暮らすアパートでは入居者が各々月末になると、大家宅へ直接家賃を支払いに行くという昔ながらの形をとっている。そうすることで入居者とのコミュニケーションがとれる。各部屋への苦情なんかも大家というフィルターを通す事で円滑に伝えることが出来た。また時には、大家宅へ届いた御中元、御歳暮なんかの頂き物をおすそ分けされる事もあった。

 十二月に入って五日が過ぎていた。深田咲江は毎月きちんと月末に払いに来ていたのに月が変わってもまだ姿を現さない。翌日、大家の田辺夫妻は揃って深田咲江の部屋へ足を運んだ。

「おはようございます。深田さん、田辺です。深田さん」

ノックをしながら呼んでみても反応はない。もう一度繰り返してみたけど同じだった。田辺夫妻は一旦帰ることにした。一時間後に再び訪れてみたけど一緒だった。特に変わった事は無いような気がしたけど、何かが違っているような感じがあった。とりあえず二人は駅前の交番へと向かった。

 事情を話すと巡査長が対応してくれた。ショッピングセンターでの事件の事もあったから、巡査長は署へ連絡を取った。二十分後くらいに刑事が二人交番へやってきて、田辺夫妻と共にアパートへ急いだ。

「こんにちは深田さん、田辺です。深田さん居ますか?」

ノックと共に何度か呼びかけたけど反応は無い。

「では、お願いします」

刑事の一人が鍵を開けるように促す。

「開けますよ深田さん」

そう言って合鍵を鍵穴へ入れた時に扉の向こうで何かが動いた。

「深田さん?深田さん居ますか」

田辺氏は取手を回す前に、もう一度声をかけたが何もなかった。取手を回すと木製の扉がゆっくりと開いていき、直後にバサバサバサバサという鳥の羽ばたく音がして、黒い梟がいきなり飛び立っていった。田辺夫妻は二人共尻餅をつき、刑事二人も後退りした。四人は飛んでいく梟を目で追った。誰からともなく梟から部屋の中へ視線を移すと、奥の居間に人の気配がした。

「深田さん、深田さん」

田辺夫妻が急いで近付く。深田咲江らしきものは、ちゃぶ台に覆い被さっていた。

「刑事さん」

田辺婦人が刑事を呼び入れる。刑事の一人が脈をとってみたけど無駄だった。辺り一面に酒の空き瓶や缶が散乱していて、ちゃぶ台も酒で濡れていた。

 合掌していた刑事が遺体を確認して不思議なことを言った。

「この部屋の住人の人ですか?」

田辺夫妻は刑事が何の事を言っているのかピンとこないでいた。

「お婆ちゃんじゃないですよね?」

そう言われて顔を覗き込むと老婆ではなかったけど、自分達の知る深田咲江さんで間違いなかった。何とも変な空気が部屋を淀ませていた。深田咲江は綺麗な死に顔だった。


 南野第二公園の入り口には、石で出来た梟のモニュメントがある。だから通称フクロウ公園と呼ばれている。何か梟に由来するような事があった訳ではないらしい。

 良く晴れた日曜日、フクロウ公園には午前中から散歩する人たち、ジョギングで心地良い汗を流す者、子供と一緒の家族連れやベンチで日向ぼっこをする老人なんかが各々の時間を過ごしている。近くのマンションに住む加藤よしみもベンチに腰掛けママ友と雑談していた。

「パート先の店長がキモいのよ。なんか言う時に、いちいち近くまで来て、言い終わると肩とか腰とかをチョンって触るのよ」

「なにそれ、セクハラになるんじゃない?で、その店長って若いの?イケメン?」

「イケメンじゃないからキモいんじゃない。若いけど、太っていて汗っかきで、ああ思い出しただけで嫌だ」

「それは嫌ね。あっそうだ、昨日の見た?ヤユッキーのブログ、ああいう事書いちゃ駄目よね」

「見た見た、わたしヤユッキー好きだったのに、アレはねぇ」

「それとアッ君、年長さんになったら習い事やらせる?」

「まだ早い気がするんだけど」

「そんな事ないって、昭典君なんかもう水泳と英会話行ってるんだって」

「えええ!だって昭典君って三歳になったばかりでしょ?」

そういう事を話しながら数メートル先の砂場で遊ぶ自分達の子供を眺めていた。そろそろ帰ってお昼の準備をしなくちゃと考えていたところに、息子の征一郎が一緒に遊んでいたアッ君と二人で何やら抱えながらこっちに向かって歩いてくる。

「ママぁ、コレ」

「あら、せいちゃん何?ぬいぐるみ?」

「ワンちゃんだよ」

そう言いながら一生懸命にアッ君と二人で運んできた。

 よしみは息を吞んだ。アッ君ママも声が出ない。

「せいちゃんダメ」

よしみが声をあげると、征一郎とアッ君は驚いてそれを落としてしまった。トスンという音と共に地面に落ちたそれは、赤いチャイナ服みたいなのを着ていた。

 その時、太陽の光を一瞬遮って鳥の羽ばたく音がして、一羽の黒い梟が降り立った。赤い目をしたその梟は小型犬の亡骸に向かって鳴いた。

「ポゥ」

すると横たわっていた小型犬の目が開いた。その場でそれを見ていた者たちは息を押し殺した。梟がもう一度鳴く。

「ポゥ」

公園の茂みがカサカサっとなって一匹の小型犬が走り寄ってきた。その犬も赤いチャイナ服みたいなのを着ていた。梟は更にもう一度鳴く。

「ポゥ」

横たわっていた小型犬はしっかりとした足で立ち上がり、走り寄ってきた犬と一緒に二匹並んで走っていった。

 梟はそれを見届けると空へ羽ばたいた。若い母親たちとその子供ら、たまたま近くにいた年配の夫婦が梟を目で追った。梟はどんどんと上昇していき太陽と重なると、見上げていた者たちは眩しさに一瞬目を閉じた。再び目を開けると、梟はまるで太陽に吸い込まれたかのように消えていた。


「ママ、ワンちゃん行っちゃったね」

征一郎の言葉に、そこに居た者たちは急激に現実に引き戻された。


 遠くで何かの鳴き声が聞こえた。


                           了

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