2思い出の部屋なのに
風に揺られ、踊る花。
大きな野原の中心に、そそり立っている木。
静かな野原で、少女は花々に囲まれていた。
「お父様、お母様、お花がいっぱい!」
「うふふ、そうね」
「ああ。今日は、これで花束を作るんだぞ!」
「わーい!」
少女の名は、メアリー・レイグルス。裕福な家庭に生まれた、ちょっとしたお嬢様である。
普段あまりお外で遊ばせてもらえないメアリーは、今日必死に頼み込んで、なんとかこの野原に連れてきてもらったのである。
お洋服を汚さないことはもちろん、あまり長い時間はしゃぐのはいけないという条件の元で、メアリーには野原の美しさに見惚れることが許された。
「メアリー、今からつくる花束は、私たちのお家をきれいに見せるためのものなのよ。ちゃんとつくりなさい」
「わかってるわ、お母様」
野原に見とれていたメアリーは、母の言葉に口をとがらせて答えた。
「まずはこの黄色いお花、次は赤いの…」
「あんまり時間をかけないで。花が萎れるじゃない」
「もー!今集中して選んでるの!」
「こらこら、二人とも、落ち着いてくれ。せっかく来たのに、喧嘩したらだめじゃないか」
にらみ合う二人を、父が落ち着かせた。
「ふん!あいつに花瓶と水を持ってこさせるわ」
母は怒って執事の方へ歩いて行ってしまった。
「メアリー、たしかにお母様は厳しいけど、喧嘩なんかしちゃだめだよ」
「…はーい」
とは言ったものの、メアリーは、あれはこうしろ、これはそうしろと小うるさい母のことが嫌いだった。
父は優しくて穏やかなのに、母は全然違う。
ピリピリしつつも、メアリーはまた花を摘み始めるのだった。
母の妊娠が発覚したのは、それから一年後のことだった。
「メアリー、あなたの兄弟よ!」
「本当!?妹?弟?」
「まだわからないけど、楽しみね!」
そしてまたしばらく時が経ち、ついに、メアリーの兄弟が生まれた。
メアリーは父と一緒に、医者の元へと駆け付けた。
妹か、弟か…。
メアリーは楽しみでたまらなかった。
「ああ、どうしたらあなたの記憶は戻るのかしら?」
「記憶はもともとないから、戻るかどうかはわからないけど…」
記憶喪失は、記憶がもともとなかったような状態になるのだから、ミールが戻るかどうかわからないのは無理もないことだ。
「やっぱり、思い出の地を巡るのがいいわよね」
「思い出の地?」
「ええ。早速行ってみましょう」
メアリーはミールを連れて歩いて行った。
「ここがあなたの部屋よ」
「…うわあ、汚い!」
部屋を見てすぐに、ミールは嫌そうな顔をした。
「ネズミの死体…はないけど、十分汚い。ベットとかはあるから、生きていくだけなら問題はないと思うけど…」
「リジーア様が、メイドたちの身分を分けるお方でね…」
数年前、初めてこの部屋を紹介した時は、「昼間は働くのですから、この部屋にいるのなんて寝る時と着替える時くらいでしょう?それに使うくらいなら、問題なんてありませんよ」と言ってくれたが、やっぱりあの時は気を使ってくれていたのだ。不器用で全然仕事ができない子だったけど、周りへの配慮とか、気配りとかは本当によくできる子だったな…。
「どうしたの?」
「ああ、なんでもないわ。さあ。次の場所へ行きましょう」
二人が次に向かったのは、メアリーの部屋だった。
「ここは、私の部屋よ。あなたは時々ここに遊びに来て…お話したり、お洋服をミールが着れるようにしたり、いろいろなことをしたわね」
「へえー、そんなことがあったんだ…きれいな部屋だなあ」
メアリーのことは覚えているのに、一緒に過ごした部屋は覚えていないようだ。
…あれ?メアリーのことを覚えているのなら、さっきの…
「お姉さま、次の場所は?」
「…ええ。行きましょうか」
細かいことは気にせず、メアリーは歩き出した。
それから、メアリーはいろいろな場所へミールを案内した。
しかし、どこのことも、ミールは覚えていなかった。
どこへ行っても、何一つミールの記憶は戻ってこない。
メアリーは、何かのきっかけで思い出すこともあるだろうと思い、ミールに今までと同じ生活をさせることにした。
「ミール、次の場所に行く前に、まず服を着替えてきてちょうだい」