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ポゥ様   作者: 後藤章倫
3/6

ポゥ様 ③ 復讐

 駅前の喫茶店は最近よく見かける外資系のチェーン店だ。窓際に座っている女はこっちに駆けてくる子どもに気付いて手を振った。

 店の自動ドアが開き勢い良く飛び込んできた。直ぐに女のもとへ行き、ハアハアと肩で息をしていた。女は目を細めて息子に話しかけた。

「陽君、どうだった?」

「命中」

息子はそう言って右手にVサインを作った。そして運ばれてきたオレンジジュースを一気に飲み干した。

「そう、良かった。じゃこれでいいね」

女は母親の顔になっていた。

「もう、学校の帰りに商店街を通ったらダメよ」

 喫茶店を出ると大分日が西へ傾いていた。親子は手をつないで家路についた。


 猛行は見ていた。猛行は動けなかったから師範の意識だった。その時は師範の時間じゃなかったから、その意識はレオへと伝えられた。でもレオは眠ったままだったので仕方なく英二が行った。

 親子は駅の北口を歩いていた。英二は付かず離れずの程よい距離を保ちながら後をついていった。肉屋の前で女は何かを思い出したように子供から手を離して買い物をした。


 そこは老婆が暮らすアパートとは違い鉄筋コンクリート造りのマンションだった。オートロックになっていて、子どもは慣れた手つきで暗証番号を打っている。親子がエントランスへ入ると硝子のドアは再び閉じた。

 英二はここまでだと思い、学光と代わった。学光は色の調合をしている最中だったので一旦は断ったけど他に適任者は見つからず仕方なくマンションの前へ立った。

 ピザ屋の配達員が現れたのは五分後くらいだった。オートロックのインターフォンで会話をしている。会話が終わると硝子のドアが開いたので配達員のあとについてマンションへ入ることに成功した。

 エントランスへと入った学光は、このマンションを凝縮したようなポスト群を見つめていた。ひと通り部屋番号を追っていると誰かが言った。

「五〇二だよ」

それを聞いて学光はエレベーターに乗り込み五階へ上がった。

「ぎゃんって言ったんだよ」

「キャンじゃないの?」

「違うよ、ぎゃんだよ」

子どもと女は何だかモヤモヤが晴れたような爽快な感じだった。

「ああスッキリした」

子どもは心の底からそう言っているようだった。

「はい、これでおしまい。今日は煮込みハンバーグよ」

親子は自分達の中で勝手に事を終わらせていた。

「陽君、先にミンちゃんにご飯やって」

「カリカリのほう?」

「今日は缶詰のでいいわよ」

「わかった。ミンちゃんご飯だよ」

子どもが猫用の皿に缶詰を開けて出すと、毛の長い白い猫は皿の上にそれが乗った瞬間から貪りついた。学光は部屋の間取りを大体把握した。

「なるほどね、猫ちゃんが居るのね」


 治一郎は今日も朝方に帰って来た。駐車場の定位置に車を停め、岡本薬局の裏口から静かに部屋へ戻った。

「これで全員揃ったな」

テーブルの真ん中で師範が言った。

「レオは眠っているからしょうがない。それじゃ始める」

 師範の仕切りで話し合いが始まった。ルートを英二が説明し、学光は間取りや猫の事を話した。それを聞くと大まかな計画は全員が思い浮かべる事ができた。人選に入ると自ずと数人に絞られた。

