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白いソリチュード

彼の葬儀に参列した後も、真白は蒼の死を受け入れられずにいた。

結局最後まで彼の顔を拝む事が出来なかった事も、理由の一つだろう。しかし、瞼を閉じると車窓を見つめる蒼の姿があった。反して、夢には現れてくれないようであった。


蒼を失ってぽっかりと穴を空けたまま、日常は(とぼ)けたように真白の元にも戻ってきた。学校に行かなくてはいけない。虚ろな瞳でベッドから窓を見つめる。外は眩しいくらいに白く、真白は鬱陶しそうに眉間に皺を寄せると、のそのそと布団から這い出た。


髪を乱したままでも、もう整えてくれる人はいない。彼の指を真似るように自分の髪を梳きながら、重い足取りで駅へと向かった。

ふと液晶画面を覗くと、あの日と同じく、いつもより30分も遅く駅に到着している事に気付く。それさえどうでも良く、疲れた顔で改札を潜ると、丁度電車がやってくる。何食わぬその顔に、自然と歯を食いしばった。

扉が開くと同時に乗り込むと、やはり車内は閑散としていた。徐にボックス席へと歩みを進める。そこにひょこりと、黒い髪が覗いていた。先客がいれば普段近付くことは無いその席を覗き込む。目を見開いた。息をする事さえ忘れた。心音が、電車の鼓動と化したように大きく頭に響いた。


そこに、篠藤蒼の姿があったのだ。


「アオ……?」


「シロ、おはよ。どうしたの?…まあ、座りなよ。」


一方の蒼はこの状況を怪しむことも、驚くこともなかった。いつものように真白を向かいの席へと促し、身体を乗り出して髪を撫でる。


「何、なんで泣くの。」


真白の頬にはいつの間にか、涙が伝っていた。同時に考える事も放棄した。

これがかの夜空を走る列車というならば、それでも良い。この電車は現世を巡り続ければ良い。これを最後にあの世へ行くのなら、絶対に降りてなんかやらない。もう、離れない。

確かめるように、真白からも両手を伸ばし、蒼の頬に触れた。柔らかな頬は自身の指よりやや温かく、くすぐったそうに笑うならば両手のひらで包むように撫でてやる。


「シロ、なんか変なの。

 …ああ、ほら。海が見えてきた。」


髪を梳き終えた蒼の手が、頬を挟んだままの真白の手を掴む。しかしその手は払われる事無く、繋がれたまま、膝の上に乗った。真白はずっと蒼を見ていたい気持ちを抑えつつ、彼の促す先へと目線を向ける。いつもの景色だった。青い海に白い朝日がキラキラと反射して、まるで星のようだ。


「星空、みたいだな。」


「驚いた。空はよく海に例えられるけど、…うん、確かに。」


海が目一杯車窓に広がるならば、まるで電車が海の上を走っているようだった。蒼は真白の例えに目をぱちぱちと瞬かせたものの、もう一度海へと目をやれば、納得したように微笑む。

このまま彼も、自分も、電車も、全て海に溶け込んでしまえばいいのに。真白がそんな少年らしい終焉を夢に描いていれば、無機質でありながら一番現実味帯びたアナウンスが、まるで真白にとっては世界の終わりを告げるよう、下車する駅の名を告げた。


―次は、××駅。お出口は、左側です―


「ああ、着いた。降りよう、シロ。

……シロ?」


蒼が立ち上がり扉の傍まで歩みを進めても、真白の身体はまるで電車の一部と化したように動こうとしない。一人重苦しい空気に包まれる恋人へ、蒼が心配そうに声をかけた。


「…降りなくても、良いだろ。」


低く透き通った声が水面の波紋のように車内へ広がって、やがて蒼の元にも届いた。怖い顔で俯く真白の姿に、自分が悪い事をしているような気さえした。しかし、好きだからこそ認めてはいけなかった。蒼は語気を強める。


「駄目だよ、降りなくちゃ。ほら、行くよ!」


「っ!待って、アオ…!」


蒼が一足先に電車から降りてしまった。彼のいない場所に居座っても意味がなく、慌てて鞄を小脇に抱えると、真白も続けて電車から降りる。


やはり、ホームに蒼の姿は無かった。夢と電車は冷たい風に押され、旅立っていく。


彼の触れた頬や手のひらは、まだ温かい。この時間。この電車。彼は現れる。何度でも、姿を現してくれる。

夢のような憶測が彼の体温を宿した箇所から確信に変わっていく。


真白は翌日も、大凡30分遅れの電車へ乗り込んだ。

そして、愛おしい彼と出会う。白い太陽と青い海の狭間を走る電車で、眩しい笑みを真白へ向けてくれる。何も知らない、純朴で無垢な微笑みを。


「…シロ、何だか疲れているね。眠れていないの?大丈夫?」


「いや、うん。大丈夫。…もっと撫でて。」


「甘えん坊になったねえ。」


毎朝の十数分。彼が自身の髪や頬に触れてくれているこの時間が、眠るより何より、真白の癒しの時間となった。

現状を深く考えてしまえば、疑問符は絶えないだろう。いつか終わりが来るかもしれなかった。それでも、この幸せだけが真白を日常へ繋ぎ止めていた。だから、考える事などしなかった。




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