7だって、私は
暗い、部屋だった。
どこなのかは知らない。自分は、まだ何も知らないから。
ちょろちょろとネズミが動いている。
なんでネズミがいるのかは知らない。自分は、まだ何も知らないから。
手で辺りをまさぐると、ネズミの死体があった。
なんで死体があるのかは知らない。自分は、まだ何も知らないから。
こんな汚い部屋で、自分はひとりぼっちだった。
なんでなのかは気にならない。ひとりぼっちであることが、普通だと思っていたから。
どうして普通だと思っていたかは知っている。
自分は、愛を知らなかったから。
突然、部屋に明かりが入ってきた。
この瞬間、少女は…赤ん坊は、愛を知った。
「ほら、ミルクだよ」
赤ん坊の頬には、三日月が一つ、星が五つの謎の文様があった。
それを気味悪がり、母は赤ん坊を屋根裏部屋に閉じ込めた。父は、母に失望して出て行った。
そんな彼女の世話役をしていたのは、彼女の姉、メアリーだった。いつも優しくミルクを飲ませてくれる。
…悪魔の子を相手に、よくそんなことができるな、と赤ん坊は思った。
そう、彼女は母の思っていた通り、悪魔の子だったのだ。
悪魔に人間界を乗っ取るという意思を託され、人間の世界へとやってきた悪魔の子は、無事に成長して人間界を消すはずだった。しかし、彼女は人間界を消すことを嫌がり、人間として生きていくことを決めたのだった。
悪魔の子である赤ん坊は、赤ん坊でありながらはっきりとした意思を持ち、記憶力も良かった。
だから、親切にしてくれた姉に感謝していた。
それと一緒に、違和感も抱いていた。
どうして優しいのか、と。
ある日、姉は赤ん坊、アリスの一歳の誕生日の記念に、クマのぬいぐるみをくれた。
アリスはぬいぐるみにクリスと名付け、ちょっとした細工をした。
魔法をかけて、自分が暴走しないように、クリスが一日一回おまじないを言うようにしたのだ。
それに、もし暴走した時も自分を止めるように魔法をかけた。
魔力が宿ったぬいぐるみは自我を持つようになり、アリスの友達になった。
「アリスチャン、アリスチャン、メアリーデス」
一日一回、アリスはクリスに『メアリー』と言わせていた。
最愛の姉の名をおまじないにしたのである。
「イイデスカ?メアリーデス。忘レチャイケマセン」
「だうー、めあ~」
言葉を全然話せなかったので、意思を伝えるのには苦労した。
泣いたりわめいたり笑ったりしなければ伝わらない。赤ん坊は面倒なものだ、と彼女は思ったのだった。
(まあ、お姉さまが可愛がってくれるなら…赤ん坊のままでも、いいかもね)
成長に逆らえないことは知っていたが、姉が愛してくれるなら…と彼女は考えた。
赤ん坊とは思えないほど大人びているアリスも、メアリーの前ではつい甘えてしまうのだった。
だって、メアリーが愛してくれなかったら、アリスは愛を無くしてしまうから。
「アリスチャンハ、今日モ可愛イデスネ」
…クリスは、アリスが魔力を吹き込んだから動いている、アリスにとって都合のいい分身でしかないのだから。
ミールが記憶を失って、数週間が経った。
メアリーもどうにかして記憶を戻そうとしたが、何をやっても駄目だった。
…もうあきらめるしかないのか。
彼女は絶望しかけていた…そんなある日のこと。
夜の屋敷の見回りをしていたメアリーは、ドアから出ていこうとする誰かの影を発見した。
「誰?夜なのに、どこに行こうとしているの?」
メアリーが人影の肩をつかむと、
「あ、あなた!」
「やれやれ、お姉さまにつかまっちゃうなんて、運が悪かったわね」
…影の正体は、ミールだった。
「ここで、何してるの?」
「そりゃあ、外に出ようとしているのよ。お母様たちに、復讐するの。お姉さまだって、あの二人のこと恨んでるでしょう?」
「…何を言っているの?だって、私の両親とあなたのご両親は、違う人のはずでしょう?」
意味が分からず、メアリーはミールの目をのぞき込んだ
「あらあら、お姉さまこそ何を言っているの?復讐したいって、そう思わない?」
ミールは笑い、メアリーの元へ近づく。
「…今更だけど、大きくなったね、お姉さま。私たち、あっという間に、年が離れていっちゃって…八歳差、よね。前はもう少し年も近かったのに」
「ミール…あなた、何を言っているの?」
「お姉さまったら、本当に成長したわね、って言ってるの。あの頃はただの子供だったのに、背も伸びて顔も少し変わって。声も違うわ。まあ、それを言うと私も成長したっていうことになっちゃうけどねえ。厳密に言うと、私じゃないけど」
ミールは自身の左の頬に手をかざす。
「!?それ、まさか…!」
「お姉さまったら、やっと気づいたの?ねえ、私を見たことあるよね、最愛のお姉さま」
メアリーは、ようやく気付いた。やはりこれは、ミールではない。
「ふふ、私たちは姉妹なんだから、両親も同じ人のはずでしょう?」
アリスは子供気ないですが、これでもかなりお姉さまが大好きです。
あんないいお姉さんそうそういないでしょう。
私なんか妹に、このケーキにはお前の嫌いなものが入ってるって嘘ついて、妹の分まで食べてますからね(笑)