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10切り札はぬいぐるみ

一秒一秒がゆっくりと過ぎていく。

女性の首に伸ばされる少女の手はゆっくりと動いていき、驚いて固まっている女性の、少女を見つめる目は、ゆっくりと見開かれていった。

世界がスローモーションで進み、こののんびりとしすぎている時間の進みの中で、何かが変わろうとしていた。

夜は静かに進んでいき、誰にも気づかれず、この世から一人の女性の命が散ろうとしていた…そんな不吉なスローモーション。

「アリス…」

そんな時間を終わらせたのは、女性を手にかけようとしていた少女だった。

「め」

「え?」

少女は突然動きを止めた。

…もしかしたら。

女性、メアリーはそんな希望にすがり、つぶやいた。

「ミール?」

彼女の声を聞き、少女はそれはそれは嬉しそうに微笑んで、

「はい、メアリーお姉さま。私です…ミールでございます」

と言ったのだった。


ミールが戻ってきたことに安堵しつつも、メアリーは警戒を緩めなかった。

「ミール…どうして戻ってこれたの?本当に、ミール?」

「自分の体がどういう状態になっているのか、理解したのです。自分はアリスちゃんに乗っ取られているんだ、と気づいた瞬間、戻ってくることができました。メアリーお姉さま、私とアリスちゃんを見分ける方法は簡単でございます。私とアリスちゃんの、メアリーお姉さまへの呼び方が違うところです」

ミールが説明をしていると、突然二人の横に黒い影が現れた。

「…ううっ、もう、なんでなの!あの世界はこの世界と時間の進み方が早いはずよ!数時間で何日も経ってしまうはずなのに、どうして出てこれたの!?それに、出てくるための謎解きはなんで解けたの?問いかけがなんなのかすらわからないはずなのに!」

アリスだ。ミールの体から追い出されたようだ。

「私、誰かの声に、自分の体はどうなっているかって、聞かれたんです。それでいろいろ考えて、自分がアリスちゃんに乗っ取られてるって、気づきました。アリスちゃんも、誰が私を案内してくれたのか、知らないんですか?」

「知らないわよ!あんたをあそこへ送ったのは、私が乗っ取っていることを気づかせるためなんかじゃない!私たちの過去を見せて、それを自分の過去だと認識するように洗脳して、辛い過去を思い出して苦しみながらあそこで一生暮らす!あんたの運命を悲惨なものにするためにそうしようとしたの!でも、あんたは洗脳されなかった…心は意外と強いみたいね、まったく」