「俺かレオか蓮司だな」

「師範は目立つから止めといた方がいいよ」

英二の意見に皆納得した。

「レオは行動時間が把握出来ないから、ここは蓮司だな」

師範がそう言うと香織が不安そうに呟いた。

「蓮司で大丈夫なの?」

するとそれに同調するように治一郎も、

「前みたいに暴れるんじゃないかな?」

それを聞いた英二が、

「あそこは蓮司じゃないと無理だと思うよ」

学光が頷いた。香織も治一郎も仕方ないという感じで納得して話し合いは終わった。

 朝、目を覚ました猛行は変な寝癖がついたまま北島酒屋へ向かった。自販機でいつものワンカップを買って、それを飲みながらフラフラと駅の方へ歩いて行った。

 駅の北口まで来ると駅前ロータリーのところにあるブロンズ製のベンチに腰かけてチビチビとワンカップを舐めた。

 蓮司はハッキリと顔がわからない。おぼろげなイメージだけしかないから猛行の目を通して学光が通勤通学の人々を見ていた。

「来た来た、アレわかる?あの制服の子、あの小学生がそう」

学光が教えると蓮司はその顔を記憶した。

「今ならあそこには女と猫しか居ないはずだから行く?」

学光が蓮司に促すと猛行はベンチから腰をあげた。暫く目を閉じて一言二言ブツブツ言ってから目を開けると、鋭い眼つきの蓮司がいて、足早にあのマンションを目指した。

 オートロックの解除は容易い事だった。蓮司はコンピューターに長けていた。女の顔は未だにはっきりとしないけど、部屋番号と間取りは分かっていたから問題は無かった。

 部屋の中からは掃除機をかける音がしていた。蓮司は女の気配を確認しながら猫の気を追った。猫を見つけると咄嗟に英二が出てきて猫を眠らせた。猫を抱いた蓮司は素早く玄関を目指したが、ここで掃除機の音が消えた。

「ミンちゃん、ミンちゃん」

女が猫を呼んでいた。蓮司は女に気を飛ばしてみると意識は薄かった。積極的に猫を探している感じではなかった。それを確認した蓮司は女と対極になるようにして部屋を移動した。もう少しで玄関というところで女の動きが変わるとまた遠ざかる。そんな動きを何度か繰り返して、ようやく部屋から出ることが出来た。部屋の中からは猫を呼ぶ女の声がしていた。

「おかしいわね、どこに居るのかしら」

そうは言ったもののそのうちに出てくるだろうと、掃除を終えてソファに座った。コーヒーを飲みながら何気にリモコンでテレビをつけると動物虐待の容疑で男が逮捕されたという報道の最中だった。

 街中や公園に劇薬入りの餌を撒き、それを食べた散歩中の飼い犬や野良猫、鳩などの動物を殺害したらしい。男は動物達がそれを食べ、苦しむ様を動画で撮影してインターネットへの投稿を繰り返していた。

 なんて酷いことを、そう思った時に数日前の自分の行動がオーバーラップしてきて複雑な気持ちになった。そして、さっきから見当たらないミンちゃんの事が急に心配になってきた。

「ミンちゃん、ねぇミンちゃんどこ?お願い出てきて、ミンちゃん、ミンちゃん」

どんなに呼んでも猫は出てこなかった。


 南野小学校の校門には、下校する児童を見送る教頭先生と、蛍光ピンクの派手な襷をかけた近所のボランティアのおばさんの姿があった。不審者に注意!という文字の立て看板も所々に設置されている。

 蓮司はその先の横断歩道に立っていた。ボランティアのおばさん達みたいなショッキングピンクの帽子とベストを身に着けていて背中のところには、こども110番!と書いてある。

「さようなら」

子供たちに声を掛けられながらあの子どもを捜していた。中々現れない子どもに苛々しながらも耐えていると、前から歩いてくる三人組の中に今朝覚えた顔を見つけた。

「サイナラ」

ちょっとふざけた感じで挨拶してきたのがその子どもだった。

「さようなら、あっ、ちょっと待って」

蓮司は子どもを呼び止めた。子どもは不思議そうに蓮司の顔を眺めた。

「お母さんからの伝言でね、今日は商店街を通って帰ってきてだってさ」

「はぁ」

子どもは何とも言えない表情をしていたけど、また三人で歩き始めた。商店街に入る辺りで反対側から歩いてくる老婆達が目に入った。三人はちょっと気まずい感じがしたけど、老婆も犬達もこちらに気付く事もなく商店街へ入って行った。手押し車の上に居たポゥ様だけが一瞬こっちを見たような気がした。

