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9今、最愛の人を

「あなた…まさか、本当にアリス!?」

「ええ、もちろん。私は最初から、隠そうとなんてしてなかった。ただ、お姉さまたちが気付かなかっただけ」

頬に赤い文様が浮かんだ少女、ミール…いや、アリスは屋敷の者たちの愚かさを語り、笑っていた。

「馬鹿としか思えないよねぇ!こんなところでお姉さまが働いているだなんて。お姉さまったら、ここの空気に溶け込んじゃったんじゃないの?前はもっと聡明だったのにね。残念だわぁ!」

「…アリス、どうしてここにいるの?なんで、ミールのふりを?」

メアリーの問いに、アリスはそれを待っていたと言わんばかりに早口で話し始めた。

「そんなの決まってるじゃない。お母様とお父様が憎いからよ。私をあんな目に合わせたお母様も、私を見捨てて行ったお父様も、憎くてたまらないわ」

「それと、ミールを乗っ取っていることにどんな関係が…」

「それは、あとできっと話してあげる…で、お姉さまも復讐したいと思うでしょう?」

「…確かに、そうよ。でも、復讐のことばかり気にしていてはしょうがないわ。ここに来たからあった出会いも…」

「ふふふ!ええ、そういうでしょうね、わかってたわよ!それが!このミールとかいうやつでしょ!?」

突然怒り出したアリスに、メアリーは驚いて一歩後ろへ下がる。

アリスはこぶしを握り締めていて、今にも襲い掛かってきそうだった。

「お姉さまは、優しくて素直なら私じゃない他の妹でもいいんだ!どうせ私のことなんかどうでもいいんでしょ!?私じゃ、ダメなの?私が、あなたの妹よ?他のやつらなんか気にせず、私を好きでいて!私は、あなたの妹でいたい!」

そう言うと、アリスはメアリーにとびかかった。

メアリーはそれを慌ててかわす。

「あ、アリス、落ち着いて、落ち着いてちょうだい…」

「…お姉さまも、私を愛してくれなくなっちゃったのね。なら、世界ここももう終わりよ」

アリスは座り込んで、再び話し始めた。

「死んでからすぐ、私とよく似た魂を持つ人に出会ったの。生まれる直前だったわ。それがミールよ。あの子の魂とくっついて、私は彼女を乗っ取ろうと考えた。乗っ取って、ミールがここに来るように誘導して、お姉さまと出会えるようにした。それが、今の私よ。ねえ、ミールに体を返したら、私はまた辺りをさまようことになる。私と、ミールと、どっちを取るの?」

「…そんなの、あまりにも辛すぎるわ。どちらか一人、選べだなんて…」

「なあんだ。選べないんだ。私のこと、選んでくれないんだ」

メアリーにとってさっきの選択はあまりにも辛いものだと、アリスにはわかっていた。しかし、これは少し考えれば簡単に選べる問いかけだ。

自分を選んでくれれば、アリスは姉の生きた妹になり、世界は終わらない。

でもミールを選べば、世界は終わり、アリスもミールを返さない。

ミールを選べば、損しかない。自分を選べば、幸せになれる。

前のメアリーだったら簡単に選べただろうに。十一年の間で、姉は聡明さを失ってしまったようだ。あまりにも、嘆かわしい。

「今、ミールは記憶の世界にいるわ。頑張れば自力で抜け出せるだろうけど、無理でしょうね、あのドジだもん」

「…アリス、ちょっと、考えたんだけどね」

おや、結論が出たのだろうか?

自分を選んでくれればいいが、あのドジを選ばれるとアリスも世界を破壊せざるを…

「…ねえ、あなたって本当にアリスなの?」

ブチッ。

何かがちぎれた。

何かがアリスの中でちぎれた。

ただでさえ失っていた正気がさらにちぎれ、壊れ、崩壊していった。

「愛しいお姉さま。あなたのことを世界一尊敬して、愛して、憧れていたけれど…それも、昨日までの話だったようね」

「えっ!」

アリスは一瞬でメアリーに近づき、彼女の手を握った。

「私のことを愛してくれない家族なんか、いらないわ。お母様も、お父様も、お姉さまも、みんな、ばいばい!」

メアリーの首に、アリスの手が近づいた。


真実に気づいたミールを歓迎するかのように、白い世界がガラスのように砕け散って行った。

消えて、消えて、自分の存在すら危うくなりそうで、意識にすがり、周りはすべて消えて、何も残らない…

「…アリガトウ」


アリスは、死んでからずっと泣いていた。

悪魔であるアリスは、死んでから悪魔の国に帰ってきてしまった。

今、そこから抜け出すことに成功したのだが、そこはメアリーのいる場所とは全く違う場所だった。

アリスは、泣きながら姉を探していた。

おまじないをかけるのも忘れてしまい、アリスはだんだん『悪魔』になっていった。

それでも、姉を探していた。すると、

「…?」

自分とよく似た魂を持つ赤子を見つけたのだ。

「…ふふ」

使えるかも、と悪魔は思った。

アリスは早速赤子の魂と自分をくっつけて、常に赤子の奥深くで外を見ていた。そして、赤子の運命を変えていき、いつかメアリーに出会えるようにした。

両親に愛されて育つはずだった赤子、ミールの運命を、親に売られる悲惨な運命に変えたのである。

ミールはアリスの目論見通り親に売られ、アリスはメアリーを久しぶりに見た。

…変わっていた。

全てが変わっていた。姉はあの頃の姉とは違った。

頭から足まで、全てが違う。見た目も中身も、違う。

一番の問題は、メアリーが、ミールのことをとてもかわいがったことである。

二人を見ているうちに、アリスはどんどん悪魔へと変わっていた。

姉はもう、自分のことなんか忘れてしまった。もう自分は、誰にも愛してもらえないんだ。

そんな被害妄想に憑りつかれ、アリスは毎日を苦しんで過ごした。


それから三年が経った。

ミールはメアリーの信頼をすっかり勝ち取っているようだ。

今までずっと考えてきた策を実行するときが来た。

アリスはミールが階段から落ちるよう誘導し、記憶喪失になったふりをして彼女に乗っ取ったのである。

もうアリスは、心優しい少女ではなかった。

母と父への復讐と、そんな両親がいるくだらない世界の破壊。

それだけを望んで生きる悪魔になってしまったのだ。

あと、本当に少しで、ついに復讐ができる。

メアリーという障害を乗り越えて、外へ行ける。

姉を敬愛していたことなんて、すっかり頭から抜け落ちてしまった。

姉に愛されてうれしかったことなど、覚えていない。

姉を愛せて幸せだったことも、忘れてしまった。

だから、今ここで…

最愛の人を、殺す。

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