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【オムニバスSS集】青過ぎる思春期の断片

気まぐれなキミに、無償の愛を

作者: 津籠睦月
掲載日:2021/04/24

 無償の愛なんてあり得ない、見返りを求めない愛は難しい……なんて言葉をよく聞くが、聞くたびに「何で?」と不思議に思ってきた。

 だって、報(むく)いや見返りを求めない愛や好意なんて、皆(みんな)、普通に持っていないか?

 当たり前にソレを使っていないか?

 なのに、ソレが、さも実現困難な人類の“課題”のように言う人たちの、その感覚が、俺にはイマイチ理解できない。

 

 だって、今日もうちのミィは、俺の愛なんて知らん顔で猫パンチを繰(く)り出して来る。

 オヤツをあげても、撫(な)でてあげても、機嫌(きげん)が良いのは最初のうちだけ。

 ちょっとしつこく撫で回そうものなら、シャーッと牙を剥(む)いて爪を出して来る。

 それでも俺はミィのことを嫌いになったりしないし、世界で一番可愛い猫だと思っている。

 

 思えば俺は、一目見た時から、ミィに夢中だった。

 うちに来たばかりの頃(ころ)のミィは、手のひらに載(の)るほど小さくて、頼りないほどに柔(やわ)らかくて、一緒に寝たりしたら、うっかり圧(お)し潰(つぶ)してしまうのではないかと心配で、布団(ふとん)に入れることもできなかったくらいだ。

 

 知らない家で、知らない人間たちに囲まれて不安だったのか、ミィは、ここにはいない母猫やきょうだい猫を呼ぶように、か細い声で「ミィ……ミィ……」と鳴いていた。

 聞こえるか聞こえないかの儚(はかな)く、いじらしいその鳴き声に、子どもながらに保護欲がくすぐられた。

 大切に大切に可愛がろうと、幼心に決めたのだ。

 

 ミィはタンポポの綿毛のように真っ白で、ホワホワした白猫だ。

 人間のように毎日風呂に入るわけでもないのに……むしろ風呂に入れようとすると嫌がって暴れるから、滅多(めった)に入れられないのに、不思議なほどにひとつの汚れも無く、純白の毛並を保ち続けている。

 

 肉球の色は、桜のような淡いピンクだ。

 猫の手足はズルいと思う。

 表から見ただけでも、絶妙に愛らしい、まるっとしたフォルムで、「だから家具に“猫脚”を付けたりするのか」と、妙に納得してしまうのに、裏返すと、あのプニプニした肉球が、ほわりとした毛の中に埋(う)もれている。

 普段は丸くたたまれたその手のひらは、気まぐれにぴゃーっと開かれる。それはまるで、白い花がぱぁーっと開(ひら)いていくようだ。

 見るだけで顔がほころぶほど可愛くて堪(たま)らないのに、その手足は決して見た目が美しいだけのものではない。足音を消したり、高所から飛び下りた際の衝撃(しょうげき)を和(やわ)らげるという、機能性まで兼(か)ね備(そな)えているのだ。

 おまけに爪は出し入れ可能。キャットタワーに登る時にも役立つ便利な鉤爪(かぎづめ)だ。

 猫という生き物は、どこまで可愛らしさと機能美を追い求めれば気が済(す)むのかと、妬(ねた)ましくさえ思ってしまう。

 

 瞳は、金とも碧(みどり)ともつかない、複雑で神秘的な色をしている。

 俺はミィと出逢(であ)うまで、この世界にこんな色があるなんて知らなかった。

 まるで虹の光沢(こうたく)を持つ宝石のように、あるいは、日の光や周囲の景色を映し込んで何色にも煌(きら)めいて見える湖のように……猫の目は、幾(いく)つもの色と光を複雑に溶(と)かし込(こ)んでいる。

 なのに、真横から見ると硝子(がらす)のように透明な半球なのだ。

 それだけでも不思議なのに、暗がりで見ると、まるで違う色に光る。

 それ自体が光を放つわけではないその眼は、まるで神社の奥で妖しく光る鏡、あるいは闇夜に浮かぶ真円の月だ。

 

 俺はこんなにもミィに魅(み)せられ、愛してやまないのに、ミィは何年経(た)っても懐(なつ)いてくれない。

 猫トイレを掃除(そうじ)したり、ご飯をあげたりと世話を焼いても、「構(かま)い過ぎが良くない」と言われ、断食(だんじき)に耐(た)える修行僧のような気持ちでミィに触れるのを我慢(がまん)しても、ミィは女王様のようにゆったりと寝そべったまま、優雅に俺を一瞥(いちべつ)するだけだ。

