11みんなで歩こう
アリス騒動からほんの数日たったころ。
ミールは廊下で掃除をしていた。
アリスに乗っ取られていた時はなかなかに器用だったらしいが、今のミールはミールである。不器用でダメダメだ。
「ありゃっ」
ほら、今も転んだ。
彼女はしかめっ面をして起き上がろうとする。しかし、一人で起き上がることは許されなかった。
「…メアリーお姉さま」
「そうよ。いつも通りでほっとしてるわ、ミール」
ミールの目の前に人影が現れ、少女が起きるのを手助けした。メアリーだ。
「大丈夫?」
「はい、メアリーお姉さまのおかげでございます」
「そう、良かったわ。それと、転んだ直後で悪いんだけど…我らが主が私たちを呼んでいるわ」
「えー」
リジーアに呼び出されるのは、たいてい怒られる時だ。
確か、今度粗相をしたら解雇だと言われた。リジーアのことだ。首がスパッと切れてもおかしくない。
主からチクチク嫌味を言われるくらいならまだしも、命の危機である。どうにかして避けられないだろうか…。
悩むミールを見て、メアリーはクスッと微笑む。
「怒られるんじゃないわ。むしろ、いいことよ」
「え、そうなんですか?」
ほっとしつつも、いいことが一体何なのか、ミールには想像もつかなかった。
それがとんでもなく幸せなことだと彼女が気づくのは、数分後のことだった。
二人は大広間へとやってきた。
他のメイドたちも大勢いる。何かの周りで円になっているようだ。
ミールは身長が低いため、何を囲んでいるのかわからなかった。しかし、その数秒後に聞こえた声で、囲まれている人物が彼女もよく知っている人だとわかった。
「集まってくれて、ありがとう。今日は私、ミア・カペラからみんなに知らせたいことがあります」
リジーアの娘、ミアである。
リジーアの娘であるにも関わらず、ミアはとても優しい人である。まだ十八の若い女性だが、聡明でしっかりしている。
「そう、今日からこの家の主は、母上ではありません…私が、母上に家督を譲られました」
一瞬、辺りが凍り付いたように静かになった。
「母上は、飽きたと言って家を出ていかれました。もう、母上に…リジーア・カペラに支配される屋敷ではなくなったのです!」
ミアの言葉が終わった瞬間、誰かが拍手をし始めた。
それを見た他の人々も次々と拍手を始める。拍手の輪は、やがてその場にいるすべての人々に広がった。
ミールが横を見ると、メアリーが微笑んだ。
彼女の計画は、ミアを説得してリジーアを追い出させることだったのだ。
それは見事に成功して、今、屋敷には幸せの音が鳴り響いていた。
「お姉さまたち、なんでみんなこんなに騒いでるのかしら?」
ふと、二人の間にアリスが現れる。そのアリスの後ろには、クリスがいる。
「あ、それはね、ここの主だったリジーアっていう人には娘がいて、それで…」
「要するに、あなたがここにいられるようになったってことよ」
長くなりそうな説明を始めるミールを遮り、メアリーが笑ってアリスに伝えた。
「え、ホント?これからは、お姉さまとずっと一緒?」
「ええ。私たちと、いつまでも一緒よ」
「フフ、良カッタデスネ、アリスチャン」
「うん。本当に良かった」
四人はアリスが家族になることを喜び、笑い合った。
「アリスちゃんが来たこと、みんなに説明しないといけませんね、メアリーお姉さま」
「みんなびっくりしちゃうよね、お姉さま」
少女たちは姉に声をかけ、答えを求めるように丸い瞳でメアリーを見つめた。
これは確かに、そっくりな少女たちだ、とメアリーは思った。
ついついミールにアリスの面影を見てしまっていたメアリー。
それがアリスにとってどんなに辛いことだったか、今の彼女は知っている。
だから、面影なんてもう見ない。
アリスは、今ここにいるのだ。
過去を思い出して悲しんだりしないで、また新しい思い出を作って行けばいい。
今日がその一歩目になる。不思議なことに、四人は全く同じことを考えていた。
さあ、四人で歩いて行こう。
まずは、新しい家族のことを皆に伝える、一歩目から。
ゆっくり、ゆっくり、歩き続けよう。




