お姉さまは
私はとある大きなお家で働いている、メイドのミールでございます。
えー、年は十一でございます。三年前からここで働いております。
あー、お父様方に売られてきました。飲み食い無料の住み込みという条件の職場に。
そのー、私は家事でもなんでも全然できない、不器用な女でございます。
んー、とりあえず、何とか頑張って働いています、はい。
今がいつかって言うと、数百年昔のとある国って感じでございます。
…これで自己紹介は終わりです…誰に紹介しているのでしょう?
まあ、さっきの自己紹介が全ての極めて平凡な少女、それがミールである。
周りの人たちはかわいくメイド服のミニスカートを着こなしている。サイズがないため、ミールも彼女たちと同じ服を着用している。
そのため、ミニスカートのはずがロングスカートになっている。
このままだと服がぶかぶかのまま働くことになるはずだった。
しかし、それをミールが着れるようにしてくれた人物がいる。メアリー・レイグルスだ。
彼女は誰にでも優しく接する素晴らしい女性だ。みんな、メアリーに憧れている。
ちなみに、冬服はただでさえロングスカートなのが、さらにロングスカートになっている。それはミールが自分で裾を切って、なんとか引きずらないようにできた。裾はガタガタになったが。袖はまくれば問題ない。
そんなかわいそうな少女、ミールは、今日も頑張って働いている…。
「ちょっと、そこのミール?」
「え、なんでございましょう?」
「これ、やっといてくれる?」
一人のメイドが、ミールに洗濯籠を押し付けた。
「こ、こんなにいっぱい…!」
「終わらなくても、私に渡されたなんて言うんじゃないわよ」
メイドは、笑いながら去って行ってしまった。
「…」
ミールはむっとした。今日も相変わらず、先輩になめられている。
「お仕事、終わりますかね…?」
サイズが大きくてずれてしまうホワイトブリムを直しながら、ミールは歩き出した。しかし、
「うわあっ」
何もない廊下で、思いっきり転んでしまった。
「いたあい…」
ミールは散らばってしまった洗濯物を慌てて籠の中に戻した。すると、
「ミール、大丈夫?」
散らばっているタオルを、籠に入れてくれた人がいた。
「メアリーお姉さま…はい、大丈夫でございます」
優しいメアリーは、ミールにとっても憧れだ。勝手ながら、メアリーお姉さまと呼ばせてもらっている。
「無理はしちゃだめよ。手伝いましょうか?」
「ありがとうございます。でも、これは私の仕事でございますので。失礼します」
ミールは頭を下げて、またよたよたと歩き始めた。
案の定、洗濯は終わらなかった。
「ミール、リジーア様がお呼びよ。早く行きなさい」
「は、はい」
説教をされるのだ。これまでも、こういうことは何回もあった。
「ミール、ここに来るのは何回目だ?」
屋敷の女主人、リジーア・カペラがミールに尋ねる。
「えっと…五回目、でございます」
「我は失望している。せっかく高値で買ってやったのに、こんなに役に立たぬとは思っていなかった。我が次に呼び出したら、それは解雇の知らせだと思え。わかったか、使えぬ使用人よ」
「…はい、リジーア様」
ミールは落ち込んでとぼとぼと帰って行った。
「ミール、お疲れ様」
帰ってきたミールを見て、メアリーが微笑んだ。
「メアリーお姉さま、なぜここに?」
ここはミールたち最下級の使用人がいる階だ。
部屋はボロボロで薄汚いし、狭い。
「あなたに会いに来たのよ。今日も、リジーア様に?」
「…そうでございます。やっぱり私、ダメな人間なのでしょうか?」
「そんなことないわ、ミール。あなたはダメな人間なんかじゃない。人間はみんな、素晴らしいものなのよ。いらない人間も、ダメな人間も、存在しないわ」
そう言って、メアリーはミールの部屋のドアを見た。
「入っていい?」
「相変わらず、汚くて申し訳ございません」
「いいのいいの。入りたいって言ったのは私だもの」
メアリーは部屋にある椅子に座り、ミールを見た。
「服、きつくなってない?前いじってから数か月は経ってるけど…」
「まだ、大丈夫でございます」
「もうすぐ冬になるわね。今度裁縫道具を持ってくるから、その時に冬服を見せてくれる?もうちょっと短くなってもいいなら、裾もきれいにするわ」
「ありがとうございます。お願いします」
話し終えると、ミールはベットに座り込んだ。
「相変わらず、今にも壊れそうなベットですよね…」
「ミールは小さいから、使っててもそう簡単には壊れないわよ」
二人はくすくす笑い合った。
「ふわあぁ…眠くなってきたあ…」
「もう夜だものね。おやすみなさい」
ミールはベットに横になる。
「布団、しっかりかぶるのよ」
「はい…」
実はこの一番下の階の人々には、冬以外の季節は布団が支給されない。
しかし、メアリーがこっそり持ってきてくれたおかげで、ミールは暖かく眠ることができている。
「メアリーお姉さま…」
「なあに?」
「どうして…お姉さまは私に優しくしてくれるの…?」
「そうねえ…」
メアリーはしばらく考え込んだ後、
「あなたが、まるであの子のようにいい子だからよ…」
と答え、部屋を去って行った。
それが、最後の二人の会話だった。