5何かが違う
その日も、メアリーはアリスの部屋へ向かった。
手にはクッキーの入った袋があった。
「アリスー、クッキーだよ…?」
しかし、部屋にアリスはいなかった。
「あれ…お母様のところかな?」
メアリーは上り慣れたはしごを素早く降り、母の元へ向かった。
「お母様、アリスはどこ?」
「アリス…ああ、あの悪魔ね。あれなら、もういないわよ」
「え?いないって、どういうこと?」
まだ八歳の少女には、母の言う言葉の意味が分からなかった。
「わからないの?あの子はもう、この家にも、庭にも、どこにも存在しないわ。私が、ナイフを刺したのよ」
…そう言われて、メアリーはようやく理解した。
アリスは、実の母に…
「そんな…ひどい…」
「ひどい?だって、あれは悪魔よ?始末できてよかったと思わない?」
悪魔。あれ。始末。
母は本当に、アリスのことを娘だなんて思っていなかったのだ。
それからの日々は地獄のようだった。
母は、アリスがいた時とは打って変わって、優しい人物となった。
危ないものを始末できてうれしいのだ。
母の急な変化に、メアリーは驚き、恐ろしいと思った。
いつも厳しいものは甘くなっている時が一番危険なのだ。一番不気味でもある。
アリスがいなくなってしまい、メアリーが家の中で味方だと思える人間はいなくなってしまった。
それに耐えられなくて、メアリーは部屋に閉じこもった。
ミールが再び仕事をはじめ、数日が経った。
驚いたことに、ミールは天性のものだった不器用が嘘のように仕事をこなしていた。
リジーアは喜んで、急にミールに甘くなった。働けるかどうかで評価が百八十度変わってくるリジーアに、メアリーは呆れていた。
「あ、お姉さま!」
メアリーが廊下を通りかかると、掃除をしていたミールが駆け寄ってきた。
「頑張ってるじゃない。こんないい方しちゃあなんだけど…あなた、そんなに器用だったのね」
「でしょー!私、お掃除もお洗濯もできちゃうんだ!」
ミールは自慢げに笑った。
「お姉さまだってすごいじゃない!何でもできちゃう」
「ふふふ、ありがとう」
ふと、メアリーは疑問を口にした。
「…ところで、あなたはなんで私をお姉さまと呼んでくれるの?」
「そんなの、決まってるじゃない。お姉さまがお姉さまだからよ」
「そう…」
前の答えはもっと違った気がするが…。
まあ、人の考えなんて時が経てば変わるものだ。メアリーは気にしないことにした。
それでも、何かが引っかかる。
何かが違う気がする。
「じゃあ私、掃除に戻るね」
何かが懐かしい…。
「さま」
いつものミールとは違うような…。
「姉さま」
記憶喪失のせいだろうか…。
「お姉さまっ!」
「あ…ミール?」
外部からの音による干渉に、考え込んでいたメアリーの意識は覚醒させられる。
「どうしたの、ぼーっとしてたよ?」
「いや…なんでもないわ。疲れているだけ」
「疲れたなら、ちゃんと休んでね」
「ええ。でも、大丈夫よ」
メアリーは再び歩き出した。
…やっぱり、おかしい。
歩いても歩いても、違和感が消えてくれない。
「…」
ミールが、違う。
…何か、違う。