幼い少女は、ミールをきつくにらみつける。

それが自分の妹なんだと思うと、メアリーの心はひどく痛んだ。

「メアリーお姉さま…アリスちゃん、正気を失っているみたいです」

「ええ…どうすればいいのかしら」

二人は黙り込んだ。その隙に、アリスは二人に近づいて、密かに命を奪おうとしていた。しかし、

「あっ!メアリー、メアリー、メアリーだよ!」

ミールが急いで叫んだ。それを聞いて、メアリーは困惑してミールに声をかけた。

「ね、ねえミール。突然どうしたの?私の名前なんか叫んで」

だが、ミールはメアリーの問いに答えを返さず、アリスに注目していた。

アリスは驚いて二人を見つめていた。

「め、メアリー…お姉さまの名前…でも、何か別の…大事な、意味…」

「メアリーお姉さま、アリスちゃんが使ってたクマのぬいぐるみ、ありません?」

「クマ…あ、ここへ来るとき荷物の中に紛れ込んでいたわ。なんでかなって思ったけど、アリスが使ってたと思うと捨てられなくて」

「じゃ、じゃあそれ!急いでとってきてください!早く、お姉さま!」

ミールは焦っていたため、『メアリーお姉さま』から『メアリー』を省略して彼女を呼んだ。

それを聞いた瞬間、メアリーは幼かった頃の記憶を思い出した。

『お姉さま!』

「…わかったわ!」

メアリーは急いで駆けだした。


メアリーが廊下を走っていると、アリスの声が聞こえてきた。

「は、はな…離して…で、でも、やだ…一人は、嫌い…でも、さっさと、どいて…」

ミールが逃げ出そうとするアリスを押さえているのだ。

おおよそ状況を理解したメアリーは、急いで二人のもとに駆け寄った。

「二人とも、持ってきたわ!」

「ありがとうございます、メアリーお姉さま」

ミールはメアリーからぬいぐるみを受け取り、アリスに渡す。

「アリスちゃん…この子を覚えていますか?」

「…え、これは…クリス!?」

アリスはぬいぐるみをミールからひったくる。

「クリス、クリス、クリス、クリスだ…」

アリスの手から青い光があふれてくる。その光はぬいぐるみの頭にぶつかり、その中に入り込んでいく。すると、

「…全ク…アリス、チャン、ッタラ…心配、カケナイデ下サイ」

ぬいぐるみは…クリスはしゃべりだし、立ち上がった。

「クリス!」

「チャント覚エテナイトダメデショウ…メアリー」

クリスはおまじないの言葉を口にする。それを聞いたアリスは、すっかり正気に戻ることができた。

「…ああ、ごめんなさい!お姉さまたちを傷つけようとしちゃって…ごめんなさい。」

アリスが必死に頭を下げるのを見て、メアリーは首を横に振る。

「いいのよ、あなたは悪くないもの。頭を上げて、アリス」

姉の言葉にアリスは気まずそうに顔を上げた。

その目に、涙が流れた。

「悪魔は悪魔で在ることしかできない。私は人間じゃないし、これから先も人間にはなれない。そんな私なのに、一緒にいてもいいの?」

「当たり前よ。あなたは私の妹だもの」

「お姉さまは…どうして私を許してくれるの?」

「それは、素直で優しいあなたが大好きだからよ」

そう言ってメアリーはアリスを抱きしめた。

「ずっと会えていなかったけど…ずっと、あなたのことを考えてた…」

「ありがとう…お姉さま…」

姉妹は、ようやく姉妹に戻ることができたのだった。


「メアリーお姉さまは、なんでクマのぬいぐるみなんか持っていたのですか?」

「さあ…よくわからないけど、ここに来るときカバンの中に入っていたわ」

「アア、私ガ残ッタ魔力ヲ使ッテ入ッタンデスヨ。イツカアリスチャンガアナタ二会イニ来ルト信ジテ」

三人…とぬいぐるみのクリスは、テーブルを囲んで話し込んでいた。

「で、記憶の世界で私を案内してくれたのはクリスちゃんなの?」

「ハイ」

「まさかクリスがあの世界にいるなんて思わなかったわ」

アリスがくすくすと笑う。

「にしても、アリスちゃんがここにいたら、絶対リジーア様につまみ出されちゃう気がするのですが…大丈夫でしょうか?」

「ああ、それなら私に案があるわ」

「流石はお姉さまね」

メアリーは部屋を出て、案とやらを実行しに行った。

きっと大丈夫だろう。二人はそう信じていた。

「ねえ…ミール。あなたにも、しっかり謝らないとね。ごめんなさい」

「いやいや、アリスちゃんのせいじゃないってことは私も知ってるから、大丈夫。もう、あのことは気にしなくていいよ」

「…うん、ありがとう。お姉さまもミールもやさしいね」

「優しいか…そう言われたの、これで二回目だな」

そうして、二人は握手をした。

もう二人は友人だ。


しばらくして、メアリーが帰ってきた。

「ふう、ただいま」

「何をしてきたの、お姉さま」

「それはね…」

メアリーは二人にこそこそと案のことを話した。

「…ええっ!?」

それを聞いたミールはひどく驚いた。しかし、アリスはよく意味が分かっていない様子だ。まあ無理もない。

だって、メアリーが話したのは、この屋敷に当主とその『家族』に関することなのだから…

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