8後悔ばかりの走馬灯
それは、あの夜のことだった。
眠っていたのに、突然母親に引きずられて、アリスは部屋の外へ出された。
どうしてなのかは知らない。知識を、得たはずなのに。
クリスを左手でつかんでいたが、「それ、メアリーのものじゃない」と母に言われ、床に投げ捨てられた。
どうしてなのかは知らない。母が、メアリーを好きだからだろうか?
それから、アリスは暗い暗い森の中に連れていかれた。
どうしてなのかは知らない。母のことを、全然知らないから。
「…お姉さまは?」
「あれなら、夜だから今は寝てるわよ。あなた、暗い場所にいるから昼夜がわからないのね」
母はくすくす笑った。
そして、カバンからキラリと光る鋭くとがったものを取り出す。
…昨日、お姉さまともっといっぱいお話しておけばよかったな。
アリスの頭には後悔ばかり浮かんでくる。
昨日、アリスは可愛いワンピースを着てメアリーが持ってきてくれた絵本を読んだ。
子供向けのそこまで面白くもないものだったが、その本は屋根裏部屋に大事に置いてある。まあ、今日メアリーに返されることになるだろうけど。
その後、ガチャリと扉が閉まる音がした。母が出かけたらしい。
母は昼間、どこかへ出かけていく。貴族同士の祭りでもあるのだろうか。
母が出かけている隙に二人は外に出て、庭の花壇に水やりをした。正確に言うと、水やりをしたのはメアリーだ。アリスはそれを見ていた。
お昼ご飯は、いつも通りスープ。おいしくない。料理人が作っているはずなのに。
スープを飲んでいると、メアリーが屋根裏部屋にやってきて、卵料理と野菜を分けてくれた。
食事は昼と夜しかないのだが、朝はメアリーがパンを持ってきてくれる。
午後は、メアリーがお風呂に入れてくれる。
温かいお湯に触れている時間は心も温かくなる時間で、ひどく幸せだった。要するに、アリスは風呂好きであった。
お風呂を出ると、体が冷えないよう、メアリーがさっと体をふいてくれる。
それが終わると、アリスはワンピースを着て自分の部屋へ戻っていく。
部屋の壁には、絵などが描かれた紙が貼ってあった。
メアリーが描いた絵、アリスが描いた絵。
カラフルな壁を見つめている時間も、アリスは好きだった。
そしてまた夜が来る。
屋根裏部屋でメアリーと夜ご飯を食べると、その後姉は何かで歯をきれいに磨いてくれる。
それが終われば、もう寝る時間だ。
「おやすみ、アリス。大好きよ」
メアリーはアリスを思いっきり抱きしめる。アリスも抱きしめ返した。
「じゃあね、お姉さま。大好き」
姉に大好きと言ってもらえて、姉に大好きと言えるこの時間も、やはりアリスは好きだった。
もう少し大きくなったら、姉に悪魔の子であることを打ち明けて、姉のことは本当に大好きだと言うんだ。最後には、これからも一緒にいてもいい?とたずねるの。
アリスはこのことをしっかり決めていた。
「アリスチャン、オヤスミナサイ…」
それを言う前にアリスは死んでしまうということは、誰にも気づけなかった。
「…お姉さま…」
「お前はもう、あいつとは会えない…さようなら」
目の前で、刃物が振り下ろされた…。
「…ううん…アリスちゃん…」
記憶を見ていたミールは、ひとりごとをつぶやきながら起き上がった。
「これで、記憶の旅は終わり、かな」
ミールが辺りを注意深く見ていると、
「テイル?」
という自分を案内してくれた声が聞こえてきた。
「え?」
「今ノ自分ノ肉体ハ、ドウナッテイル?」
「肉体が、どうって…」
ミールは自分の手や足を見つめる。
「これは、肉体じゃなくて、魂なの?」
確か現実の自分は、階段から転げ落ちて、意識が暗くなって…。
「うーん、よくわかんないや」
とりあえず、ミールは歩き出した。
まっ白な世界は、床もまっ白なので歩いている感じがしない。
このまま、どこまでも落ちて行ってしまいそうだ。
「うわあ!」
考え事をしていると、ミールは転んでしまった。
「いたあい…ん?」
転んだ彼女は起き上がろうとする。すると、床に何かを見つけた。
…小さいが、月と星の文様が描かれている。
「これ、どこかで…あ!」
アリスの左の頬にあった文様だ。そのことに気づいたミールは、再び考え始める。
(なんで、ここにこの絵が?アリスちゃんの記憶が見れるから…かな?それとも、アリスちゃんとこの世界は関係してるとか?)
今一度、ミールはここで起きたことを振り返る。
アリスは悪魔の子である。
頬には謎の文様がある。
その少女の姉が、ミールが憧れているメアリー。
二人は仲が良かった。
アリスは母親にナイフで刺されて、命を落とした。
メアリーは、その一年後に屋敷にやって来る。
それからしばらく経ち、メアリーはミールと出会う。
確か案内役の人は、取り戻しなさい、と言っていた。
これは、体を取り戻せという意味なのかもしれない。
ということは、ミールの体が消えている、または体を誰かが自分のものにしているということであり、その犯人の心当たりは…
「まさか!」
急いで帰らないと!
真実に気づいたミールは血相を変える。
…きっと今、ミールの体はアリスに乗っ取られている。
このままでは、屋敷の誰かに危害が及ぶかもしれない。