 そしてこちらが堪(こら)えきれずに突進して抱き上げると、瞬時に激怒し、手を出して来る。

 

 猫の本気で怒った顔は、何かに似ていると、ずっと頭に引っかかってきた。

 だが、最近やっと、それが何なのかに気づいた。――般若(はんにゃ)の面にそっくりなのだ。

 カッと開いた口の両端から覗(のぞ)く、鋭(するど)い牙。人にはあり得(え)ない、爛々(らんらん)と光る金の眼なんて、まさしく猫だ。

 真っ白な顔と真ん中で分かれた黒髪は、そういう模様(もよう)の猫みたいだし、三角に尖(とが)った二本の角は、まるで猫耳だ。

 最後が「にゃ」で終わっている辺りも、まるで猫と重(かさ)ねてくれと言っているようじゃないか。

 ……なんてことを考えていたら、だんだん般若面が激怒した猫にしか見えなくなってきた。

 今では般若を見るたびに、猫を思い出して心がほっこりする始末(しまつ)だ。

 猫愛も、ここまで来ると、もう末期かも知れない。

 

 気まぐれなミィはごくたまに、俺のスキンシップを許してくれることがある。

 窓辺の陽だまりで、眼を細めてぬくぬく日向(ひなた)ぼっこをしている時など、その毛並に触れても……それどころか、フカフカの背中にもふりと顔を埋(うず)めても、全く怒らない。

 お日様の熱にほど良く温められた、まんじゅうのように柔らかな躯(からだ)を抱き締(し)め、目を瞑(つむ)っていると、何もかもがどうでも良くなる。

 学校であった嫌なことも、憂鬱(ゆううつ)な今後の予定のことも、将来へのモヤッとした不安も、何もかも。

 そんな時、さらに稀(まれ)に、ミィはゴロゴロ喉(のど)を鳴らしてくれる。

 肌を優しくくすぐるような……まるで俺を受け入れてくれたかのような、その小さな振動は、生まれて来る前に母の胎(はら)の中で聴いた何かのようで、落ち着くような、泣きたいような、妙な気持ちにさせられる。

 ミィに甘えてもらいたいはずなのに、気づけばいつでも、俺の方がミィに甘えている。

 

 ミィが俺のことをどう思っているのかは、正直、よく分からない。

 無視するか、駆(か)け足で逃げていくかが、ミィの俺に対する基本姿勢だ。

 だが時々、物言いたげに俺を見上げ、仔猫(こねこ)の頃よりだいぶ低くなった声で「ミャア」と鳴くことがある。

 猫の鳴き声は高く澄んだ「ニャー」や「ミャー」だと思っていたが、ミィのそれには確実に濁点(だくてん)が付いている。低く濁(にご)った「ミャア」だ。

 どうせご飯かオヤツか飲み水の催促(さいそく)だろうとは思っても、俺に呼びかけてくれたことが嬉(うれ)しくて、いそいそと用意し、メロメロに笑(え)み崩(くず)れてミィに差し出す。

 だがミィは、それをしばらく見つめると、プイッとそっぽを向いて行ってしまったりするのだ。

 かと思うと、俺の前に身を投げ出し、「撫でろ」と言うように躯(からだ)をくねらせたりする。

 ちょっとでも撫で過ぎれば引っ掻(か)かれると分かっていても、俺はその誘惑に抗(あらが)えない。

 まるでいいように弄(もてあそ)ばれ、手のひらで転(ころ)がされているような気がしてならない。だけどそれは、不思議とこれっぽっちも不快なものではないのだ。

 

 塾で遅(おそ)くに帰って来て、家族も自室か風呂に行ってしまって誰もいない時、廊下をミィが歩いて来ただけで、胸がホワッと温かくなる。

 決して俺の出迎(でむか)えなどではなく、触(さわ)ろうと伸(の)ばした手をするりとかわされても、ミィがそこにいるだけで、張りつめていた何かが解(ほど)けていく気がする。

 

 好きなら全部を独占したいとか、支配したいとか、そういう言葉をよく聞くけれど、俺にはイマイチ分からない。

 俺がまだ、そんな恋の狂気に堕(お)ちたことが無いせいかも知れないが……。

 