 老婆達より少し遅れて商店街へ足を踏み入れた三人は、入って直ぐの駐車場のところに三四人の大人が居るのが見えた。何か深刻そうな話をしているようだった。老婆達の姿はもう見えなくなっていた。

 駐車場にいつも停めてある赤いスポーツカーのボンネットに赤いフルフェイスのヘルメットが乗っていた。晴れているのにボンネットからは少量の水が滴っていた。スポーツカーが赤いから初めは分からなかったけど、前面のバンパーから駐車場のアスファルトへ垂れている水は赤かった。赤いフルフェイスの中に何かあって、そこから少量の液体が流れ出ている感じだった。

 三人は大人達の横を通って車へと近付いた。ヘルメットの中を覗き込むと、その中のものと目が合った。

「ヤバいって」「なんかいた」「見た?」「見た見た」「いこ、行こう」

三人は足早にそこを立ち去った。段々と早歩きから小走りになり、そして商店街を全力で走っていた。なんで逃げるように走ったのかわからなかったけど、ショッピングセンターのところまで走ってようやく止まった。三人とも腰を曲げ両膝に手をつき、ハアハアと息を切らした。ちょうど老婆がショッピングセンターへ入って行くところだった。


 「ただいま」

子どもは、ようやく家に着いた。何だかいつもより時間がかかったみたいに思えた。

「おかえりなさい」

母親の声がしたものの、その声はうわの空に聞こえた。

「お母さん、あのね」

その声も女には届かないようだった。

「商店街でね」

女は急に我に返ったみたいに、会話に意識が集中した。

「商店街?商店街通って帰って来たの?」

「だって、あのおじさんに言ったんでしょ?」

「何の話?」

「おじさんが、お母さんからの伝言だって」

「おじさんって誰?」

「え?あの横断歩道に立っていた、あれ?違うの?」

女は嫌な予感がした。女はずっとミンちゃんを捜しているのに、ここに居るはずなのに見つけることが出来ないでいた。

「何かあったの?」

子どもはいつもと様子が違う母親に気が付いた。

「あのね、ミンちゃんが居なくなったの。居たのよ、でも居ないの」

子どもは、あの目を思い出した。あの目は、あの目は、その目が甦りゾクッとした。

「お母さん…」子どもが呟いた。


 「俺の車なんだよ、誰だ?こんなにして、汚ねえな、なんだよこれ」

治一郎が怒りを露わにしていた。周りには五六人の野次馬が居た。今日はいつもよりも早く走りに行くつもりだった。そこへあの親子が真っ青な顔色でやって来た。

「あん?お前らなに?」

母親は身体が小刻みに震えている。そのまま車のボンネットへ近付いてフルフェイスのヘルメットをそっと持ち上げると、ドロンとした赤い液体と共に生々しい塊がアスファルトへ落下した。女はヘルメットを持ったままそれを見た。子どもも無言だった。女は徐々に取り乱していき泣きじゃくった。

「なんで?なんで?なんで?なんで?」

そんな事、治一郎にとってはどうでもいい事だった。

「どうすんだよコレ?」

「あんたが、あんた達がやったの?」

女は、かすれたような声で言った。治一郎には全く意味がわからなかった。

「汚ねえからどうにかして」

治一郎が言うと、女は狂ったように治一郎の胸を拳で叩いた。

「痛ってぇ」

治一郎が言ったと同時に師範が女の頭を地面に押し付けた。それを見た子どもが大声で泣き出した。

「駄目だよ、わかった?駄目なことをしちゃ駄目なのよ」

師範に代わって英二が柔らかい声で諭した。治一郎は納得いかなかったけど車を出した。

 血だらけのミンちゃんを抱いて女は立ち竦んでいた。子どもは、赤い目をして母親の傍にいた。

 治一郎は環状線に乗って暫く走ったところで蓮司の行動を知ることができた。猫を連れ出すとこまでは分かっていた。だけどその後の行動は完全に蓮司のそれだった。

「これだから蓮司は…」

治一郎は今日も埋め立て地を目指した。



  ポゥ様 ④双子の姉妹 へ続く



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