 だって、ミィの躯をどれほどきつく抱き締めて、俺の膝(ひざ)から逃げられないようにしたって、ミィの心は俺のものになんかならない。

 猫の心はどこまでも自由で、孤高で、気まぐれだ。

 そんなミィを無理矢理腕(うで)に閉じ込めて、嫌われたいとは思わないし、ミィが俺だけのものにならないからと言って、ミィを嫌いになったりなんかしない。

 俺の愛情は、ミィから渡されるものでも、ミィから無理矢理奪(うば)うものでもない。

 ミィがそこにいるだけで、俺の身体(からだ)の奥底から、勝手に湧(わ)き上がり、溢(あふ)れ出るものだ。

 ミィが何をしてくれなくてもいいんだ。

 その姿を見るだけで、目と心が勝手に癒(いや)される。廊下を弾(はず)むように歩いて行く、トットットットッという軽やかな足音を聞くだけで、耳と心が弾んで軽くなる。

 

 好きなら必ず手に入れたい、見返りが欲しい、愛してもらいたい――世間ではそれも愛と呼んでいるみたいだが、俺にはどうにも違和感(いわかん)がある。

 本当はただ“欲しがり”なだけなのに、“言い訳(わけ)”に愛を使って誤魔化(ごまか)しているように聞こえて仕方(しかた)ない。

 

 それはもちろん、俺にだって「ミィに好かれたい」という多少の下心はある。

 甘い声で「ミャア~」と鳴いて、足にスリスリしてくれたら最高だとは思う。

 だけど、俺のミィへの奉仕(ほうし)が結局これっぽっちも報(むく)われなくて、結果全てがタダ働きの“無償の愛”となったとしても……それどころか、恩を仇(あだ)で返すかのごとく、手を引っ掻(か)かれ、壁紙をボロボロにされ、とんでもない所に粗相(そそう)されようと……それは俺がミィを嫌いになる理由にはならない。

 

 好きなものを、ただ好きなままでいることに、理由なんて無い。見返りがもらえなかったからって、嫌いになる理由も無い。

 そもそも最初から、期待なんてしていないんだ。

 

 気まぐれな猫の心に、特別な何かを望んだりはしない。

 綺麗な空を見て「この空、好きだー」と思っても、「この空が俺だけのものじゃないなんて許せない」と思ったり、綺麗な花を見て「この花に俺を愛して欲しい」と思ったりしないのと一緒だ。

 ただ、あるがまま、自然のままに、ここに居(い)てくれたら、それでいい。

 

 見返り無く何かを好きでいるなんて、人間には普通にできることなのに、どうして同じ人間相手だと、途端(とたん)にそれが難しくなるんだろう。

 同じ人間相手だと、なまじ言葉が通じる分、過剰(かじょう)に期待して、その分ガッカリしてしまうのかな。

 だけど、普通にできる(・・・・・・)ことではあるんだから、不可能なことではないんじゃないかと思う。

 皆、愛を難しく考え過ぎて――高尚(こうしょう)で哲学的なものだと思い過ぎて、かえってとても簡単で単純なことを、見落としているんじゃないかな。

 

 ミィと出逢って数年。今日も俺はミィを可愛がりたくて、手を伸ばしては、ミィに睨(にら)まれ引っ込める。

 飽(あ)きもせず、毎日、同じことの繰り返し。

 だけど、この繰り返しが永遠に続くわけじゃないことを、俺は知っている。

 

 猫の寿命は、人間よりも遥(はる)かに短い。

 今は当たり前のこの日常も、いつかは消えてしまうと知っている。

 だから余計に、一秒でも、一瞬でも長く、ミィを愛(め)でておかねばと思うのだ。

 

 俺にとっては、ミィが世界で一番の猫だけど、世の中にはきっと、もっと懐(なつ)こい猫も、もっと性格の優しい猫もいるんだろう。

 だけどそれでも俺にとって、ミィが一番可愛い猫であることに変わりはない。

 

 ミィがどんな猫だとか、俺に何をしてくれるかは、関係無いんだ。

 ただ俺と出逢ってくれて、人生の一部になってくれた。

 俺の毎日に、ホワリと優しいぬくもりを添(そ)えてくれた。

 それだけで、充分(じゅうぶん)だ。

 

 できる限り、長く長く、そばに居て欲しい。

 その思い出を、忘れられないほどに強く、俺の胸に刻みつけて欲しい。

 そして願わくば、ミィにとっての“俺”も、ミィの幸せな猫生(じんせい)の一部であれたなら……それだけで、きっと俺は、報われた気持ちになるだろう。

Copyright(C) 2021 Mutsuki Tsugomori.All Right Reserved.

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